妻の話し
「えっと……。レクーカッコいい~って言っている雌が二頭、ムカついている雄が一頭、走っている意義を哲学している雄が一頭ですね」
私はルドラさんにバートン達の会話を教えた。
「な、なんか……。あたってそうですね」
――まぁ、直接聞いていますからね。
一時間おきに休憩し、少しずつ距離を伸ばしていく。レクーは雌に媚びをどれだけ売られても襲わなかった。もしかして雄の方が好きなのかと思ったが……。
「ウシ君みたいになるのが嫌なので……」
「あ……、そう言うことね」
ウシ君は優秀な種モークルだ。だが、種モークルになるためには相当な性欲がないと無理だと思われる。レクーは種牡バートンにされたくないから、無視しているようだ。
自分は性欲無いですよアピールをして私を騙そうとしていたのかもしれない。別に動物の世界なんだから子供をわんさか作ってもいいと思うが、母親の姐さん気質なのか、頑なに雌を拒否する。
七日目、八日目、九日目、一〇日目ともなると、王都に近づいているので、すれ違うバートン車も増えてきた。ルドラさんの顔は広く、多くの御者さんや行商人の方と会釈を交わしていた。
「やはり、行きかいが少ないですね……。流行病の影響でしょう」
「え? 今、八台くらいバートン車が通りましたけど、少ないんですか?」
「そりゃあ、少ないですよ。世界の中心と言ってもいいくらい栄えているルークス王国がある方向から八台ほどとしかすれ違わないなんて異例です。いつもは八〇〇台くらい余裕で見ますよ」
「凄い数……。私は街と村を行き来するとき、ほぼ荷台とすれ違わないので驚いてしまいました。やはり、人が多い分、行商人の人も多いんですね」
「多いですが、儲けられる者は少ないですよ。まあ、ルークス王国で儲けが出せれば、もの凄く優秀な行商人です。多少減っていてもまだましな方ですね。スッカラカンになる者もいて、やつれて出て行くなんて場面もよく目撃します。人脈とスキル、手腕を駆使して生き残る。それが商人なんです」
ルドラさんは生き生きと喋った。まるで、自分が優秀な商人だと言いたそうな顔だ。まぁ、もの凄く優秀なのは認めよう。
私がルドラさんの隣であくびをしてうとうとしていると、ルドラさんがいきなり肩に手を当てて私の顔を胸に当ててくる。
――な、なになに。いったい何が起こってるの。
「キララさん、落ちついてください。前方から正教会のバートン車です……。何があるかわからないので、そのままじっとしていてください」
「せ、正教会……」
――ベスパ、レクーを隠して。
「了解です」
私はお父さんに抱き着く子供のようにルドラさんに抱き着いた。ベスパがビー達に命令し、レクーの周りにビー達がくっ付いて、透明になって見えなくなる。
私の横をバートン車が通り過ぎていく。
「ふぅ……。教祖や教皇などは滅多に現れませんが、万が一、ということがありますからね」
「あ、ありがとうございます……」
――ルドラさんも無駄に優しいな。これが妻持ちの余裕。妻持ちの男性に引かれる女の気持ちがちょっとだけわかってしまった気がするよ。
私は頬をパンパンと叩き、ルドラさんは変態、ルドラさんは巨乳好き、ルドラさんは妻持ちなどと言って自分の不純な気持ちを取り払う。ちょっと優しくされたくらいで靡く女じゃないと私は自負しているのだ。
「キララ様の心拍数は八〇回です。そこそこドキドキしたようですね」
ベスパは私の頭上を飛び、呟いた。
――うるさい。大人の男に抱き着かれたらそりゃ、ちょっとくらいドキドキするでしょ。近くに正教会も通ったし、怖いのもあったよ。
「ま、フロックさんの時の一八〇回は中々越えられないでしょうね」
――あ、あの時もあの時だよ。ブラックベアーが怖かったからだし、死ぬ寸前だったし。
私の頬が熱くなり、心拍が上がっているようだ。複式呼吸をして心を鎮めなければ……。
私は大きく息を吸い、息を長く吐くのを繰り返し、気持ちを落ち着かせる。
「ルドラさん、婚約者さんとの結婚はどうなったんですか?」
「ん~。結婚したと言うか、籍を入れたと言うか、まだ他人な気がしますね。ほぼ家に帰っていないですし、呆れられているかもしれません」
「なにしているんですか……。奥さんを悲しませたら可哀そうですよ。例え政略結婚だとしても、幸せにしてあげないと相手がいたたまれません」
「もちろん、幸せにするつもりですが、今は仕事をしていたいと思ってしまって……」
ルドラさんは典型的な仕事人間だ。女よりも仕事を優先する男。社会から見れば出来た人だが、女から見たら仕事の方が好きなんだと言う、最悪の誤解を招きかねない。
「王都に行くときは実家に毎回帰って奥さんに顔を見せるのが単身赴任中の夫の役目では?」
「はは……、耳が痛いですね……」
ルドラさんは苦笑いをして呟いた。
「今回はルドラさんの家にちゃんと帰って奥さんに顔を見せないと駄目ですよ。そうしないと、縮まる仲もずっと疎遠になります。会える時に会っておかないと」
「そ、そうですね……。あ、そうだ! じゃあ、キララさんもぜひ、私の実家に来てください。たいして大きな家じゃありませんけど、数日間の生活は保障できます」
ルドラさんは自分だけで家に帰るのが、嫌なのか、私を連れて行きたがった。
「え……。私なんかが、貴族のお家にお邪魔してもいいんですか?」
「もちろんです。貴族と言っても私の家は商業で成り上がった一家ですから、由緒正しきと言った部分は少ないです。なので、キララさんでも普通に受け入れてくれると思います。まぁ、妻はわかりませんが……」
「つまり、奥さんは由緒正しき名貴族上がりってことですね」
「はい……。なので、私とそりが合わないと言うか……、少々小難しいので、困ってしまいます。私よりもキララさんの方が、年が近いですからね。えっと……妻と話し合って何が好みか、幸せかどうか、とか言う情報を色々引き出してもらえませんか?」
「って……、それが目的ですよね……。ん? というか、私の方が年が近いって、え? 結婚出来る年齢は一五歳ですよね。ルドラさんが二一歳。つまるところ、一五歳か一六歳の奥さんということになりますけど……」
「は、はい……。去年一五歳になったばかりの女性ですね。昔から、婚約していたんですけど、昔と性格が大分違うと言うか、何というか……」
ルドラさんは女性経験があまりないからか、喋りに自信がない。良い商品を紹介するときは情報を機関銃の弾丸のように打ち込んでくるのに、奥さんに関しては何の情報も持っていないようだ。もっとよく知ろうとすれば、すぐに仲良くなれると思うんだけどな。
「まあ、数日間、王都の宿に泊まるか野宿する予定だったので、ルドラさんの実家で泊めてもらえるというのなら、ありがたく行かせてもらいます。奥さんの件は宿泊費ということでいいですかね?」
「はい。なんなら、食事とか、商品の観覧などもどんどんしちゃってください。キララさんの知識があればガラクタでもお値打ち商品になるかもしれません!」
「ルドラさん……、私をいいように使おうとしていますね」
「あはは……。どうせキララさんが王都に来るのなら、是非とも家の店に来てもらいたなと思いまして……。王都だと中位くらいの商店ですから、品ぞろえはしっかりしています。加えて品の質も悪くありません。でも趣味が悪いと言うか……王都受けしない品が多いんですよ」
「へぇ~、まぁ、行って見てみないことには何とも言えません。とりあえず、王都に無事に到着しましょう。話しはそこからです」
「はい。もちろんです」
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