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ブラックベアー

 私はお母さんから魔法の放ち方を教わってから、日が暮れるまで練習した。


 お母さんが言うには指先に集中して対象の物体に力を放つ感じだと言う。魔法陣の概念を知っていればもっと効率がよくなるそうだが、お母さんは知らないようだ。


 お母さんも魔法の原理がよくわかっておらず、私は独学で力を付けるしかなかった。


「ファイア! ファイア! ファイア!」


 ただ何度やっても結果は同じだった。


 同じ工程を繰り返しても、お母さんのようにろうそくへ火を灯せない。


 私に出来たのは、ろうそくが一瞬燃えたか燃えてないかという程度。焚火の火の粉が散っても、簡単に燃え移らないのと一緒だ。


「キララ、今日はここまでにしましょ。そろそろ夕飯の支度をしないとお父さんが帰って来るわ」


 お母さんは一日中練習に付き合ってくれた。見た目が若いが、栄養のある食べ物を得ていないので、栄養失調気味だ。そのため、相当疲れている。


 私の方は動ける力がまだ残っており、練習出来そうだったが、お母さんの体が心配だったので今日の練習はここまでにしておく。


「うん、わかった。私も夕食の準備を手伝うよ」


 ――初日で魔法が使えるとは思ってなかったけど、やっぱりちょっと悔しいな。異世界、魔法と言う単語に勝手に舞い上がってたのかな。『前世の記憶がある私なら魔法は簡単に使える』って。まぁ、世界はそんなに甘くないよね。練習しないと使えるようにならない。勉強と同じか。


 私はお母さんの手伝いをしながら今日どこが駄目だったのか。また、明日やる目標を簡単にまとめてみた。


 ――今日、魔法が使えなかった理由は集中力の問題だと思う。五歳児だもん、集中がすぐに切れてしまうのは仕方がない。でも物事に集中したらものすごい吸収量のはず。五歳児の吸収力を何とか魔法の練習に活かしていきたい。明日の目標は、集中力を鍛えることにしよう!


「よし、今日はもう反省した、くよくよしない! 失敗した理由をこれ以上考えても仕方ないもん。今は出来ない事実を受け止めて、これからを考えていかないと」


 私は失敗した原因を分析し、しっかりと対策を考え、実行に移す計画を立てた。計画、行動、評価、改善。この四つを的確に行い続ければ、学習を最大効率で行える。いやはや、大人になってからじゃやる気にならないけど、子供から始めるとなるとやる気になるな。出来るだけ、成長したいし効率を重視しちゃうよね。


 私はアイドル時代、何度も言われた目標達成の四原則。計画、行動、評価、改善を取り入れ、魔法の習得に挑戦する。


「キララ、壁際を向いて何を言ってるの?」


「な、何でもないよ。あはは……」


 私はすぐに振り返り、お母さんに笑顔を見せる。


「そう……」


 お母さんに変人扱いされてしまい、少々焦った。すぐに普通の女の子に戻るべく、木製の皿を食卓テーブルに並べる。


 スープが温まったころに、お父さんはちょうど帰ってくる。


「ただいま……」


 お父さんは、頬がこけるほどげっそりとしており、表情からして相当疲れている。きっと何かあったのだろう。


「お帰りなさい、今日は遅かったわね。何かあったの?」


 お母さんは薪コンロの火を散らし、お父さんの方を向き、話かけた。


「それが……。ブラックベアーが他の村人を襲ったらしいんだ。このままだと、この村に人を求めてやって来るかもしれない」


「そんな……。せっかくいいお家が見つかったばかりなのに」


「ああ、でもここの村に居たら危険だ。人の味を覚えてしまったブラックベアーは、もう人以外を食べない。また人を必ず襲う。村長と話をしている時にこの話が流れてきたんだ。話を聞いてからは早かった。村長はすぐさま、八〇キロメートル以上先にある街の冒険者ギルドにブラックベアーの討伐依頼を出した。だが冒険者が到着するまで数日かかるらしい。並大抵の冒険者ではブラックベアーを討伐できないからな」


「ブラックベアーってそんなに強いの?」


 ――クマみたいな名前なんだから、普通に魔法で倒せそうだけど。


「ああ、強いよ。ブラックベアーは『魔法耐性』を持っていて魔法攻撃がほぼ通らないんだ。だから剣や弓、槍、短剣などで倒さなければならないんだけど、三メートルを超える巨体にも拘わらず、俊敏な動き、言わずもがなな怪力、ベテランの冒険者でも一人で倒すのがとても難しい魔物なんだ」


 ――何か、ブラックベアー鬼強そう。それに魔物って……。動物とは違うの? 哺乳類と爬虫類の違い、みたいな感じかな。


「お父さん、魔物って何? 動物とは違うの」


「どうしたんだい、キララ。今日はやけに質問が多いな?」


「え、い、いや~。気になっちゃって……」


「好奇心があることはいいことだ。えっと、魔物って言うのは、体内に魔石と呼ばれる結晶がある生き物を言うんだ。強い魔物になればなるほど、魔石は大きくなっていく。動物は人と同じように、心臓があって真っ赤な血が巡っている生き物を言うんだ」


 ――なるほど、そう言う違いがあるんだ。


「魔物にも色々いて人を助けてくれる魔物もいれば、逆に人を襲う魔物だっている。動物も同じだ。ただ、ブラックベアーは特に危険な魔物だ。他の魔物とは比べ物にならないくらいにな。普通の大人なら肩に一撃くらっただけでも上半身と下半身が分かれちゃうくらいだ。昔、お父さんも見た覚えがあるが……、今でも身が震える」


「えぇ、怖い……」


 ――そんな生き物と遭遇したら、蜂どころの騒ぎじゃないな。


「いいかい、キララ。もし、ブラックベアーに遭遇したら、慌てて逃げてはいけない。慌てずにゆっくり移動して建物の中に避難するんだ。わかったか?」


 お父さんは私の両肩に手を置き、真剣な視線を向けてくる。


「うん、わかった」


 ――あぁ、これから家に引きこもろうかな。アイドルの次は引きこもりのニートか……。はは……、環境が変わるだけでこのざまよ。


 次の日。


「シャイン、ライト、大丈夫?」


「うぅん……。お姉ちゃん……、頭、痛いよぉ……」


「う、うぅ……。頭がガンガンするぅ……」


 双子は悪夢を見ているかのような唸り声をあげ、苦しんでた。どうやら高熱を出してしまったようだ。


 ――私の風邪がうつったのかな。ごめんね、二人とも。


 双子は額から大量の汗を掻き、熱が酷いのか瞳がとろんと蕩けており相当辛そうだ。頬は真っ赤に腫れている。


 ――もしかして、おたふく風邪だったりして。それだと危険だよな。でも、どう考えても薬を買うお金が家に無い。


「あなた。リーズさんの病院に行かないと……」


 お母さんは双子の頭を撫でながら、お父さんに言う。


「そうだな、家に居るより、リーズの病院に行った方がいいだろう」


 ――そうだよ、風邪をひいたらまずは病院だよね。って、リーズとは誰?


「キララも来るか? どうせこの村を一回離れるんだ。それならいっそ全員で病院に避難しよう」


 お父さんが悩ましそうに聞いてきた。


 ――どうしよう。私が家族に付いて行ったら、その分余計なお金を使っちゃう。双子の治療費もあるし。ここは……。


 家族に付いて行ったらお金が本当に無くなってしまいそうだと思った私は、付いて行かないという、五歳の子供とは思えない選択肢を取る。


「大丈夫。私だけでお留守番できるよ。私はもう五歳だし、なんだってできる!」


 ――なんつって……、精神年齢は二一歳の元アイドルなんですけどね。


「そうか、キララ。ありがとう」


 お父さんは私の気持ちを察してくれたのか、要望に応えてくれた。


「いい、絶対に外に出たら駄目よ」


 お母さんはやはり心配なのか、今までに見た覚えのない表情をしている。その表情は、最愛の娘と最後の別れをする時の顔だ。戦時中、疎開先に向かう我が子を見送る時の顔そっくり……。


「できるだけ早く戻る、それまでしっかりとお留守番しているんだぞ」


 お父さんは私の頭を撫でながら言う。


「お父さん、大丈夫だって。何も心配しないで。大きな黒い生き物が来たら、その場で静かにしていればいいんでしょ。そんなの簡単だよ」


 お父さんとお母さんは終始不安そうな顔をしていたが双子の容体もあるので先を急ぐ。


 村に丁度来ていた馬車のような乗り物で両親と双子は遠い街の病院まで向かって行った。


「はぁ、行っちゃった。さてと……、私は家の中で集中力を高める練習をするぞ!」


 私は昨日練習に使ったろうそくを水溜めが近くにある一階の空き部屋に持ち込み、小さな台の上に載せる。もし、家の中で火が着火しても水溜からすぐに鎮火できると思ったのだ。


「よし、集中力を高めるにはやっぱり瞑想だよね。地球での知識を使わせてもらいます。でも私、瞑想の効果は全くわかりません!」


 私は胡坐をかき、手を膝の上に載せて静かに目をつむりながら鼻から空気を吸い、口からゆっくり吐き出す。この工程を何度も繰り返す。


 ――今、この瞬間に全神経を灌ぎ、一時だけを感じる。


 初めは一回、続いて二回、三回と呼吸数を増やしてく。


 どれほど集中したら、ろうそくに火が灯るのか試してみた。


 私は呼吸を一〇回繰り返したあと、目を開けて詠唱を口にする。


「ファイア!」


 すると、昨日と同じほどの火の粉が舞った。


「なるほど、一〇回で少し燃えると……」


 続いて一一回から二〇回試したが一〇回目とほとんど変わらなかった。なので、回数を増やしていく。八〇回目で火がろうそくにようやく灯った。


「やった! 火がろうそくにやっと灯ったよ」


 初めて鉄棒の逆上がりが出来た子供のように私は燥ぐ。


 ――だって今は五歳児だもん。五歳児っぽい行動しても何ら不自然じゃない。今ならドジっ子キャラも難なくこなせそうだ。


 遠くの方で何かが倒れる音がした。バキバキと言う破壊音まで聞こえてくる。


「なんだ?」


 私は初めて上手くいった魔法に夢中だった。そのため、一番肝心な話を忘れてしまっていた。


「何か物音がしたような……」


 私は部屋の扉を恐る恐る開けて奥の方を覗いてみると、そこには昨日お父さんが言っていたであろう、ブラックベアーと呼ぶにふさわしい、生き物がいた。


 全身真っ黒、私の頭をまる飲み出来る大きな口。加えて体があまりにも大きく、四足歩行をしながら高さは二〇〇センチメートルを超えていた。


 ――全身真っ黒なのに、口元だけ赤い……。口紅を付けたお洒落なクマさん……なわけないよね。だってあの体じゃ、人なわけないもん……。


「グルルル……」


 巨大なブラックベアーが私の部屋の方に少しずつ歩いてくる。腐りかけの床がミシミシと音を立て、掃除をせっかくしたのに天井の埃が地上に降り注ぐほど、家が揺れているように感じる。


「!!」


 私は視線が合わさったように感じ、叫びそうになる口を手で必死に塞ぎ、その場に縮こまる。


 ――お願いです、こっちにこないでください、お願いです、こっちにこないでください……。


 心の中で必死に叫ぶが、相手は魔物なので聞いてくれない。


 ブラックベアーの口元が鮮血に染まっている理由を想像するに、誰かを食べたんだ。美少女で美味しそうな私も食べようとしてるんだ……。


『グルルル……』


 ブラックベアーの口角がにちゃぁと上がり、口内から赤くなった唾液が床にぽたぽたと垂れる。赤黒い舌が口周りを舐め、食欲が収まらないと言った表情をする。


 その姿を横目で見た私は、背筋から発生した悪寒に体が震える。


 ――いやだ、いやだ、いやだ……。この世界に来てまだ数日なのに……。私はまだ五歳なのに、こんなところで死んでられない。魔物に食い殺されて死ぬなんて絶対にいやだ。


 私は目を静かに閉じる。


「最後まであきらめないって地球に住んでるお母さんと約束したんだ。無駄かもしれないけど……、最後まで抗う」


 私はさっきまで瞑想していたせいか、頭はすっきりとしていた。恐怖の中でも思考が真っ白にならず、何度も何度も回避方法を模索する。


 そのため物事を判断する時間が極端に短くなっていた。


「瞑想だ。ギリギリまで瞑想して、あのデカブツに魔法を叩きこんでやる。最初で最後の足搔きかもしれないけど、何もしないで食われるよりましだよね……」


 勿論、昨日お父さんが教えてくれた事実を、私は忘れたわけじゃない。


 『ブラックベアーは魔法が効き辛い』


 ただ少しでも動揺してくれれば、逃げられる好機(チャンス)が生まれるかもしれない。


 私は小さな希望に懸けるしかなかった。


 ブラックベアーは私の心境など気にする素振りを見せず、徐々に近づいてくる。どうやら私に気づいたらしい。おなごの若く香しく美味しい匂いにつられているのだ。


 ――五歳児が食べたくて仕方ないとか、とんだ変態野郎だな……。


 現状、出口は玄関と部屋の窓しかない。


 窓から逃げ出そうと一瞬思ったが私の走る速度よりも、ブラックベアーの方がどう考えても早い。ヒグマは平地を時速六〇キロメートルで走る。人がどれだけ頑張って走っても時速四〇キロメートルも出ない。世界最速の男でさえ、無理な領域だ。そんな生き物と追いかけっこをして勝てるわけがない。


 加えてクマは走る物体を追う習性がある。餌だと認識したら逃げても追っかけてくる質の悪いストーカーだ。


 玄関はブラックベアーの後ろ側。つまり、私は動いた瞬間に『詰み』なのである。


 ――大丈夫、大丈夫、大丈夫。私は出来る子、やれば出来る子、何でも出来る子。


 ぎしぎしと言う大きな音が、私のもとに近づいてくる。これほど怖いお化け屋敷には入った覚えがなく映画すら見た覚えがない。すでにおしっこをちびりそうになっており、全身から冷や汗が止まらない。そんな状態で、真面に魔法が放てるのか。そう言った不安がさらに恐怖を助長し、体をこわばらせる。


「ふぅ……、ふぅ……、はぁ……、はぁ……」


 ――呼吸を整えろ。無駄なことを考えるな。今、出来ることを精一杯やる。それしか生き残る道はない。これは神様が与えてくれた試練だ。乗り越えろ。絶対に生きのこるんだ! 私は、生きて幸せな生活がしたい!


 私とブラックベアーの距離が五メートルほどになったところで。奴が静止した。その瞬間を見逃さず、私はブラックベアーの眉間に目掛けて指を向ける。


「私の瞑想一〇八回分だ! くらえ! 変態ストーカー野郎! 『ファイア!』」


 私は体から力が抜けた感覚を味わい、視界が一瞬揺らぐ。貧血に似た症状で、生理中に何度も味わった感覚と同じだった。吐き気を得ながら床に両手をつき、ブラックベアーの方を向く。


 眉間に小さな火がチリチリと灯っている。ロウソクの火程度、何の意味もない火が、私をあざ笑うかのように風に揺れていた。


 ――何と小さい火だろうか。ブラックベアーの瞳分すらない。まるで眉間に桜の花びらを一枚置いたかのようだ。あまりにも効果がない。瞼の瞬きで起こる風で消えてしまいそうだ。


「はは、そりゃ、そうだよね……」


 私の放った渾身の魔法はブラックベアーが移動すると簡単に相殺された。もう、煙草の煙かのように一瞬で消え去り、跡形もない。


「ちょっとした火を放ってしまってすみません……。あの、熱かったですか……」


 私の眼に映るブラックベアーはものすごくデカい。デカすぎて壁かと思い、腰が抜けて全く動けない。無駄に頭が冴えているせいか、視力までよくなってる。


 ――何でブラックベアーの体毛の一本一本まで見えるの。真っ黒な瞳に映っている私、間抜けすぎる。何、その泣きそうな顔、ボケーッとしすぎでしょ。鮮明に見たくないよ、今から死んで行く顔なんて……。あぁ、神、私には試練を潜り抜けることは難しかったようです。新しい一生を与えてくれたのに、すみません。


 ブラックベアーの鮮血に染まった口元の口角は、先ほどよりもぐにっと上がる。そのせいで真っ赤に染まった大きな口が開いた。すると巨大な鋭い牙がむき出しになり、笑っているように見える。


 眼は真っ黒で全く笑っていない。なんせ美味しそうな私しか瞳に映っていないのだ。絶対に逃がさないように視線を一向に放してくれない。


 ――新人アイドルの審査でそんな顔をしたら、評価はマイナス一〇〇点ですよ。ブラックベアーさん……。


 私はアイドル事務所の社長になったように、ブラックベアーの笑顔を採点し、お手本として自分の情けない笑顔を見せる。


『グラアアアアッ!』


 ブラックベアーが大きく吠えると、生臭い息によって生み出された突風により、私の長い髪が靡く。あまりにも受けたくないブロアーだ。お笑い番組の生臭い臭いが襲い掛かってくるブロアードッキリならましだったのに……。超絶面白い反応をしてみせるのに。


 残念ながら今は現実に起こっている悲劇であり、ドッキリと書かれた板をすぐに持ってやってくるスタッフはいない。


「蜂の次はクマですか……。私の人生って何なの……」


 死を覚悟した瞬間……。


『ブーン!』


 ブラックベアーと出会った時を上回るほどの悪寒が背筋を突き抜ける。不快音は耳から容赦なく入って来て、脳に直接伝わり、全身の毛がよだつほどの恐怖を私に与えてくる。


 ――この耳に残る嫌な翅音、もしかして蜂? この世界では『ビー』って呼ぶんだっけ。昔の私を死に追いやった、ビーがどうして家の中に。


 私とブラックベアーの間に一匹のビーが現れ、ブラックベアーの鼻に目掛けて飛んでいく。


 ビーはブラックベアーの鼻に止まり、動かなくなった。


『グアアアアッ!』


 ブラックベアーは雄叫びを上げ、巨大な手で鼻を押さえる。立ち上がったら天井を突き破るほど勢いよく頭が当たり、驚いたのか、反対方向に走り出し、家の壁を突き破りながら逃げて行った。


「ま、まさか……。ビーが私を助けた? そんなバカな……」


 ビーは家の中で『ブーン』と言う不快な翅音を立てながら、八の字に飛んでいる。


 多分、ブラックベアーの鼻をお尻の針で刺したのだろう。また、顎で噛みついたのかもしれない。


 家の中を数回飛びまわったビーは、腰が抜けて動けなくなった私の方に飛んでくる。


「うぁあああああああああああああーーーー!!!! ファイアァァァアアアアーーーー!!!!」


 私は、先ほどの巨大なブラックベアーよりもビビりながら、ビーに向って指を差して詠唱をとっさに言い放った。


 私を助けたビーは燃え上がり、あっという間に燃えカスになってしまった。


「ご、ごめんなさい……。でも、助けてくれてありがとう……」


 ――まさか、ビーに感謝する日が来るなんて、思ってもみなかった。


「大丈夫か!」


 近くの村の人が異変に気付き、家まで来てくれた。見た目は背丈の高いお爺さんで、鍬っぽい農具を持っている。


 ――鍬でブラックベアーと戦おうとしていたのだろうか……。命知らずなお爺さんだ。でも、駆け付けてくれたのは物凄くありがたい。私、腰が抜けて動けなかったんだよね。ちょっとちびっちゃってるし。


 私は床にペタンコ座りをしていたのだが、太ももをぎゅっと閉じてお漏らしを隠す。


「は、はい。何とか……。蜂が助けてくれました」


「は、蜂? 蜂とは何だね」


 ――あ、また間違えた。


「あ、え~と、ビーです、ビー。ビーがブラックベアーを追い払ってくれたんです」


「あのビーが……。信じられん、この世で最も弱いと言われる生き物なのに……」


「え、ビーって弱いんですか?」


「弱いも何も、初級魔法のファイアで燃えちまうんだから、子供の魔法の練習台にしかならん生き物だ。ほとんどは群れで暮らしているんだが、時々人を襲う事件があるから、冒険者がファイアで一気に駆除してるんだ。そんなビーがあのブラックベアーを追い払えるとは思えん」


「そうなんですか……。でも確かに、私はビーに助けられた気がするんですよね……」


 その日、家はブラックベアーに壊され、私のトラウマも一つ更新された。


 私は助けに来てくれたお爺さんに自己紹介をした後、お爺さんの家に向かうことになった。


「キララ。お父さんとお母さんが帰ってくるまで、わしの家にいなさい」


 私を保護してくれたお爺ちゃんはとてもやさしい人だった。もう、さん付けからちゃん付けに替えてしまうくらいいい人だ。


 お爺ちゃんの家に到着すると、お婆ちゃんが迎え入れてくれた。お爺ちゃんがお婆ちゃんにこれまでの経緯を説明した。


「あら、ブラックベアーに遭遇したの……。可哀そうに。怖くなかった?」


「とてもとても怖かったです……」


 私は初めて話したお婆ちゃんに抱き着いて泣く。今は誰かに慰めてほしい気分だったのだ。


「そう、でももう安心していいわよ、あなたはよく頑張ったわ」


 お婆ちゃんの一言に安心したのか、疲れが私に一気に襲い掛かってくる。


「すみません……、眠くなりました……」


 私は耐えがたい睡魔に襲われ、自分の意思ではどうすることも出来なかった。これが子供の睡眠欲か。


「そう、ゆっくりお休みなさい」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも、面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、差支えなければブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。


よろしければ、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。


これからもどうぞよろしくお願いします。

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beeって蜜蜂だよね?殺されたのgiant hornetだよね?
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