普通とはなにか
「お待たせしました。金庫を開けていたら結構な時間が経ってしまいましたよ」
イキュースさんが小箱を開けると、白金色の硬貨が八枚入っていた。
「こ、これは……。白金硬貨……。金貨一〇〇〇枚と同等の価値です」
「つまり……、金貨八〇〇〇枚……。ほんとお金持ちなんですね、国王って……」
私は苦笑いをして小箱を受け取る。私の胸に金貨八〇〇〇枚があり、想像がつかない。まあ、お金は一杯あって困るものじゃない。そう思いたいが、恐怖だ。
出来れば受け取りたくなかった。でも、イキュースさんが骨を拾ってきた犬みたいに嬉しそうに渡してくるから、受け取らざるを得なかったのだ。
「ぼ、牧場の増築費の足しにしますね……」
「ぜひそうしてください」
レクー達が休憩している間、私とルドラさんはイキュースさんが育てているバートンを見て回った。
ルドラさんは良いと思った雄と雌の個体を二頭購入する。どうやら、私の話しを自分で実践したくなったらしい。王都に到着したら実家に送ろうと考えているようだ。
一時間ほど休憩した後、私達はイキュースさんのバートン飼育場を出る。
「ありがとう、ございました。また、お越しくださいませ」
イキュースさんは私たちに頭を下げ、手を振って来た。私とルドラさんも手を振って答える。
「ルドラさん、バートンを二頭も購入するなんて中々の出費なんじゃないですか?」
「王都で買うよりも断然安いので、良い買い物ですよ。勲章を持っている者が育てたバートンですからね、王都で売ったら拍が付きますよ。ま、私は売りませんけどね」
ルドラさんはにやりと笑って私を見て来た。どうも私の真似をしているらしい。そんな悪い顏しているだろうか……。
「キララ様もあのような顔を良くされていますよ」
私の周りを飛んでいたベスパは紙に私のにやけ顔を模写してみせて来た。悪い顏だ……。
「はぁ、私は商人として向いていないかもしれませんね……」
「どうしてですか?」
私は手鏡をルドラさんに見せる。
「おぉ……、なかなかに悪い顏ですね……」
ルドラさんは自分の表情を見て驚いていた。商人が悪い者という印象を持たれたら一巻の終わりだろう。
「じゃあ、ルドラさん。王都に早速向かいましょう」
「はい。笑顔でいないと怪しまれますし、出来るだけ仲がいい感じで行きましょうか」
「そうですね。師弟関係なのに仲が悪かったら少し不自然ですもんね。まあ、もとから仲が悪い訳じゃないですから、普通に接しているだけでも十分だと思いますけどね。あ、そうだ。街を少し回ってもらいたいんですけどいいですか?」
「ん?」
私はウロトさんとカロネさん、スグルさん、ショウさん、オリーザさんのお店に立ち寄り、一ヶ月の間、ライトが牛乳を運んでくると事前に連絡しておいた。その方が皆さんも困らないはずだ。
連絡を終えた私とルドラさんは昼過ぎに街を出発した。北門を通り、王都を目指す。
地面が石畳で整備されており、辺りの荒野と全く違う。土砂とアスファルトくらい違い、走りやすい。
「はぁ、ここの道に来るのはブラックベアーに襲われている時以来ですから、約半年ぶりですね。もう、今でも思い出せますよ」
私は後方を振り返り、今にでもブラックベアーに襲われていたという状況を想像できてしまう。それほど恐ろしい体験だった。
「あの大きさのブラックベアーは流石に規格外でしたから、記憶に残るのも無理はありませんよ。私も、あの巨体を思い出してたまにうなされます。でも、あれほどの恐怖体験も滅多に出来ませんから、今では肝が据わったような感じですね」
「まぁ、あれだけ怖い経験を上回るなんて中々ないですよね」
私とルドラさんは会話をしながら移動した。ルドラさんの懐中時計の長い針が一時間進むごとにバートンを三〇分休ませる。
ルドラさんは休みの時間中は本を読んだり、眠ったり、案外自由に過ごしていた。
六時間ほど走っていると、バートンを休ませられるバートン小屋があり、周りがもう暗いのここら辺で一泊するそうだ。
宿を借りて眠るそうなのだが、私とルドラさんの部屋を分けるかで悩んだ。
「一泊銀貨五枚……。案外高いですね……」
「キララさんは十分蓄えていると思いますし、それくらいの出費は安全のために必要ですよ。ここをけちると、危険な眼にあって後悔します。私も盗賊に何度襲われたか」
ルドラさんは自分の体験談を語った。駆け出しのころ、収入が少なかったルドラさんは野宿したそうだ。その際、朝起きたら、身ぐるみをすべて剥がされ、全裸姿で捨てられていたという。
その時はルドラさんの師匠であるお爺さんに認められていなかったらしく、懐中時計を貰う前だったとか。
「いや~。あの時は驚きましたよ。全裸なので森の中からどうにかこうにか衣服を作り、実家まで帰りました。引くほど怒られましたね。その時に所持していた品は全てで金貨五〇〇枚相当だったので、大きな痛手でした」
ルドラさんは笑いながら、苦い過去を語り、お金の使いどころを教えてくれた。
「じゃあ、宿を借ります。でも、ルドラさんと同じ部屋でお金は割り勘にしましょう」
「え……。私と共同でもいいんですか?」
「別に構いません。寝るだけなら、お金は安いに越したことはありませんよ」
「まぁ、そうですけど……」
ルドラさんは少々弱ったなと言いたそうな表情で髪を掻く。
「何ですか? 二〇歳を越えていて、奥さん持ちのいい大人が一一歳の少女に何かいかがわしい、行為でも働こうとしているんですかね?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか。第一、私がそんなことをしたら骨も残らないですよね」
ルドラさんは自身の周りをふよふよ浮いているビーに指を指して私に聞いてきた。
「何十万匹というビーの大群に食い散らかされる可能性はありますね」
「はは……。こりゃあ、熟睡出来なさそうですね……」
私とルドラさんは衣類などが入っている革袋を持って宿泊施設の一室に移動した。
――うん……。やっぱりビジネスホテルみたいだ。
部屋の中は必要最低限の品しかなく、トイレの部屋とベッドが二台、部屋の大きさは五メートル四方と言ったところか。高い位置に換気用の窓が付いており、柵があるので泥棒が入れない作りになっている。
「はぁ。さっさと着替えて寝ますか」
「そうですね」
私はローブを肩から羽織って薄着姿になった後、下着をさっと変える。小学校のプールの時、巻きタオルを使って着替えていた時の光景を思い出した。
私の貧相な体に興奮する輩なんて重度のロリコンくらいしかいないと思うが、体は一応隠して着替える。薄手のシャツに着替え、硬い木製ベッドに寝転がり、自分の体をクリーンで綺麗にした後、口内も綺麗に洗う。
「す、すごい……。キララさん、全部寝ながらできるんですか?」
ルドラさんは綺麗な布を使って歯を磨いていた。
「まぁ、生活で毎日使っていますし、寝ながら行ったほうが楽なので」
「簡単な魔法でも、無詠唱かつ、寝ながらなのに加え、同時に使用って……、なかなかの放れ技ですよ」
「へぇ。そうなんですか。私の周りにはライトがいるので普通に感じていましたけど、私も対外なんですね」
「はい……。なので、自重してもらったほうが周りの目を無駄に引かないと思います」
「わかりました。と言っても、私は普通がよくわからないので、教えてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
私はルドラさんの近くにより、普通とは何かを教えてもらう。
「まず、魔法を使う時は多くの場合、呪文か詠唱を発音して魔法陣を発生させます。これくらいはわかりますよね?」
「さすがに……」
「じゃあ、魔法を使う際、多くの者は杖や剣、槍と言った魔力を良く通しやすい道具を使って魔法陣に送り込みます。キララさんの場合はほぼ指で操作していますよね」
ルドラさんは腰に付けていた革製の杖袋から三〇センチメートルほどの杖を取り出した。
「やっぱり杖は必要なんですかね」
「指で出来るのなら、必要ありませんけど、皆が杖を持っている中、キララさんだけ持っていないのも不自然ですよね」
「確かに……」
「王都で魔法を使う時は詠唱をして杖を使う。これが普通です。もちろん全然違う方法で魔法を使う人もいるので、一概にと言う訳ではありませんが、紛れ込むなら、普通が一番です」
「わかりました。じゃあ、杖を作りますね」
――ベスパ。ルドラさんの持っているような杖を生木一〇〇パーセントで作ってくれる。
「了解です。魔力が流れやすいよう、樹齢の高い木の幹を使ってきます」
ベスパは部屋を出て行き、私がルドラさんの話しを聞いている間にせっせと作る。
「魔法の点は今の話しをしっかりと守ってくれれば大丈夫なはずです。あと、服装もキララさんの着ていた男装服で違和感なく溶け込めると思います。大貴族じゃない限り、大概質素な恰好をしているので、丁度いい具合です」
「なるほど。よかった……」
「まぁ、学園に入ると貴族が多いので少々浮くと思いますから、何かしらの装飾品を付けるか貴族っぽい雰囲気を出してください」
「貴族の雰囲気は難しそうですね……」
私はルドラさんから普通を色々聞いた。学園で同じ位の貴族にしか話しかけてはいけないとか、男にため口を聞いてはいけないとか、田舎の進学校かよと思うくらい学校の規則が面倒だった。
ただ、ドラグニティ魔法学園は他の学園と比べると規則が緩いそうなので、気負わなくてもいいと言われた。
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