危険なイケメンおじ様
私は応接室から廊下に出た。
――ベスパ、屋敷にいる人全員の位置を把握して。
「了解しました」
ベスパは庭にいるビー達に命令し、一人一匹、ビーを付けさせる。
「この屋敷内には計二〇八人の従業員がおります。ルドラさんの家族は含まれておりません」
――ご苦労様。じゃあ、皆と手を合わせに行こうか。なんせ、あの魔道具の性能を知っている人がいて私と同じように魔力を操作できる者が屋敷の中にいたら、ルドラさんの尋問を掻い潜れてしまう。もし見つけたら捕まえてもいいけど泳がせて情報を得るのも悪くないね。
「そうですね。情報は探ってもなかなか出てくるものじゃありませんから、手に入れられるのなら、願ったり叶ったりです」
私は屋敷にいる人達と手を握り合わせ「あなたはマドロフ家が好きですか?」と質問する。いきなり「あなたは正教会の人間ですか?」なんて聞いたら警戒されてしまうはずだ。なので、マドロフ家が好きかどうかを聞く。
この時、皆は「はい」と応えるのが普通だ。
魔力が乱れたら嘘だとわかる。こうなったら要警戒。まあ、好きだけど仕方なく敵に加担している場合も考えられるので、好きだった場合でも油断はしない。
続いて「質が悪いウトサを売っていますか?」と聞く。「いいえ」と応える者しかいない。「なんでそんなことをしているのか」と訊かれれば「ルドラさんの手伝いをしている」と誤魔化せばいい。
「二〇七人が普通に魔造ウトサについて知らなかったね……。で、あと一人は?」
「外にいる方です」
ベスパは視線を最後の人に向けた。
「はは……、あんなの調べなくてもわかるよ」
私の視界の先にいたのは、門の前で立っている凛々しいイケオジの姿だった。
「まあ、せっかく二〇七人まで調べたのですから、最後まで調べましょうよ」
「そうだね。一人だけ残しておくのも気分が悪い」
私は屋敷の外に出て門に向かう。
「あの、すみません。少しお願い事があるんですけど……」
私は門番の仕事をしているイケオジに話しかける。
「はい。どうかされましたかラッキーさん」
イケオジは振り返り、熟女をイチコロにしそうな微笑みを浮かべた。
「手を握って私の質問に答えてくれませんか?」
「別に手を握らずとも質問をしてもよろしいですよ」
「…………。ま、まあそうなんですけど」
――え、初めて握手を拒否された。なんで?
「別にあなたも握手を拒否する必要はありませんよね」
「確かにそうですね。握手はラッキーさんの趣味か何かなのですかな?」
イケオジは私に手を差し出してきた。
私は差し出された手を握ろうとする。すると、手の平の間に何か違和感を得た。
加えて優しそうなイケオジの表情が少々揺らぐ。その瞬間、手を退けられた。
「いはやはや……、すみません、長い間仕事をしていたので手が汚い状態ですから、手を綺麗に洗ってからにいたしましょうか」
イケオジは手を開いたり閉じたりを繰り返し、挙動が明らかにおかしい。
「別に手を握っても、あとでもう一度洗えばいいだけです。私は気にしませんよ」
「そうですか……。では、改めて」
イケオジは私に手を差しだしてきた。私は手を近づける。今度は違和感が無く普通に手を合わせられた。
――ベスパ、イケオジの行動で何か違和感があったら教えて。
「はい。すでに一つ見ました。手を離れさせたあと、左手で剣を握っています。その動作が怪しいと思い、調べてみると剣は魔道具です。金具の部分に魔法陣が描かれています」
ベスパは私達を中心に円を描くように飛んでいた。
――魔剣ってこと? でも、テールさんは真面な魔剣は無いと言ってなかった?
「テールさんが作成していた魔剣は魔石を使用し、剣身そのものを魔法で作り出す魔剣です。ただ、剣身がすでにあり、剣本体に魔法陣を描き込んでいる品はすでに流通しているようですね」
――何で、イケオジは魔剣なんて触ったんだろう。私を切ろうとしたのかな。それとも他の何か……。触らなければならない理由があったのかな。
「魔法陣に描かれている内容から察するに『安定』の魔法陣だと思われます」
――『ステーブル』って、泣いている子供や赤子をあやす魔法でしょ。それを剣に付与してるってどういう意図があるんだろう。でも『ステーブル』を触られながら質問しても体内の魔力が乱されない。さっきの応接室に入る時は武器を取り上げられた。だから手に魔力を溜めていたんだ。もう、ここまで来ると魔力が乱れていると知られたくないと言っているのと同じだ。
「あの……、人と喋る時に剣を握るのはちょっと失礼じゃないですか……。話しづらいんですけど」
「すみません、昔からの癖でして……」
「そうですか」
――ベスパ、魔法陣が反応したら魔力が乱れていたと思って間違いないよね?
「はい、魔法陣が発動すれば魔力が確実に乱れているはずです。男性は魔法陣が見えないように手で上手く隠していますが私の目はばっちりとらえています」
ベスパは眼を見開いている。
――じゃあ、イケオジが魔法を使うかどうか、しっかりと見ていて。私は悟られないように彼の方を見ておくからさ。
「わかりました」
私はイケオジの手を握り、質問した。
「あなたはマドロフ家が好きですか? はいかいいえで答えてください」
「そんなこと、紛れもなく、はいですよ」
イケオジは微笑みながら呟いた。私は彼の魔力が乱れているとは思えない。
「キララ様、魔法陣が反応しました。魔力が乱れていたようです」
――そうなんだ。
「では、あなたは質が悪いウトサを売っていますか?」
「はて、何のことかわかりませんね。いいえ」
イケオジは首をかしげながら答える。またしても魔力は反応しなかった。
「キララ様、今回は魔法陣が発動しませんでした。続けて質問しましょう」
――うん。
「じゃあ、あなたは質が悪いウトサを知っていますか?」
「質が悪いウトサはこの世にいくつも存在しますよ。はい」
イケオジの魔力は乱れず、反応なし。
「またしても魔法陣は反応しませんでした。美味いこと交わされているようですね。核心を突いた質問をしたいですが……、危険すぎます。あまり詮索するのはよろしくないかと」
――そうだね。じゃあ、最後……。
「あなたは私を可愛いと思いますか?」
「ええ、もちろん。麗しき少女ですよ。はい」
魔力の変化は感じ取れない。
「キララ様、魔法陣が発動しました」
――えぇ、こんなに裏が無さそうなのに嫌われてた~。ちょっとざんね~ん。
「ありがとうございました」
「いえいえ。ですが、なぜこのようなことを?」
「今、ルドラさんがマドロフ家を攻撃している者を探しているじゃないですか。私も何か手伝えないかな~と思っていろんな人に話かけて知見を広げているんですけど、全然わからなくて。いや~、私は見る目が無いですね~」
「そうでしたか。師匠思いの良い弟子ですね」
「あはは~、そんなそんな。私なんてただの少女ですよ。えっと……、イケオジさんの名前、まだ聞いてませんでしたね」
「私の名前など、気になさらず、ともよいのですが……」
「いえいえ。名前は大切ですよ。知っているのと知っていないので印象が変わりますから、あなたの名前を教えてもらえますか」
「わかりました。私の名前はバレル・アルレルトと申します」
イケオジの名前はバレルさんと言うそうだ。本当かな?
「ではバレルさん。これからもよろしくお願いします。友好の印に握手を」
「ええ、よろしくお願いしますね」
私はバレルさんの手を握り、微笑む。
「では、私はこれで失礼いたします」
バレルさんは私のもとから歩いて去っていった。
「バレルさん、怪しいね」
「ええ。怪しいが過ぎますね。では、ビーを……」
ベスパは一匹のビーをバレルさんに近づける。だが、暗闇に一瞬銀色の筋が見えた。そのさい、バレルさんの立ち姿は一切変わっておらず、ただ歩いているだけにしか見えなかったのだが……。
「ビーが切られました。間合いに入った瞬間でしたね」
「え、切られた? いつの間に……」
どうやら、バレルさんを監視させようとしたビーが切られてしまったようだ。あまりにも速い太刀筋に、私は全く反応できなかった。
「近くから監視するのは難しいようです。剣の間合いに入らず、監視します」
ベスパはビーを八匹飛ばし、八方位に置く。全方位から見逃さないように監視するようだ。
「はぁ……。あの剣速を見る限り、シャインと同じくらいの腕前なのかな。いや、熟練度が違うか。厄介なイケメンおじ様だ……」
私は危険人物と思われたか、うざいガキと思われたかわからないが、私の方もめぼしを付けた。バレルさん以外怪しい人物がいなかった。でも他の場所にも潜伏している可能性はあるので、気は抜けない。
「じゃあ、ベスパ。私達はルドラさんの屋敷に戻って夕食にしよう」
「そうですね。ルドラさんの家族の中に裏切り者がいるかもしれませんし、調べないといけません」
「うぅ……。そうなったらルドラさんが悲しいだろうな。と言うか、する必要性がわからない。だから、裏切り者がいるわけ無いよ」
「そうだといいんですけどね……」
私達はルドラさんの家族が集まる夕食に今日も参加した。その際、ライト式嘘発見法を行おうと思っていたのだが……。
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