敵だと考えたくない
「ラッキーさん、いったいどうしたんですか?」
バレルさんはいつも通り優しい笑顔を浮かべた。
「バートン達が苦しんでるんですよ。なんか、すごく辛そうなんです。一緒に来てください!」
「わ、わかりました……」
バレルさんは左腰の剣に手を当てながら、私の後ろについてくる。
「ハハハハハ~! 今日も元気に走りたいな~! ハハハハハ~!」
「ヒヒヒヒヒヒッ~! 笑いが止まらないよぉ~!」
「ドヒャヒャヒャッ~! 笑い過ぎて腹痛い~、もう、ドヒャヒャヒャヒャ!」
バートン達は笑い転げていた。実際は鳴いているだけだが、ベスパの耳を通して私が聴くと笑っている。お腹を下す毒物を飲んでいるのに、快楽物質のせいで辛さを忘れ去られていた。
普通の他がバートンの声を聴いてもただ鳴いているだけにしか聞こえない。そのため快楽物質で笑わせ、健康だと思わせておいて毒でじわじわと殺す作戦だったのかもしれない。
「皆、機嫌が良さそうですが、バートンがどうかしましたか?」
バレルさんは少し安堵し、私に訊いてきた。
「い、いえ……。さっきは辛そうに見えたもので……。お仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらず。では、失礼いたします」
バレルさんは私に背を向けて門の方に向っていった。
「どうやら、呼びに行っている間に快楽物質が効いてきてしまったようですね。でも、これで治療が出来ます」
ベスパは私の周りをブンブン飛ぶ。
「そうだけど、治してもまた同じように毒物を食べさせられちゃう。バレルさんにバートンの世話を止めてくださいなんて言っても怪しまれるよな……。ルドラさんに言っておくべきかな……」
「まあ、バートンは脚ですからね。移動手段が無くなると商人にとっては大打撃です。移動手段を無くせば、マドロフ商会も行動を取り辛くなります。それを見越しての攻撃でしょう」
「やっていることは小さいけど、受ける攻撃が痛いね……。確かに移動手段を潰されると困る。人が運べる量なんてバートンに比べたら少ないもんな」
私はライトが作った特効薬をバートン達に飲ませる。体内の不純物を消し、魔力を体外に出してくれる。多くの毒物に効果があり、万能薬とも言えよう。
私が特効薬を飲ませると、バートン達はもとに戻った。毒物が入った牧草をブラットディアに全て食べさせ、私が持ってきた牧草と魔法で生み出した水をバートン達に食べてもらう。お腹が減っていたのか、皆、牧草をむしゃむしゃと食べ進めた。
私達は屋敷に戻り、ルドラさん達と朝食を得た。その後、皆は解散していく。
「ルドラさん、少しいいですか?」
「どうかしたのかい?」
私は仕事に向かおうとしていたルドラさんを引き留めた。隔離されている応接室に向かい、二人っきりで話す。
「この屋敷の中で怪しい動きをしている人物がわかりました」
「え……。そうなですか? いったい誰が……」
ルドラさんは周りに人がいなくなり、いつもの下手に回る言葉遣いになった。
「門番のバレルさんです」
「…………」
ルドラさんは言葉を失う。今、何を考えているのだろうか。「そんなバカな」とか「あり得ない」とか言ってくると思っていたが、案外冷静だ。
「そ、そんな……、あのじいやが……」
ルドラさんはソファーに座りながら両手を頭に当て、抱えるようにしてふさぎ込んだ。
「あの、少し聞きたいんですけど、バレルさんとマドロフ家の関係って……」
「バレルさんは元冒険者なんです。『剣神』の称号も持っていたほどの剣の達人で祖父の筆頭護衛人でした。若いころから二人は仲が良く、共に旅をしていたそうです。ここまで大きな家になったのは彼の功績があまりも大きい。そう言い切れるくらいの方なんですよ」
「マルチスさんの護衛をしていた人なんですか。なるほど……。『剣神』なんて、商人にとっては心強い用心棒ですね」
「用心棒だけでなく、魔物を狩ったり、悪人を倒して懸賞金を得たり、商売をするための資金をかき集めてくれていたのもバレルさんです。祖父は商談や仕事を進める天才なので、いいように役割分担が出来ていたと語っています。ただ……家が大きくなり始めてから二人の間に亀裂が入ったとも聞きました」
「なにか衝突したんですかね……。当の本人に聴けばすぐにわかるのに、絶対に教えてくれないと容易にわかります」
「はい……。にしてもあのバレルさんが敵……。考えたくないんですけど……」
ルドラさんは両手を握りながら苦笑いをしていた。そりゃあ、産まれた時から守ってもらっている男性が敵だなんて思いたくはいない。
「ルドラさん、敵だと確定している訳じゃありません。でも、恐ろしく黒に近いです。なので警戒しておいてください。今日もバートン達の餌に毒物が含まれていました。おそらく、バレルさんの嫌がらせでしょう。私がすでに治したので大事には至らなかったですが、彼をこのまま置いておくのは危険です」
「そんなことまで……。くっ……」
ルドラさんは歯を食いしばる。悔しいだろうが、バレルさんをただ解雇するだけではもうどうしようもない。そのさらに深い根の部分を除去しなければ。
「ルドラさん。バレルさんのスキルってなにかわかりますか?」
「『剣速上昇』です。常人ではあり得ないほどの速度で剣が振れます」
「『剣速上昇』ですか。わかりました。バレルさんに勝てるのは誰ですかね?」
「そうですね……、ぱっと思いつきません。現在の『剣神』なら勝てるでしょう。ドラグニティ学園の学園長も勝てると思います。ただ、単体で勝てる相手が限られていますね。複数人でも難しいかと……」
「相当強い方なんですね……。ルドラさんと戦ったらどうなりますか?」
「詠唱を言う前に首を切られますね。動きに隙が無いので攻撃しても回避されるかカウンターを受けます」
「はは……、ほんと敵にしたくない相手ですね……。では、一応お伝えしておきました。バレルさんとの関係が悪化した原因とその解明、仲を直す方法を模索してみてください」
「わかりました。祖父にお酒を飲ませてそこはかとなく訊いてみます。あとこれを持って行ってください」
ルドラさんは胸もとから一通の綺麗な封筒を取り出した。私はその封筒を受け取る。
「これは?」
「差し支えながらマドロフ家からの推薦状を書かせていただきました。ドラグニティ魔法学園ともなると、警備が厳重ですし、当日での見学は難しいと思います。なので、その手紙を渡してもらえれば、少なからず橋渡しになるかと」
「なるほど、ありがとうございます」
私は推薦状をありがたく貰い、懐に忍ばせた。
私とルドラさんの小さな密会は終わり、部屋を出てそれぞれの仕事をする。
私はバートン場に向かい、厩舎からレクーを出した。同時にバレルさんもルドラさんのバートンを出し、入口に運ぶ。
「…………」
バレルさんはバートンの状態を見て顔を険しくした。そのまま私の方を見る。
「今日もバートン達は元気いっぱいですね!」
私は満面の笑みをバレルさんに見せた。笑顔率一二〇パーセントを越えており、ときめかない男性はいない。そう豪語できる顏なのだが、彼の険しい顏は戻らなかった。
「え、ええ……、そうですね……」
人に不信感を与えづらい笑顔の効果により、私が純粋無垢な少女だという印象をバレルさんに擦りつける。頭の中でこの子が何かしでかしたのでは? という不信感すらも抱かせない。
「じゃあ、バレルさん。お仕事頑張ってくださいね」
「え、ええ……。ラッキーさんの方こそ、お気をつけて」
私はバレルさんと別れる。その後、レクーの背中に乗って王都の道を駆けた。
「ベスパ、ドラグニティ魔法学園までの安全な道を教えて」
「了解しました」
ベスパはレクーの前を飛び、道を案内してくれる。
――どこもかしこもビーが飛びまくってるな。あれ、全部ベスパと繋がってるなんて、どれだけ目が広いんだ。もう、地下に潜るくらいしか隠れる場所がないな。
「例え地下に隠れようとも、熱による感知が可能です。すべての者を把握し、情報を集めます。まあ、密閉された場所や結界が張られている場所への侵入は難しいですけどね」
ベスパは私の心を読み、呟く。ほんと覗き魔だな。
「情報を集めるのもいいけど無駄な情報は正しい情報を埋もれさせるだけだから慎重にね」
「了解です」
私達はベスパのお尻を追って移動し、一等地の方へとどんどん移動していく。建物や乗り物、歩いている人までも、高貴な方々ばかりだ。
なんせ、王城がもう視界にでかでかと映っている。女ならば大きなお城に住む妄想を子供時代にした人は多いだろうなと思うも、私は一切無かったなと苦笑いを浮かべる。
私はあのお城を襲う怪獣や魔物を倒すヒーローに憧れたものだ。
ドラグニティ魔法学園はルークス王国の真北にあり、王城を抜けるとこれまた大きな建物が見え始める。黒と赤、焦げ茶っぽい色の建物で某魔法学校と言いたくなるが、また別物だ。
とりあえず近づいてみたのはいいものの、騎士達が交通規制を行っている。
どうやら、貴族のバートン車が移動しているようだ。
私達は救急車が通る時のように道の端で止まり、道を開ける。貴族のバートン車は普通の者より確実に優遇されていた。
「なんか嫌味な感じ……。まあ、仕方ないか」
道が普通に進めるようになると、また移動を始める。
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