元剣神
ベスパはビーからバレルさんがどうも怪しい動きをしていると情報を受け取った。
「ベスパ、監視役のビーと『視覚共有』して」
「了解です」
私は寝たまま、眼を瞑る。すると視界が一気に広がり、地上から八メートル地点を浮遊しているビーの視界が頭に入ってくる。
私の視界に映ったのはバレルさんと何やら怪しげな者が一緒に話している場面だった。場所はバートンの厩舎の近くで、二名以外誰もいない。
「内部の者が悪質なウトサを売っているとルドラ様に感づかれた。ほんと頭がいい奴は困る……」
「そうか……。だが、気づかれたからどうなる?」
「ルドラ様だからな、尻尾を確実に掴んでくる。今まで以上に慎重に行動した方がいい」
「ちっ、面倒臭い野郎だ。いっそぶっ殺してやった方が早いんじゃないか?」
「バカが。そんな大事を起こしたら多くの者が不振がる。なんせルドラ様は国王と繋がりがあるんだ。なんなら王都で商人として名を轟かせている。あの方の影響でマドロフ家はもっと大きくなる。そう確信させるほどの男だ」
「たく……、こっちはいい迷惑だ。マドロフと聞いたら腸が煮えくり返りそうになる。我々の邪魔を何度したら気が済むんだ……、あの糞爺……」
「その点だけはお前達と同じ心境だ。何もかも潰してやりたい……。すべて壊してやりたい。奪ってやりたい。大切な者すらもな……」
バレルさんは『安定』の魔法陣が組み込まれている剣を握っているにも拘わらず、顔が悪意に染まっていた。顏の深い堀がさらに深くなり、眼の奥に黒い闇が見える。
――バレルさん、マドロフ家がそんなに嫌いだったの。なのに、昔から仕えているなんていったいどういう関係なんだろう。
「たく、冒険者で最も多い職種『剣士』で最強の称号を持っていたもと『剣神』がそこまで落ちぶれるとはな。我々すら恐れた男であるというのに、情けないこった」
「黙れ……。お前たちに何がわかる」
バレルさんはいつの間にか剣を抜いており、話している者の首元に穂先を突きつける。
「おっと……、失敬失敬。そんなに怒らないでくれよ。互いにマドロフ家を潰したい気持ちは同じだろ。仲間なんだから、もっと信頼してくれよな」
「お前達を仲間だと思ったことは一度たりともない。娘を失ったあの日から、きさまらも敵だ……」
「ほんと、何年前の話しをしているのやら……。困るんだよな、昔の話を持ち出されるの。こっちはその時、産まれてねえからさ」
「若者がペラペラと……、腹の底が見えん奴だ。教祖に伝えろ、マドロフ家は手ごわい。上に立っている者達に頭がいい奴しかいないからな。加えてしぶとい。ブラットディア以上の生命力だ。潰すなら徹底的にしろ。そうじゃないと、戦いはいつまでも終わらないぞ」
「はいはい、教祖に言っておくよ。じゃあ、また来る。情報提供ありがとうよ。これでも食って気分を良くしておけ。じゃないとイケてる顔が、台無しだぜ」
ローブで姿を隠している者は一枚のクッキーをバレルさんに手渡した。
「魔法で生み出したウトサ入りの菓子か……」
「ご名答。どれだけ心が廃れたあんたでも、頭を一瞬で溶かしてくれる魔法の菓子だ。ちっとばかし副作用があるが、一日一枚くらいどうってことない。じゃ、またな」
ローブを着た者は屋敷の鉄格子を飛び越え、闇夜に消えていった。
「菓子か……、キラリ……。くっ!」
バレルさんは手に持っているクッキーを握りつぶした。粉々になったクッキーを口に突っ込み、目尻から透明な液体を一筋流す。
そのまま膝を落とし、蹲っていた。
――バレルさん、魔造ウトサ食べちゃったよ。確かに一枚ならそこまで問題じゃない量なのかもしれないけど、瘴気がどんどん溜まっていっちゃう。
「キララ様、先ほどの者は追いますか?」
――どう見ても怪しいよね。ビーを数匹付けといて。あと、バレルさんがこぼした魔造ウトサ入りのクッキーをブラットディア達に食べさせておいて。
「了解です」
ベスパは先ほど逃げた者をビーに監視させる。加えて、庭園にいるブラットディア達に命令を下す。
私は『視覚共有』を解除し、眼を開けた。暗い部屋にも拘らず、外の闇夜に慣れていたので案外見える。
「バレルさん、いったい何があったんだろうか……。直接聞いたら首を跳ねられそう。と言うか、あの人冒険者だったんだ……。加えてまさかのもと『剣神』。そりゃああの風格だし、マドロフ家の門番だし、強いや」
「キララ様。バレルさんの剣とキララ様の魔法の打ち合いになった場合、真っ先に逃げた方がよろしいかと」
ベスパは翅で警告音を鳴らしながら言う。
「そりゃ、わかるよ。でもバレルさんと戦いたくないな。心が泣いてたもん」
「私の見立てでバレルさんの実力を言えば、フロックさんとシャインさんの二人を合わせて同等、又はそれ以上かと思われます。技術や経験は圧倒的にバレルさんの方が上のはずです」
「年の功ってやつかな。戦わないことを祈るのみだよ……。こんな人だらけの場所で特大の花火を上げるわけにも行かないし……」
「超高圧熱放射を当てれば問題ないですが、街の大半が崩壊しますね」
「はは……、笑えないよ。人が多い場所じゃ、私達はほぼ無力。魔法の弱い部分だね」
私はベッドの横に置いてある、小さな棚の上を見る。そこに魔力伝導率がほぼ一〇〇パーセントの杖が置いてあり、淡く光っていた。その杖を持つ。
「はぁ……、ただ学園を見に来ただけなのに……」
私は少々怖くなってしまい、いついかなる時でも魔法が使えるよう、杖を握ったまま眠る。
王都に到着して三日目の朝。私は眼を覚ます。
すると部屋の中が大量の魔力で満ちていた。
「あ……、杖から漏れてた……」
私が持っていた杖から、体内の魔力がだだ漏れで部屋中に充満してしまっていた。この状態で扉を開けたらまたしてもバックドラフトのように空気が一気に流れ込んでくるだろう。
「ふぅ……。魔力操作……」
私は寝起きから魔力操作を行い、溢れかえっている魔力を手もとに集めて魔力体のミツバチを生み出す。ついでに寝ている間に溜まり切った魔力も加え、超高密度にする。
私の魔力で生み出された魔力体は翅音をぶ~んと鳴らしながら窓を透き通り、我が家の方に飛んで行った。
「ふぁ~、朝っぱらから疲れた……。特大の大便をした気分……」
私はベッドに寝転がる。
「キララ様、お下品ですよ。女王様が大便なんて言葉を使わないでください」
ベスパは花の上から飛び立ち、部屋の天井を飛び回る。
「どんな人間でもするんだから別にいいでしょ……。きっと神様だって大便するよ。どんな綺麗な人やカッコいい人も生き物である以上、排せつ物は出さないと体が腐っちゃう」
「私はカッコよくて優雅なのにも拘らず、排せつ物を一切出さない完璧な生命体なのですよ~」
ベスパは寝起きなのに気分がいいのか、優雅に踊っていた。
「はぁ、ベスパには命がないから、生命体とは言わないよ」
「…………確かに!」
ベスパはしっかりと寝ぼけていた。
私達は朝食の前に勉強をした。加えて、少し気になったのでバートン場の方に向かう。昨晩、バレルさんと何者かが喋っていた場所だ。
レクー達に何か危害が加えられていないか調べるためでもある。
私がバートン場に入ると、多くのバートンが、気分が悪そうな声を出している。
「う、うぅ……。お腹痛い……。なんで……」
「なんか、めまいがする……。水、もっと飲みたいな……」
「あぁ……、今日はいい天気だな~!」
バートン達が何かおかしい中、レクーは倒れていた。
「レクー、大丈夫!」
「ああ……、キララさん。おはようございます……。お腹が空きすぎて寝ていました」
レクーの餌箱に大量の牧草が入っている。加えて水も残っていた。
「えっと、何で食べてないの?」
「なんか、今日の餌はまずそうだったので……」
レクー達は食欲が旺盛だ。なんせ、ここまで大きな肉体を維持するために肉ではなく植物を食べないといけないのだからエネルギー効率が悪すぎる。にも拘らず食事をとらなかったら倒れるのも無理はない。
「まずそうって……。私にはただの草と水にしか見えないし……。ベスパ、調べてくれる」
「了解しました」
ベスパはレクーの餌箱に入っている草を食べる。
「ふむふむ……。普通に毒物が入っていますね。お腹を下すのも仕方がありません。では水の方も」
ベスパは水も飲んだ。
「ん~、こっちは快楽物質が入っていますね。どちらも危険物で間違いありません」
「なんでそんなものをバートンに……。いったい誰が……、あ、バレルさんか」
なぜバートンを苦しめるのか理由は定かではないが、バートンの世話をしているのはバレルさんのはずだ。餌に毒物を混ぜるなんて……、お爺ちゃんが知ったら脳の血管が切れるくらい怒りだすよ。
私は『転移魔法陣』からレクー用に持って来ておいた牧草を出す。故郷に加え、お爺ちゃんが作っている牧草なのでレクーの一番好きな食べ物だ。
「ハグハグハグハグハグハグハグハグ! うめぇ~! 爺ちゃんうめえよ~!」
レクーは久しぶりに田舎に帰って来た若者かと言うくらい牧草をモリモリ食べる。
「水は魔法で生み出した品だけど、我慢してね」
「キララさんから出た水分なら大歓迎です。もう、ありがたく全部飲み切りますね」
「なんか言い方が変態っぽいからやめな……」
私はレクーの頭を撫でながら諭す。
「レクーはいいとして……。他のバートン達をどうにかしないとな。ん~、ここで私が治したらどう考えても怪しまれる。ここはとうの本人を連れてきて対処させよう」
私はバレルさんを探し、門の前で箒を持って掃除をしている姿を見つける。
「バレルさん、ちょっといいですか。バートン達が大変なんです!」
私は黙々と掃除をするバレルさんに話かけた。
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