強いスキルと弱いスキルの差
「ごめんなさいね、ラッキーさん。私達は講義に行かないといけないから、ここでお暇させてもらいます。もしよかったら放課後に乗バートン部にでも来てください。バートンに乗れて楽しいですから」
リーファさんはスカートを持ち、会釈をして食堂を出て行った。
「乗バートン部。バートンに乗る部活かな……」
「ん~、ん~、ん~。やっぱり新鮮なパンが一番だな」
用務員のおじさんは未だにガラスの向こうにいるお姉さん達を見てウハウハしていた。やばいおっさんだ……。私も気を付けないと何をされるかわからないぞ。
「おや、いつの間に昼休憩が終わってしまったんだ。いや~、いかんいかん。若気の至りってやつかの~」
用務員のおじさんは頭に手を置きながら呟いた。若気の至りって……。
「さて、ラッキー君。午後の講義を見に行くとしようか」
「は、はい。よろしくお願いします」
――というか、用務員のおじさんは仕事をしなくてもいいのかな。用務員って結構色んな仕事があると思うんだけど仕事をしている素振りが見えないし、大丈夫なのかな?
「あの、用務員のおじさんは仕事をしなくてもいいんですか?」
「仕事なら、しとるよ。だから、気にしなくてもいい。さ、行くぞ~」
用務員のおじさんは気分よく腕を上に伸ばし、体を解す。そのまま食堂の建物を出て広い校庭? 森? 何というのだろうか。ともかく、ものすごく広い土地にやって来た。
自然の中を再現したような場所で、崖や川、谷、滝、洞窟など自然のダンジョンを人工的に作り出している。そんな場所に連れられてきたわけだが、私は学生たちが外で講義を受けている場面を目撃する。よくよく見れば、運動着に着替え、武器や箒などを持っていた。実践訓練か何かかな。
「用務員のおじさん、彼らは何の講義を受けているんですか?」
「魔法学実践だ。魔法学基礎で学んだ技術を実践で使えるようにする講義だな。どれだけ賢くても実践で使えなかったら何の意味もない。そう言う者より、弱い魔法でもしっかりと使いこなせる者の方が優秀だ。冒険者の世界でも生き残っていける」
用務員のおじさんは雰囲気が歴戦の猛者になり、どこか強者感が溢れている。いったい何者?
「簡単な魔法ってどこからが簡単なんですか?」
「そうだな……、やはり初級魔法が簡単の線引きになるな。生活魔法は実戦でほぼ使えないが、皆が少し学べば使える。実践で使え、ある程度の成果が見込めるのが初級魔法だ。だから、ここで線引きをする」
「七属性の初級魔法が完璧に使えるのと、一属性の魔法が上級まで使えるのだとすると、どちらが優秀だと思いますか?」
「どうした、ラッキー君。いきなり具体的な質問をするのだな」
「いや、単純に気になったので……。あと、用務員のおじさんから物凄く強そうな雰囲気が漂ってますし、意見が聞きたいな~って」
「わ、わしは強くないよ~」
用務員のおじさんはあまりにも白々しく視線を反らし、手を振った。掌がボロボロで傷塗れ。どう考えても戦ってきた証だ。
「ま、おじさんがそう言うのなら、強かろうが弱かろうがどっちでもいいんですけどね」
「んんっ。あ~、さっきの質問だが、七属性の初級魔法が完璧に使えるとしたら天才。一属性の上級魔法が扱えるのなら秀才と言ったところだ。超級魔法まで使えたら天才よりだな」
「なるほど……。使える属性が増えた方が、天才度が増すんですね」
「そう言うことだ。ラッキー君はいくつ使えるんだい?」
「そ、そうですね……。完璧度合で言うのなら二属性です……」
――普通に全属性使えるのは黙っておこう。別に完璧に使いこなせるわけじゃないし。というか、七属性全て上級まで使えるライトって天才の域を超えているのでは?
「ほほお、その歳で二属性も使えるとは……。ずいぶん優秀なんだな。その二属性はいったいなんだね?」
「炎と水です」
「炎と水、対極にあるものの属性を使えるとは……、ほぼ全ての魔法を使える可能性を秘めているということか」
「…………」
――墓穴ほった。
「あ、あはは……。わ、私はよくわかりませんね~」
私はバカなふりをしてこの場をやり過ごす。用務員のおじさんは瞳を輝かせながら私を見ていた。いや、そんな原石を見るような目をするのやめてもらっていいですか。
私が用務員のおじさんと話しをしていたら、視界の先に見える生徒たちが向かい合い、組手を始めた。剣や杖、斧、大剣、武器種は様々で戦い方も違った。剣と魔法を使って戦ったり、魔法を主体にして剣はあまり使わなかったりと、自分に合った戦い方を模索しているようだ。
「『ウィンドボール』」
「くっ!」
とある少年が杖の先から風の球を放った。いわゆる空気砲な訳だが、直撃した少年が吹き飛び、地面を転がる。
「ははははっ! 雑魚め! 頭しか能のない人間はここじゃ生きていけないぜ!」
「くっ……」
――さっきのチンピラとルドラさんの弟君。名前は……マルティだったかな。
マルティ君は地面に落ちた眼鏡を拾い、掛け直したあとフラフラと立ち上がる。持っている武器はロット。短い魔法の杖だ。指揮棒程度の長さの品でルドラさんも使っていた。
「ふぅ……『ライト』」
マルティ君は杖先を光らせた。眩い光が目に入り、焼けそうになる。眼を細め、腕で影を作ってようやく視界が保てるくらいの眩しさ。相手の男子もひるんで動けていない。
そこからどうやって攻撃するのかと考えていると、光が弱まっていき、マルティ君は倒れた。
「魔力切れ?」
「そうだな……。あれだけの光量を出したら魔力が切れるのも無理はない」
「ははははっ! ざっけ~! 『ライト』を放ちながら倒れやがったぞ」
男子はマルティさんの方に歩いていき、杖先を向ける。
「これで終わりだ、雑魚!」
男子が叫ぶと、地面が光り出した。マルティさんが地面に手を置き、魔法を発動したらしい。
「『プットホール』」
「なっ!」
男子は地面に吸い込まれ、顔だけ出た状態になる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。油断しすぎでしょ……」
マルティさんは眼鏡を掛け直し、息を荒げながら立ち上がった。どうやら、魔力をすべて使いきったと思わせて止めを刺しに来た時を狙ったようだ。死んだふり作戦とでも言おうか。
「例え弱くても魔法は使い方しだいだからな。ああいう戦方もできるわけだ。多くの者は情けないと言って嫌うが、わしは嫌いじゃない。勝ちを諦めない精神がカッコいいではないか」
用務員のおじさんはうんうんと頷きながら、学生の組手を見ていた。皆の戦いぶりを見ていると、シャインやライトほどの実力を持った生徒はいなかった。
誰もスキルを使っている素振りが見えないので本当の実力はわからない。
「皆さんはスキルを使わないんですか?」
「スキルに頼りすぎると、スキルが使えなくなった時に身を守れなくなる。スキルは神から与えられた恩恵だ。その力にのみ頼り切るのは人としてどうか。そう思わないかね?」
「はは……、身に覚えがありすぎて耳が痛いですね……」
「スキルは人々の生活をよりよくする糧。時に、スキルの力に踊らされ、使われる人間が現れる。そうならないためにも、スキルとよりよく付き合う必要があるのだ。使うためには頭脳と経験、意志の力が必要になる。ドラグニティ魔法学園は己の力を引き出し、スキルを使いこなせるようになる場でもある」
「へ、へぇ……。なるほど。だから皆さんはスキルを使わずに、戦っているんですね」
「未成熟な者が強力なスキルを使ったら自我が崩壊し、街を破壊させたと言う事件がある。しっかりとした実力が伴わなければ危険な力もある」
「でも、そうなると勇者とか剣聖とかものすごく危なくないですか?」
「うむ……。現代に強力すぎるスキルを持つ二名の者が現れた。魔王や古代の遺物共の影響かもしれぬ。その者達の自我は今のところ安定しているが……、力を酷使すればどうなるかはわからない。強いスキルは多くの場合代償を払う必要があるが、勇者、剣聖、賢者、聖女の者にはその兆候が見られない。今でも謎だ。なんせ、滅多に現れないのだからな」
「で、ですよね。スキルが人を食うなんて表現はおかしいかもしれませんが、強すぎるとそれだけで人は危険な状況に陥るということですよね」
「うむ。だから、強力なスキルを持った者は学園で教育を受けさせ、スキルに耐えうる技術を身に付けなければならない。逆に下の下のスキルを持った者は何の対価も払わず、スキルを使用できる。どちらがいいか悪いかなど判断は出来んというのにスキルで差別する社会が形成されているのが現状だ……」
――下の下……。
私はベスパの方を見た。
「ちょ、キララ様。なんで私の方を見るんですか!」
ベスパは両手両足をブンブン振り、怒る。ベスパを一年以上使ってきたが、特に身の危険を感じた覚えはない。しいて言うなら、魔力が枯渇して起こる辛い症状くらいだ。それ以外に何の代償も受けない。そう考えると、弱いスキルでも使いようによっては強すぎるスキルより有能になるんじゃ。
「はあっ!」
「おりゃあっ!」
「せいやっ!」
「おんどりゃっ!」
学生たちは戦いの中でアドレナリンが大量に分泌されているのか、笑顔で剣を振りかざし、攻撃している。少し怖いくらいだ。
やはり、男子は強く、女子は弱い。
残っている者は全員が男子だった。どうも、一対一で戦い、負けた者は捌け、勝った者同士で再度戦っているようだ。
マルティさんは一回目の戦いで魔力をほぼ使っていた影響から、二回戦目はあっという間に負けた。まあ、一回勝っただけでも御の字だろう。
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