落ちるまで落ちる
「皆さん、その品は世界に一つしかありません。なので、マドロフ家の者と言う証明になります。何かを売るときは印を見せてから売ってください。買う時も同じです。そうすれば、敵がどれだけマドロフ商会を名乗ろうとも、絶対に偽物だとわかります。まあ、従業員の中に悪人がいると思いますから、気は抜かないようお願いします」
「仕方ない、今後、マドロフ商会は犯人がわかるまでお得意様のみ相手にしよう。中小の新店舗はいったん保留にする」
マルチスさんが言うと皆は頷き、ケイオスさんとテーゼルさんは食事の席を立ち、残業に向った。
「こうなると、収入が一気に減るな……。屋敷の者に給料が払えるかどうか……」
「貯めた金を使うしかあるまい。もとから使い切れぬ額あるのだ。最低一年は持つだろう」
ルドラさんとマルチスさんは経営方針や給料、解雇の話しなどを行っていた。
「はわわ……、あわわ……」
ルドラさんの妻のクレアさんは話しに混じれず、一人であわあわしていた。私はクレアさんのもとに向かい話しかけた。
「クレアさん、あなたはどこまで落ちれますか?」
「え? ど、どういう意味……」
「簡単に言うと、生活の質をどこまで落とせますかと聞いています」
「生活の質……。えっと、質を落とすとどういう生活になるのかしら?」
「そうですね……。まずメイドさんはいません。加えて、こんな多くの調味料を使った料理は食べられなくなります。お風呂も毎日入れず、トイレは水洗式ではなく埋めたり溜めたりして不衛生になるでしょう。服装だってドレスは着れず、毎日同じような服を着てボロボロになるまで使い倒します」
「…………」
クレアさんは目を丸くしていた。
後方にクレアさんの答えを真剣に待っているルドラさんがいる。どうやら彼は落ちる覚悟がすでにあるらしい。
「ん~っと、その生活をする想像が出来ないのだけれど……、ルドラ様は一緒にいてくれるのかしら?」
クレアさんはルドラさんの方を見て聞く。
「ああ。私はクレアと共にいるよ。いくつになってもね」
ルドラさんはクレアさんの手を握り、キザっぽく言う。
「なら、私はどんな場所でも生きて行けるわ。例え泥水を啜ろうとも、ルドラ様と一緒にいれるなら、何も怖くない!」
クレアさんはあまりにもはっきりと言った。
私はもっと上品な、お嬢様のように「む、無理です~」と言うと思っていたのだが、外れた。
クレアさんの気持ちは本物らしく、ルドラさんが大好きで仕方がないため、生活の質などどうでもいいようだ。まあ、金と愛の究極の二択だとすると、クレアさんは愛を選んだわけだ。でも、本当に大丈夫だろうか。私は心配で仕方がない。なんせ、クレアさんは落ちた経験がない。それなのに、落ちれると言われても信憑性がない。
「そうですか……。わかりました。なら、クレアさん。一年間、落ちてみませんか?」
「え……?」
クレアさんはまた目を丸くした。
「今、マドロフ商会は危険な立場になっています。加えてクレアさんはとても扱いやすい人物です。攫われたり、傷つけられたりと危険な目に合う可能性があるんです。だから、田舎の田舎に疎開しましょう」
「確かに……。クレアもマドロフ家の一人だから、何をされるかわからない。いいように付け込まれてしまうかもしれない……」
どうやらルドラさんも頭の中で色々考えているらしい。顔色が悪くなっていく。
「えっと……、私、疎開なんてした覚えがないのだけれど……」
「疎開先は私の故郷です。なので安全を保障します。加えて、社会勉強にもなりますし、友達もたくさんできると思いますよ」
「友達……」
クレアさんは友達と言う言葉に反応を示した。あからさまに友達のいなさそうな反応で、攻め手を見つける。
「はい、友達です。クレアさんは一六歳ですよね。年下が多いですけど、子供達が大勢います。あと、仕事をしてくれればお給料も出しますし、社会勉強に丁度いい環境が揃っていますよ。どうしますか?」
「えぇ……。私はルドラ様の妻としての役目をしっかりと果たしたいのだけれど……」
クレアさんはルドラさんの方を見て呟く。
「クレア、ラッキーの言うことは一理ある。一年の間にマドロフ商会の不祥事を払拭し、安全を確保する。それまで安全な場所に移動しておくのも悪くはない判断だ。私もラッキーの故郷を知っているが、あそこは素晴らしい。クレアも気にいるよ」
「うぅ……。ルドラ様がそこまで言うのなら……。ラッキーさん、お願いしてもいいかしら?」
クレアさんは疎開するとあっという間に決意した。さすが、肝の据わった方だ。芯がしっかりと通っているため、ぶれない。彼女はいい奥さんになれるな。
「決まりですね。ではルドラさん、後日、クレアさんを村に連れていきます。一年間、例の商品はいつもと同じように販売してくれるんですかね?」
「ええ、あれが無いと国王が激怒してしまいますからね」
あれとは牛乳のことだ。私が牛乳を売っている人物だと、誰にも知られないようにするための配慮をしている。
「クレアさん、二カ月に一度はルドラさんと会えるので楽しみにしておいてくださいね」
「よかった……。もし会えないとなったらどうしようかと思ったわよ。でも、年に数回しか会えないなんて……」
「もう一度学園生活をすると思えばいい。一年以内に問題が解決したらすぐに戻って来られる。私を信じてくれ」
ルドラさんはクレアさんを抱きしめて頭を撫でた。
「は、はい……。じゃあ、今夜も……いっぱい愛してくださいね、ルドラ様」
クレアさんはルドラさんに抱き着き返し、優しく甘い声で答えた。
「ちょ、ちょ、クレア……」
ルドラさんは耳まで赤くし、焦っていた。
「ほほ~う、そうかそうか。ルドラもようやくその気になったんだな。いや~、ひ孫まで見れるなんて長生きしてみるのも悪くないな。はっはっはっ!」
マルチスさんはルドラさんとクレアさんの猥談を聞いて大いに喜び、笑った。
「く、クレア。人がいるようなところで、はしたない発言は控えなさい」
「うぅ、すみません……。ですが、私はルドラ様ともっと愛し合いたいんです……。私をずっとずっとほったらかしにしていたルドラ様が悪いんですからね……」
クレアさんは頬を膨らまし、少しむくれていた。
「う、うぅ……。そ、その点に関してはすまないと思っているよ」
ルドラさんは年下未成年巨乳女子に鼻を伸ばしていたなんて口が裂けても言えないだろうな。うん、言ったらクレアさんがどれだけ怒るか目に見えてわかる。
――にしてもクレアさんは肉食系女子だな……。まあ、草食系男子のルドラさんとは相性がいいか。こっちの世界だときっと普通じゃないんだろうな。肉食系の男子と草食系女子がくっ付くことが多いじゃないかな……。勝手な想像だけど。
「はぁ~、この歳になってまで奴らと一戦交えないといけないとは、何とも体に来るな」
マルチスさんは私があげた杖を使い、立ち上がった。きっと、ルドラさんとクレアさんの邪魔にならないよう、自然に出て行くつもりだろう。やはり空気が読める賢いお爺さんだ。
一番上の者が出て行かないと、普通は会食を抜けられない。そう言う暗黙の規則でもあるかのように、ルドラさんとクレアさんはいちゃつきたいのを我慢していた。そのため、マルチスさんが出て行くと、ルドラさんはクレアさんをお姫様抱っこで移動させ、食堂を出て行った。
「あ~ぁ、また私一人~。ほんと、虚無感がすごいな~」
「キララ様はクレアさんとあって二日しか経っていないのに、助ける気満々ですね」
ベスパは木材をモグモグと食べた後、私に話かけてきた。
――そりゃあ、クレアさんはルドラさんの妻だからね。あと、なんか波長が合うんだよ。一緒にいて嫌じゃない。そう言う人は珍しいというか、友達になれそうだったから、丁度いいかな~って。
「ほぼ誘拐同然の行為をしているのに、曲がり通るはさすがキララ様の商談術。御見それいたしました」
――ちょ、誘拐って……。まあ、見方を変えれば誘拐と大差ないか。でも、承認を得ているんだから誘拐じゃないよ。
「商人の妻から承認を得て誘拐する。ん~、今日の私もなかなかしゃれていますね。おっと、鼻水が出てきてしまいました~」
ベスパはさっむいギャグを唱えて自らこごえていた。なんておバカな虫なのだろうか。
――はぁ……、ベスパのお笑いの才能は私とほぼ同じだから、仕方ないか。
私達は残っている料理をすべて平らげ、デザートを食べ終わり、お風呂場に向かう。
今日もまったりさせてもらったらお湯が輝き、星空のようになっていた。
もう、お風呂のお湯が私の出し汁みたいで最悪なんですけど……。
案の定、多くのメイドさんがお湯に浸かり、魔力満点なお湯のおかげで美肌効果や疲労回復、便秘改善、慢性頭痛、生理痛などなど、ありとあらゆる悩みを解決してしまった。
私の魔力のせいなのか、普通の人の魔力でもいいのか謎だ。
「はぁ~、気持ちよかった~。やっぱり按摩とお風呂は最高だね……。勉強しないといけないのに、寝ちゃいそうだよ~」
私は寝る準備を終えてから借りている部屋に戻ってきてベッドに寝ころんでいた。天井には照明があり、光の線が瞳を包む液体によって伸びているように見える。
ボーっとした後、フリジア魔術学園の問題集を解き、勉強に集中する。
ルドラさんの家の問題はいったん脇に置き、自分自身の問題に目を向けた。私が王都にやって来た目的はどの学園に行くか決めるというものだ。その点から目を背けてはいけない。
今のところフリジア魔術学園がエルツ工魔学園よりも上に来ている。明日、ドラグニティ魔法学園に行ってどんな感じなのか、調べてこよう。
「はひょ~ん、勉強終了。さてさて、寝ましょうかね」
私は問題集を閉じ、ベッドに入る。
「皆、お休み……」
「キララ様、バレルさんが動きました」
ベスパは私が寝ようとした瞬間に話しかけてきた。
「ん?」
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