ぴゅわな恋
「聖典式の宴会場はこちらです! ゆっくりとお進みください!」
ライトが声を大きくして叫ぶ。魔法を使って音声を増幅させ、多くの人に指示を出していた。
「皆さん、料理はまだまだありますから、ゆっくりと移動してください!」
シャインの声も広く響き渡り、人々の歩みを遅らせる。
私とレイニー、教会の子供達も誘導に加わり、多くの人が舞台前の広場に集まった。舞台前ではウロトさんや他のお店の人たちが出店を作り、料理を振舞っている。
味付けは少々ありで、皆、美味しそうに食べていた。お酒などもふるまわれており、大人はグビグビと飲んでいる。冒険者の人達がいないだけましだが、暴力沙汰が起こらないようにしなければ……。
「ライトとシャインは酔っぱらいが出た時に止めて。お父さんとお母さんは引き続き、会場に来た人たちに案内をよろしく」
「了解」
ライトとシャイン、お父さんとお母さんは大きく頷き、動いた。
牧場で働いている子供達は日々の体力作りが功を奏したのか、料理を運ぶ役に徹していた。多くの人の元に安全にしっかりと運んでいる。
「テリアちゃ~ん! エールを三杯お願い!」
飲みまくっているおじさんが天使のように可愛いテリアちゃんにお願いした。
「は~い! すぐに持っていきますね~!」
テリアちゃんの天使のような笑顔は街の人々にも通用し、皆をメロメロにさせていく。何なら、私よりもアイドルに向いているのだから、当たり前だ。ま、ガンマ君は気が気ではないようで……。
「あのおっさんども……、昔、テリアに石を投げてたくせしやがって……。何、テリアになれなれしくしているんだ……」
ガンマ君は過去の行いをほぼ覚えていた。最愛の妹への暴行沙汰なんかは忘れられる訳がない。だが、今のおじさん達は皆、改心したのかテリアちゃんに謝ったりしている場面を見かけて押し留まっている。
子供達が働いているのだからという理由でメリーさんも働き出してしまった。
「ちょ、メリーさん。今日は主役なんですから、仕事なんてしなくてもいいんですよ」
「そうは言っても、仕事をしないと体がうずうずしちゃって……。せっかくこんな可愛い衣装を着ているんだから、仕事をしていないともったいないでしょ~」
メリーさんは銀座のキャバ嬢かというくらい綺麗な方だ。加えて真っ赤なドレスを身に包み、胸元が大きく開いている。多くの男性の目を引くのも無理はない。街にもそう言ったお店はあるらしいが、メリーさんの色気は昼間からむんむんだった。
周りの子供達の純粋さがメリーさんの色気を打ち消していなかったら、とんでもない会場の雰囲気になっていただろう。
聖典式が終了し、宴会が始まってから一時間が経過した。会場全体がお祭りの雰囲気になり、だいぶ落ち着いてきている。
私は疲れたので教会で一休みしようと思い、脚を運ぶと椅子で神様に祈り続けているセチアさんの姿があった。
「お願いします、神様……。ラルフを……ラルフを助けてあげてください……」
セチアさんはただ一人、ラルフさんのために祈り続けていたようだ。
聖典式は神様がこの世界に近づく時。つまり、願いが一番届きやすい日でもあると言える。だからか、セチアさんは祈り続けていた。
「セチアさん。昼食は得ましたか?」
「キララちゃん。あはは……、まだ食べてないんだ。もう、お腹ペコペコだよ~。でも、出来るだけ祈っていたいの。神様が私にスキルをくれた。本当なら、隣にラルフもいたはずなの……。聖典式の日に、一緒にスキルを貰って一緒に冒険者になるつもりだったの……。ずっとずっと約束してたの……。でも、私だけ先に貰っちゃった。ラルフは怒るよね……」
セチアさんは泣きながら祈っていた。
どれだけラルフさんが好きなんだよ……。そう思うが、それだけ一途なのはカッコいい。
「はぁ~、私のスキル、多分、冒険者向きだよね」
セチアさんは大きく伸びをして、ロウソク立てを持つ。
すると、ロウソク立てが光った。
「なんか、ロウソク立てが光ってますけど、スキルの効果ですか?」
「私にもよくわからないけど……、なんか武器っぽいんだよね……」
「武器?」
セチアさんは教会の床にロウソク立てを叩きつけた。ロウソク立ては力を加えればすぐに変形してしまうくらい柔らかい金属の板で作られており、確実に変形している。そう思った。
「え……。形状を保ったままだ……」
セチアさんが床にたたきつけたロウソク立てはびくともしていない。私は気になり、髪の毛を一本抜いてテリアさんに渡した。
すると、髪の毛がピシッと真っ直ぐになり、光っている。力を加えても折れ曲がらず、とても鋭く長い針になっていた。セチアさんが手を放しても形状は変わらず、一定時間が経つと元に戻った。
「武器使いってどんな物でも武器にしちゃうスキルなのかもね……。はは、盗人の私にお似合いのスキルじゃん……」
セチアさんは笑いながら泣いていた。
――セチアさん、ほんと無理してるな。このままじゃ、心が廃れちゃう。
私はセチアさんの前に立って腕を大きく広げた。
「き、キララちゃん? どうしたの」
「セチアさん。私はメリーさんみたく大きな胸はないですけど、この小さな胸を貸してあげます。ワンワン泣いて心の疲れを癒してください。丁度教会には誰もいません。好きなだけ泣き放題ですよ」
「そ、そんな。悪いよ。だいいち、私は泣いてないし……」
セチアさんは涙を流しているというのに、自分では泣いていないと言った。もう、心が限界なのだ。そのまま自分の心に嘘をつき続けていたら確実に心が黒く染まる。
私はセチアさんにもキラキラしていてもらいたい。だから、胸を貸すのだ。
「セチアさん。どうぞ。好きなだけ泣き放題ですよ」
「………………」
セチアさんは無言になり、両膝を床について私の小さな胸におでこを当てる。
私はセチアさんの頭を抱きかかえて摩った。セチアさんは私の背中に手を伸ばし、ギュッと抱き着いてくる。すると、胸のあたりがじんわりと熱くなってきた。鼻水を啜り、少しずつ声が漏れてくる。
「うぅ……。キララちゃん……。私、私……。すごい幸せなの……、今、すっごく幸せなの……。でも、でも、ラルフがいないの。隣に、ラルフがいないんだよ……」
「大丈夫です。絶対にラルフさんは目を覚まします。セチアさんの熱い思いが神様に伝わってない訳ありません。絶対に絶対に大丈夫です」
私はセチアさんの頭と背中をさすりながら囁く。
「うぅぅ……。キララちゃん……。キララちゃん……。私、私……、ラルフが大好きなの、大好きなの……。ずっとずっと……大好きなの……。うぅぅ……。ラルフ……」
「よしよし……。その気持ちはすっごく大切な感情です。ずっとずっと心の中で温めておけばいいんですよ。ラルフさんが目を覚ました時まで冷まさずにいつまでも熱いままで保ち続けてください。例えそれが辛い判断だとしても、セチアさんが望むなら突き進めばいいんです」
「うぅぅうぅ……。キララちゃん……、きららちゃん……。うぅぅわあああぁぁぁんっ~!」
「はぁ~、やっと泣いてくれましたね。私の小さな胸の中で沢山沢山泣いていいんですよ。私はいつまでもセチアさんの味方です」
セチアさんは私の胸の中で泣いた。赤子のようにワンワンと泣いているので胸が涙で熱い。セチアさんの力が強く、体が押しつぶされそうになったが、何とか耐えた。
「ひっぐ、ひっぐ……。うぅ……。私の方がお姉ちゃんなのに……、いっぱいいっぱい泣いちゃった……。ありがとう、キララちゃん……。なんか、泣いたらすごくすっきりしたよ」
セチアさんは眼の下を真っ赤にして椅子に座る。その後、やんわりと笑って気分が晴れたことを教えてくれた。
「よかった。セチアさんの気持ちが晴れてくれたのならどちらが年上かなんて関係ありません。泣ける相手が傍にいることが大切なんですよ」
私はセチアさんの隣に座る。
――ベスパ、料理を一食分、セチアさんまで運んで。
「了解です!」
ベスパは教会の外に向かい、お盆に汁物、パン、牛乳、肉料理を乗せてセチアさんの前まで運んできた。
「こ、これは?」
セチアさんは料理を見て私に聞いてきた。
「食事です。いっぱい泣いた後は沢山食べる。元気を取り戻してまた明日も生きていくんです。ラルフさんが目を覚ます時まで、セチアさんは元気に生活していればいいんですよ。きっとラルフさんも元気があるセチアさんが大好きだと思うので、キラキラに眩しい笑顔を振りまき続けてください」
「うぅ……。そうだね……。キララちゃんの言う通りだよ。私がめそめそしてるなんて性格に全然合ってない。私は元気だけが取り柄なんだから!」
セチアさんはフォークを手に取り、肉にガッツク。そのままスープ、パン、牛乳と男勝りな食べっぷりを見せた。私は衣装が汚れないように大きな紙をセチアさんの胸元に当てて首の後ろで結んだ。
――はぁ~、恋する乙女は気難しいね~。ほんと、セチアさんはラルフさんを諦めた方が楽なんだろうな~。でも、好きになっちゃったら仕方ない。私もそんなピュアピュアな恋したいな~。
私の精神年齢的に現実を知ってしまっている。大人の恋とは欲にまみれた泥臭い掛け合いだ。少年少女たち、中学生、高校生と言ったピュアな恋とは違うのだ。
お金に性格、顔、地位、立場、姑……。すべて含んで恋愛と言えるのか……。ほんと大人になんてなりなくなかったが、時が許してはくれないのだよ。
私はまだ若かったが周りにいた人たちが大人すぎたので、自分の心も早熟してしまった。もったいないことをしたな……と思わなくもない。
「ぷは~! 美味しかった~! よし! 私、外に行って皆のお手伝いをしてくるよ!」
セチアさんは料理を食べて元気一〇〇倍になったのか、濡れた顔が渇き、やる気に満ち溢れている。
「今のセチアさんは誰にも止められなさそうですね」
「うん! よお~し! 頑張って生きるぞ!」
セチアさんは教会の外に飛び出して行った。
私は踵が高い靴を履いてよく走る気になるなと思いながら逞しい背中を見る。
「ふぅ……。私も願っておくか……。ラルフさんが目を覚ましますように……」
私は教会に一人、祭壇の前で両手を合わせ、祈る。
自分のために祈る行為は好きではないが、誰かのために祈るなら構わない。神様が聞いていようがいまいが、私の自己満足だ。
「よし。私達は準備をそろそろ始めますか~」
私はぐ~っと伸びをして体の緊張を解す。
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