妻の悩み
――うぅ、いるならいるって言ってよ。
私はお湯に飛び込むのを止め、お湯にそっと浸かる。三九度くらいでちょうどいい湯加減だった。
「はぁ……。ただ、紅茶をこぼしただけなんだけどな。あの人はいったい誰だったんだろう」
私はひとりだけだとあまりにも広すぎるお風呂に浸かり、体を暖める。のぼせる前にお湯から出ると、メイドさん達が私の体を洗う気満々の表情をしている。
「け、結構です……」
私が断るとメイドさん達はシュンとして、悲しそうな表情をした。犬がお菓子を貰えなかったときのような虚しそうな雰囲気を放ち、命令してほしそうに私の方を見ていた。
「うぅ……。じゃあ、髪だけは洗ってください。あとは自分でやりますから」
メイドさん達はパーッと明るくなり、せっせと動く。
――もう、心がメイドすぎるでしょ。
私はお風呂につかりながら、メイドさんに髪を洗ってもらった。いや、さすがに上手だった。心地よすぎて眠りかけたが、ベスパが目の前に飛んでいてくれたおかげで眠らずに済んだ。
髪にヤシ油でも塗ってくれたのかと思うほど、艶やかになり、さすが貴族のメイドさん達だと感心する。
すぐにでも出たかった私は、体をさっと洗い終え、脱衣所に向かった。
「はぁ……。疲れる。自分で出来ることを他の人にしてもらうのって結構大変なんだな」
私はいつの間にか綺麗になっている服を着た。もう、洗濯して乾かしたのか。早……。
弾丸日帰りツアーならぬ、弾丸入浴出戻りをして、私は応接室に入る。
「た、ただいま戻りました」
「あら、もう終わったの。思ったよりも早かったわね」
ソファーに座っている金髪の髪が綺麗な女性は一八センチメートルほどもある長いパウンドケーキをむしゃむしゃと食べていた。
――うわぁ、ウトサ丸かじり……。というか、もう家具が変わってる。仕事が早い。
紅茶もグビグビと飲み、プハ~っとおじさんのようなため息を吐いて幸せそうだ。
「えっと……。私はどうしたら」
「ああ、座って座って」
女性は私の背後に回り、ソファーにストンと座らせてくる。その後、私の前のソファーに座り、話し始めた。
「初めまして、私の名前はクレア・マドロフ。マドロフ家次期党首、ルドラ・マドロフ様の妻よ」
「あ、ああ……。あなたがルドラさんの奥さんでしたか。初めまして、ラッキーと申します」
私は手を胸に当てて小さく会釈をする。偽名を使うのはどうも心苦しいが身の安全を考慮すると仕方ない。
「私、まどろっこしいことは嫌いなの」
――でしょうね。どう見てもそんな感じがします。
「もう、我慢できないから、あなたに直接聞くわ」
クレアさんはローテーブルに手をバンっと置き、私の真ん前に顔を突き出してくる。
「あなた、ルドラ様の何なの? 返答によっちゃ、痛い目を見てもらう羽目になるから、言葉は慎重に選びなさい」
クレアさんの黄色の綺麗な瞳が、私を覗き込んでくる。
「どういう関係と言いましても……、師弟関係と言いますか、私も商人という職業を生業として生きていきたいと考えているので、ルドラさんから直々にご指導をと思いまして、旅に同行させていただいております」
私の口からは多くの嘘が漏れ出した。
「師弟関係……。なるほど! そう言うことなのね。もう、驚いてしまったわよ。あのルドラ様が可愛らしい男子を連れ込んできたのかと思った。師弟関係だったのね。よかったよかった~!」
クレアさんは安心したのか、パウンドケーキをフォークで切り、口にバクリと運ぶ。一口が大変大きいようで……。
「ねえ、ラッキーさん。あなたに聞きたいことが山ほどあるのだけどいいかしら?」
「は、はい。私が答えられる範囲ならば、好きなだけ質問してください」
「ほんと! ありがとう。とってもとっても感謝するわ!」
クレアさんは子供のように悦び、私の手を握って笑った。
「じゃあ、じゃあ。ルドラ様がどんな女性が好みか知っているかしら?」
「はい?」
クレアさんの質問は私が考えていた内容の斜め上方向の質問だった。
「わたし、ルドラ様と結婚したばかりなのだけど、まだ、仲良くなっていないと言うか、あまり上手く言えないのだけれど、ルドラ様がカッコよすぎて上手く喋れないと言うか」
クレアさんは真っ赤になった頬に両手を当てて蛇のようにクネクネと動きながら、喋る。
「えっと……。なぜ、ルドラさんの女性の好みが知りたいんですか?」
「そりゃあ、ルドラ様の女性の好みがわかれば、私のことを好きになってくれるかもしれないじゃない。もう夫婦だけど、ルドラ様は私を妹のような存在としか見ていないようですし、ほんと困っちゃう。私だってもう、立派な大人なのに」
クレアさんは頬を膨らませて腕を組み、少々怒っていた。
――あれぇ、ルドラさんは奥さんに嫌われているとか言ってなかったっけ。物凄く愛されているじゃないですか。こんなにハキハキ喋ってくれる方なんだから、もう、仲良くなってもおかしくないと思うんだけど。でも、ルドラさんの好みなんて私も知らないし……。あ、でも一つあったな。
「言ってもいいかわかりませんが、ルドラさんは胸が大きな女性を見ると目で追ってしまうくらい巨乳好きかと」
「きょ、巨乳……」
クレアさんは自身の胸に手を当てて度肝を抜かれていた。
見かけはDカップくらい、普通に巨乳に入ると思うんですが?
「る、ルドラ様が、巨乳が好きなんて情報は本当なの?」
「ん~、本当かどうかはわかりませんが、私の見たところによると相当好きだと思いますよ」
「そ、そんな……。じゃ、じゃあ。私はどうすれば……」
――いや、だから……。胸、普通にあるでしょうが……。
クレアさんは肉親が死んだ後のような大変辛そうな表情をして落ち込んでいた。
周りのメイドさんがクレアさんを一生懸命励まそうとしている姿を見ると、少々子供らしくて可愛いな、なんて精神年齢三〇歳越えのおばさんは思ってしまう。
――多分、周りのメイドさん達が爆乳ばかりだから、自分の胸が貧相に見えているのだろう。だが、本当に貧相と言うのは、私のようなまな板のことを言うのだ!
「クレアさん。ルドラさんにかぎらず、男性は皆、大きなおっぱいが好きなんですよ。なんせ、母性の塊ですからね。いつだって男はおっぱいを吸っていたい者なんですよ」
「…………」
私がウンウンと頷きながら、力説していると周りの方々からの痛々しい視線を受ける。
――あれ? 私、何か変なこと言ったかな。
「キララ様、今のキララ様は男装をしておられることをお忘れですか?」
ベスパからの指摘によって私は気づいた。今の私は男に見られているのだと。
――な、なんてこった。周りが女性だらけの中、おっぱいを吸っていたいなんて言ってしまった。私が女だから別に言ってもいいかなんて軽い考えだったけど、今は見かけが男だった。さすがに気持ち悪い。
「ら、ラッキーさんのような美貌を持つ殿方も、おっぱいが好きなのね……」
クレアさんはさらに落ち込み、普通に発育している胸に手を当てて泣きそうになっていた。
「あ、いや、その……。わ、私は貧乳の味方ですよ。な、何たって私だって貧乳ですし」
「へ?」
クレアさんは盛大に引いていた。私のことを汚物を見るような眼で、もの凄く辛い。
「キララ様、落ちついてください。男が言うと気持ち悪いことしか言っていません」
――あわわわ、何が貧乳の味方だよ。私だって貧乳なんだから味方に決まってるでしょうが。男装の経験が無さすぎて頭の中が女のままだ。このままじゃぼろが出てしまう。いや、もう、出まくりか。
「えっと、えっと。すうはぁ、スゥはぁ……。ん、んんっ。えぇ~、私は胸が大きかろうが小さかろうが、関係ないと思います。大切なのは気持ちです。相手を思う気持ちがあればいいんですよ。私は誰かを好いた覚えがないので確かなことは言えませんが、クレアさんがルドラさんのことが好きならば、はっきりと伝え、仲を深め合うことが、相手の好きな相手になることよりも重要かと思います」
「な、仲を深めるって……。そんな……、私、入浴の時、服を脱がれているルドラ様の上裸姿を見ただけでも鼻から血が出てしまうのに、仲を深めるだなんてまだまだ越えられない壁よ」
クレアさんは仲を深めるの意味が相当飛躍していた。なぜ一発目でそこから入るんだよ。全く。
「えっと、仲を深めると言ってもルドラさんと一緒に食事をするとか、お話をするとかその程度です。初めからベッド上の運動を許容なんてしませんよ」
「か、会話くらいなら出来るわよ……。ただ、全然続かないけど……」
クレアさんはぼそぼそと話す。
「じゃあ、私をルドラさんだと思って話かけてください。今までの話方で十分だと思いますけど、現状、どうなっているか知りたいので、お願いできますか?」
「ら、ラッキーさんをルドラ様だと思うなんて……。い、いや、クレア、ここはしっかりとやらないとこれからずっと前に進めない」
クレアさんは自問自答して顔をパシパシと叩き、私の横に座って来た。
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