頭の中がお花畑
「では、私は寝室に戻って何をしたらいいんですか?」
ルドラさんは私に訊いてきた。
「先ほども言いましたけど、クレアさんが起きるまで抱きしめていてください。出来るだけ優しく。クレアさんが起きたら、おはようと、目覚めのキッスでもしてあげると悦びますよ」
「お、おはようと目覚めのキッス……」
ルドラさんは頬を赤らめながら寝室に戻っていった。
「ベスパ。昨晩の映像は消しておいて」
「了解です。記憶から削除しておきます」
惜しいが二人の初夜を覗くわけにもいくまいよ。私はそんな外道じゃない。
私はルドラさんの襲撃後、勉強を再開し、問題の解き方を頭にしっかりと叩き込んだ。
「ふぅ~。勉強って出来ると楽しいな……。にしても、朝食はまだかな……」
現在の時刻は午前七時四八分。
「ベスパ、私の服がどこに行ったか知らない?」
「昨晩に洗濯されたのは覚えていますが、そこからはどこに向かったかわかりませんね。この屋敷の中にあると思うのですが……」
ベスパが腕を組んで考えていると、扉が叩かれる。
「はい」
「ラッキー様、お召し物をお持ちいたしました」
私達が話していたら、丁度メイドさんが洗濯した服を持って来てくれた。
「ありがとうございます」
「では、午前八時より朝食を食堂で行いますので、お越しください。あと、ここのお部屋は掃除係が入りますので、お荷物は籠の中に入れていただくようお願いします」
メイドさんは綺麗な箱を床に置く。
「わかりました」
「では、失礼します」
メイドさんは頭をさげ、部屋を出て行く。
私は勉強道具や使わない下着を箱の中に入れた。そのあと綺麗になった服を着て髪を結び、杖が入った杖ホルダーを腰に付け、ブラットディアとブラックベアーのクロクマさんが入ったサモンズボードを胸ポケットにしまう。試験管ホルダーを腰に巻き、準備完了。
「よし、食堂に行こう」
「はい。行きましょう」
私とベスパは食堂に向っていた。メイドさんがいないと言うことは自分の好きな時間に行けばいいと言うことか。まあ、朝の時間は皆バラバラだから、こういうのも悪くない。
食堂に入るとルドラさんのお爺さんである渋い男性と両親が朝食をとっていた。年寄りだからか、朝が早いのかな。にしても、朝から服装が決まってるな……。
「皆さん、おはようございます。今日はお日柄もよく、気持ちがいい朝ですね」
「おお、ラッキー。おはよう。いや~、昨晩はしてやられたわい。まさか、酔いつぶれるとはいったい何年ぶりか。お主は人を立てるのが上手いの~」
渋い男性は素面の時に全く見せなかった満面の笑みを浮かべ、私を見ていた。相当心地いいお酒を堪能したようだ。
「それはそれは。恐縮です」
――まあ、私は人を喜ばせる元プロなんで。
私は軽く会釈をしてメイドさんに案内された椅子に座る。
朝食はすでに用意されており、サラダ、コーンスープっぽい汁物、パン、ソーセージっぽい肉詰め、スクランブルエッグ……。飲み物は水だ。どこか洋風の朝食と言うべき品々で気持ちが上がる。
「では、いただきます」
私は両手を合わせ、神に祈りを捧げてからフォークとスプーンを手に取り、料理に口を付ける。
黄色い飲み物はコーンスープだった。ソーセージっぽい肉詰めも正しく同じ。スクランブルエッグも同じ味がする。いやはや、味付けがソウルとミグルムだけになるとほんと地球の料理と同じ味だ。故郷を嫌でも思い出してしまうよ……。
「うぅ……。うぅ……」
「ど、どうした! ラッキー。朝食が合わなかったか? 馬鹿者、さっさと取り換えんか!」
「は、はい!」
渋い男性が怒鳴ると、メイドさんが動き、私の朝食を引き上げようとする。
「い、いえ、違います……。口に合わなかったんじゃなくて……、美味しくて……。うううぅ……」
――ソーセージのパキっとした皮とうま味が濃い肉汁、コーンスープの優しい甘さ、スクランブルエッグのほろけ具合……。料理人がいい腕してるよ。まぁ、私ならもっとおいしく作れるけどね。
「そうか、そうか。美味いか! ハハハっ、泣くほど美味いと言われると気持ちがいいもんだな。わしの朝食もやろう!」
渋い男性は子供に甘いのか、立ち上がってソーセージを私の皿に置いた。
「いいんですか?」
「構わん。ラッキーは食べ盛りなんだからな。たくさん食べて大きく成長するんだぞ」
「は、はい」
――残念ながら、これ以上大きくなるのは難しいかもしれないと言う現実を知らされているんですよね。
私は朝食を全て食べ終わり、紅茶を啜りながらフルーツを食べる。
「じゃあ、親父。俺達は仕事場に行ってくる」
「失礼しますわ」
「ああ、気をつけてな」
ルドラさんの両親が立ち上がり、お爺さんに一度礼をしてから食堂を出て行く。
両親とすれ違うように、ルドラさんとクレアさんが一緒に歩いて食堂にやって来た。両者共によそよそしい。加えてクレアさんの歩き方がぎこちなさすぎる……。
「お、おはようございます。御父様、御母様」
クレアさんは義理の両親に頭をペコリと下げる。
ルドラさんの両親も挨拶をして頭を下げる。
両者共に何かを感じたのか微笑み、特に詮索もせず隣を歩いて行った。
「ルドラ、遅かったな」
渋い男性は目を細めながら喋る。
「す、すみません。御爺様。私が寝過ぎました……」
クレアさんはルドラさんが怒られると自ら頭を下げた。
「クレアはいくらでも寝ていて構わないが、ルドラ、お前は若いが商人の端くれだろ。朝、起きるのが遅すぎる。商人だと言う自覚があるのか!」
「大変申し訳ありません。私の不注意が招いてしまった失態です。心を入れ替えて精進いたします」
ルドラさんは腰が九〇度に曲がるほど頭を下げる。
「る、ルドラ様は悪くないんです! わ、私が起きた時に寂しくないよう、抱きしめていてくれたんですよ!」
「ちょ、クレア!」
ルドラさんはクレアさんの口に手を当てる。
「ん……。はぁっ……!」
後方を歩いていた両親と目の前にいる渋い男性が全員同時に感づいた。
「ん、んんっ……。あ~、なんだ。長旅で疲れたのだろう。商人とて旅は疲れるからな。おなごに癒してもらいたくなる時もあるだろうて……。ま、まあ、さっさと座って朝食にしなさい」
渋い男性は物凄く優しくなり、二人を席に座らせた。
「は、はい……。ありがとうございます」
ルドラさんは物凄く赤面しつつ、椅子に座り、クレアさんも同時に椅子に座って食事を始める。
両親は話しを聞きたくて仕方がないようだ。でも仕事を優先するらしく、姿が見えなくなる。
私はルドラさんの方を見てニヤニヤが止まらない。私が恋のキューピットになる日が来るなんてね。まぁ、結婚しているのだから恋と言うか性のキューピットなのか? どっちでもいいか。
私が朝食を終える前に、渋い男性が席を立ち、食堂をあとにする。ちょっと気まずかったのかな。
「はぁ……。もう、クレア。いきなりあんな発言をしないでくれよ。恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった」
「で、ですが、私のせいでルドラ様がお叱りを受けていたではありませんか。そんなの、私は耐えられません。あ、あんなにうれしかったこと……人生の中で一度もないんですもの。ルドラさんの行いが罰せられるなんておかしいと思います!」
「あ、ありがとう。でも、あまり大きな声を出すのはやめようね……」
ルドラさんはクレアさんの唇に人差し指を置き、黙らせる。
「昨晩のように口で封じてくれないのですか……」
クレアさんは調子がよく、ルドラさんに追撃を行った。
「うっぐ……」
――微笑ましいな~。ルドラさんはクレアさんの尻に引かれるんだろうな~。
私がニヤニヤしてみていると、二人が私の視線に気づいた。
「ラッキーさん! 昨日はありがとう。本当に上手く行きましたわ!」
「よかったですね。クレアさんは素質がありますよ。ルドラさんをどんどん虜にしちゃってください。そうすればマドロフ家がもっとにぎやかになりますよ。文字通り、にぎやかにね」
「エヘヘ……。そうね~。ルドラ様。私はルドラ様のように賢く、私のように元気で健康な男の子をいっぱい産みますね! 一〇〇人くらい産みますね!」
「く、クレアは体をもっと大事にしようね……」
――二人の子か。ルドラさんとクレアさんの良い所が詰まれば、さぞかしモテモテの子が生まれるんだろうな~。頭が良くて元気で健康的な子なら、モテない方がおかしい。マドロフ家も安泰かな~。まあ、マンダリニア家の方はライトって言う天才がいるし、超絶健康体のデイジーちゃんがいるから、安泰かな~。
私はほのぼのした空気感に頭が侵略されてお花畑状態に陥っていた。この世界はそんな甘っちょろい世界じゃないのに。
「さてと。ルドラさん、私は朝から学園の見学に行ってきます。今日はフリジア魔術学園の見学に行ってきますね」
「あ、ああ。わかった。でも、その格好で行くのかい?」
「男の服だとやっぱり駄目ですかね?」
「別に男が絶対に入ったらダメと言う規約はないけど……。あそこのお嬢さん達は皆気が強いから。クレアならよく知っているんじゃないかい?」
ルドラさんはクレアさんの方を見て話す。
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