貴族の夕食
「うん、いい感じ。試験まで一年くらい余裕がある学生とは思えないくらい解ける。日頃の勉強の成果かな」
騎士さんが言っていた通り、エルツ工魔学園の試験問題の傾向は特に変わらず、頑張れば入れる学園と言う通称も頷ける。
問題が解けると嬉しいのはこの世界でも変わらない。難解なパズルが解けるような爽快感を何度も味わっているようだ。
「ふふん、ふふん、ふふん~」
私が乗りに乗っていると、扉が叩かれた。
「ラッキーさん、ちょっといいかしら?」
声の主はクレアさんだった。今はルドラさんと夕食中なのではなかろうか。
「はい、どうぞ」
私が声を出すとクレアさんが泣きながら入ってくる。
「う、ううぅ……」
クレアさんは子供がぐずりだす寸前のようなクシャクシャな顔をしており、私の身が引けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ。ルドラ様に褒められましたわ~!」
クレアさんは私に抱き着いてきて泣いていた。泣きすぎのような気もするけど……。
「よ、よかったですね。何を褒められたかわかりませんが、今のところ順調なんですか?」
「ええ。ルドラ様をお出迎えしてお部屋までお送りしたの。そうしたら、私の頭に手を置いてありがとうと言ってくださったの。そこで飛びつかずグッと堪えて頭を下げたのよ」
クレアさんはしっかりと待てが出来たらしい。
――帰って来たルドラさんはクレアさんと別れて何をしているのかな。ベスパ、『視覚共有』。
「了解です」
私はビーと視界を共有し、ルドラさんの様子を窺う。彼は別室で服を着替えていた。
――んー、衣装を着替えているだけか。どことなく嬉しそう。
「今から夕食なの。ラッキーさんも一緒に参加しましょ」
クレアさんは私に言う。
「え……。でもメイドさんが部屋に料理を運んでくれるって……」
「皆で食べた方が美味しいに決まっているじゃない。ささ、料理を一緒に食べましょ!」
クレアさんは私の手を持ってぐいぐい引っ張る。ルドラさん以外の相手にも淑女の対応をしてほしいのだが、まだ難しいようだ。
私がクレアさんに部屋から連れ出されると、メイドさんが料理をカートに乗せた状態で持って来ている途中だった。
「ラッキーさんも食堂で一緒に夕食にしますわ。料理は運ばなくてもいいわよ」
「さようでございますか。わかりました」
メイドさんは頭を下げ、カートを移動させていく。
私達はメイドさんよりも早く歩き、食堂と言う名の広い空間に連れていかれた。中央に長めのテーブルが置いてあり、いくつもの椅子が並んでいる。大きなロウソク立てに何本ものロウソクが立てられており、雰囲気が出ていた。
私とクレアさんは椅子の後ろで立って待っている。
テーブルの上にすでに綺麗に敷かれたナフキンと銀色のナイフとフォーク、グラスが置かれており、私の分も急遽用意された。
――この部屋も無駄に広いな……。天井が何メートルあるんだろう。八メートルは流石にないよな。でもそれくらい高く感じる。地面の絨毯も綺麗だし、照明器具も輝きすぎ……。これで小貴族……。まあカッコお金持ちが着くと思うけど。
私とクレアさんが待っていると、いつも流されている髪を結って綺麗にまとめたルドラさんが扉の奥から現れる。多くのメイドさんが衣装を直しながら歩いていた。その状況をルドラさんはうっとうしそうに微笑みかけている。
「ふぅ……」
ルドラさんがため息をつき、上座の二個下あたりに立つ。どうやらルドラさんもまだ座らないようだ。つまり、ルドラさんよりも偉い方が現れる訳か。食堂の中でメイドさんが何人も動き、食事の準備を始めていく。
少しすると、ルドラさんに似た男性と綺麗な老け方をしている女性が食堂に入って来た。
「ほんと、このかたっ苦しい感じ、面倒だよな……」
「あなた。お客様の前ですよ。表面上だけでもしっかりしてください」
「おや? 本当だ。だが、すでに知られてしまったのだから別にどうでもよくないか?」
「どうでもよくありませんよ。あなたも貴族の端くれなのですから、立ち振る舞いはしっかりしてください。他の貴族の奥様に笑われる私の身になってもらいたいですわ」
たぶんルドラさんのお父さんとお母さんと思われる方達は夫婦漫才のような息が合った掛け合いをしながら上座の一つ前の椅子の後ろに立つ。
――上座が残っているということはお父さんやお母さんよりも上の位がいるということか。
「むぅ……。いったいどういうことだ。あのようなバートンを仕入れた記憶がないのだが」
眉間にしわを寄せ、腕を組みながら顎に手を当てている渋い男性が歩いてきた。服装はタキシード。浮きそうな服装なのに着こなされすぎていて違和感がなく、私服に見える。ダンディー(男性の服装や振る舞いが洗練されていること)な雰囲気がすごい。
渋い男性が考えながら上座に座り込む。
「皆、座って良いぞ」
「失礼します」
私達は斜め三〇度ほど頭を下げてから、椅子を引き、左側から椅子に座る。
「前を失礼いたします」
メイドさんが料理を持ってきた。白い皿に少量の野菜が綺麗に盛りつけられている。見た目はレタスの葉とブロッコリーの茹で物。料理名は温野菜とソースあえ、オリーブオイルを添えて……と言ったところか。
私の右前にあるグラスに水が注がれ、緊張感漂う食事が始まった。
「むむぅ……。いったいどこ産のバートンだ。あの大きさ、筋肉量、肌艶、あんな個体を買ったのなら知らないはずがないんだが……。ん? このブロッカリー、美味いな。だが、少々茹ですぎだ。触感が台無しになっている。ブロッカリーは茹ですぎない方が触感と香りが楽しめる。そう料理長に伝えておけ」
「かしこまりました」
メイドさんは渋い男性から辛口評価を聞き、部屋を出て行く。
「親父、せっかくの食事中なのにそんな不機嫌そうな顔をしないでくれよ」
「そう言われてもな、考えることを止めたらバカになっちまうだろうが。頭がスカスカになった腑抜けの爺になりたくない」
「親父がぼけるとか、全く想像できねえ……」
ルドラさんのお爺さんとお父さんが談話し、私達は押し黙る。食事の味を考えると言うような時間ではなく、もう、緊張と言うか張り詰めた空気が食堂を包んでいた。
――き、緊張して味がしない……。ソウルが入ったお湯で茹でてあるから塩味が効いて美味しい気がするんだけど、言われてみたら確かに茹ですぎて柔らかいか。
食事が進む中、渋い男性の独り言とそれに突っ込むルドラさんのお父さんの談話が続き、どうも息苦しい。
ルドラさんは確実に面倒臭がっている。お母さんの方は黙々と食事をしており、話さないのがマナーとでも言いたげな表情だ。クレアさんも食事を黙々と勧めていた。
前菜が終わったころ、お爺さんがルドラさんに話しを振った。
「ルドラ、最近の調子はどうだ? 久しぶりに顔を見せたじゃないか。近況報告でもしてみなさい」
「は、はい。お爺様」
ルドラさんは話しをいきなり振られて一瞬動揺したが、咳払いをして調子を整えると話始める。
「今、私はとある村の商品を王城や王都の菓子職人におろしている仕事をしています。人脈作りと言ったら聞こえは悪いかもしれませんが、新規の方々が着々と見つかっているところです」
「なんと、王城に商品を卸しているとは……。いつの間に成長したんだ。お前はまだそんな技術が無いだろうに……、商人のくせに商品に救われているのか?」
「う……、た、確かにそうかもしれません。ですが、私もマドロフ商会を継ぐ者として精一杯努力しています」
ルドラさんは辛口評価の渋い男性に負けず、言い切った。
「そうか。うん、やはり父親よりも大分賢いようだな」
渋い男性はお酒を飲んで酔っ払っている小太りのおじさんを見る。
「ひっく、ははっ、まあ~、俺の顔と母さんの頭脳が合わさったらルドラになったわけだからな~」
ルドラさんのお父さんは息子の方が頭がいいと言われても気にする素振りを見せず、逆に笑った。
「はあ……。ルドラに商会を早く継いでほしいわ……、いつも肝が冷えるのよ……」
ルドラさんのお母さんはため息をつき、頭に手を置いて疲れている様子を見せる。きっとお父さんの方が仕事をしているのではなく、お母さんの方が頑張っているのだろう。
「すみませんお母様、私のわがままを聞いてくださり、とても感謝しております」
ルドラさんはお母さんの方に向って頭を下げる。
「気にしなくていいわ。逆に私は嬉しいの。御爺様から始めた小さな商会がここまで大きくなったんですもの。その商会を継げる後継者がいるというだけでとても安心できるわ。ルドラは出来る限り、好きに生きなさい。でも、妻をほったらかしにするように育てた覚えはありませんよ。あと、私に孫の顔を早く見せてちょうだい」
お母さんの鋭い眼光が、ルドラさんの心を抉る。
「う、うぅ……」
ルドラさんは少しよろめきながら、首を下げる。
「御母様。ルドラ様は大変疲れておりますゆえ、それ以上のお小言はおやめください!」
クレアさんはお母さんに向ってはっきりと話す。
「ごめんなさい、クレアさん。うちの子が少し内気だから、あなたも寂しいでしょうに」
姑問題にならないか不安だったが、お母さんはクレアさんのことを心配してくれているようで安心した。よくある貴族のぎすぎすとした親子関係ではないようだ。
ルドラさんの家系が成りあがった商人の貴族だからだろうか。どこか庶民の匂いもする。まあ、お母さんとクレアさんからは貴族のにおいがプンプンするわけだけどね。
少し話が長引いたが、主菜が並べられると皆黙って食事を再開する。
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