王家の記章
「王子、今は国の一大事です。国王は国を離れる分けには行きませんが、世継ぎである王子までもが流行病に倒れられると困るのですよ。病状がおさまるまで、おとなしくしていてください。今日は街の騎士団に泊まりますからね」
「そんなこと言われなくてもわかっている。それより、妻と娘は今、どこにいるんだ?」
「街の視察をしておりますよ。何とも美味しいお菓子屋さんがあるというので昨日から入り浸っております」
「はぁ、あいつも菓子が好きだな……全く。父上の眼が離れた途端に菓子か……。せっかく痩せて来たというのに」
アレス王子は手を額に置き、やれやれと言って頭を振る。
――王子の奥さんとお子さんもこの街に来ているんだ……。あんまり会いたくないな。というか、何でこの街に王族が着ちゃったんだろう。流行病が他の場所に移すかもしれないって思わなかったのかな。
「あの……、聞きたいんですけど、何でわざわざこの街に来たんですか? 流行病が他の場所にも広まってしまう可能性もありますし、なんならもっと遠い場所のほうがよかったんじゃ……」
「いや、この街では流行病の患者が少なくてな。街が流行病に汚染されている場所が多い中、なぜかこの街だけ、発症者と死亡者が少ないんだ。腕のいい医者がいるらしくてな。体調の悪かった者も、この街に来てから忽ち治った。そう言う事例が続いた結果、私達が疎開する場所として選ばれたわけだ」
「へ、へぇ……」
――リーズさんに手洗いうがい、取っ手の洗浄に部屋の換気を教えただけなんだけどな……。あとちょっとした特効薬くらい。ほんと未知の病気だけど未然に接触感染と空気感染を防ぐだけで全体の感染率が全然違うんだ。
「この街は以前、巨大なブラックベアーに襲われたという話ですが、死傷者が一人も出なかったというのも不思議な話ですよね。確かに巨大なブラックベアーが壊したと思われる建物がいくつも見受けられますから、嘘とは思えませんし……。この街は神にでも愛されているのでしょうか」
若手の騎士は顎に手を置きながら考え込んでいる。
「ほ、ほんとですよね……。もう、神からの寵愛を受けし存在がいるとしか思えませんよね……」
私は苦笑いを浮かべ、相槌を打つ。私が関与していると少しでも悟られないようにしないとな……。
「じゃあ、私はこの辺でお暇させてもらいますね……」
「おっと、キララ。少し待て」
アレス王子は私を引き留めた。胸もとに手を入れ、記章のような物を取り出し、私に渡してきた。以前、ニクスさんから貰った物とは形が違い、菱形が二つ重なったような星の形をしていた。
「こ、これは?」
「ルークス家の家紋だ。大貴族の者が持っていて自身の身分を証明するときなんかに使う。だが、同じように友好関係を結びたい相手に渡すときにも用いられる物だ。万が一何か起こればこれを見せるといい。キララを攫おうとした相手が震えあがって失禁するだろう」
「え、えぇ……」
アレス王子は私と交友関係を結びたいというのか……。そ、それはありがたい話だけど、なんか裏がありそうで怖いな……。でも、受け取れるなら受け取っておこうか。
「えっと……、それを受け取ったら毎月一〇〇〇枚の金貨を国に収めろとか言われませんよね……」
「ハハハ! そんなことは言うまい。これは友情の証だ。父上自ら渡したかったと思うが、キララが何者かに攫われた後では遅いからな。肌身離さず持っているといい」
アレス王子は私の小さな手の平の上に記章を置いた。見かけからしてプラチナの型枠に純金の金物……。これ一つでいったいいくらするんだろうか……。
考えただけで冷や汗が止まらない。でも、これで私は王家と大貴族であるニクスさんの後ろ盾が二枚も出来てしまったわけか……。丁度大きな仕事があるから、怖かったんだよな。王家と大貴族の二枚の盾を貫通できる小物なんてほとんどいない。少しは大きく動けそうだ。
「あ、ありがとうございます。でも、こんな見かけが幼い子供に大切な記章を渡してもいいんですか? 普通、あり得ませんよね」
「そうですよ、王子。ルークス王国の王子が、こんな少女に友好関係を結ぶなんて前代未聞です! 国王陛下だって何と仰るか……」
副団長はアレス王子に向って声を掛ける。まぁ、ごもっともな発言だ。
「少し黙っていろ。お前にはわからないのか? この少女はただ者じゃない。国を……世界を変えるかもしれない存在だ。すでに雰囲気が子供じゃないだろう」
アレス王子の眼力はすさまじく、辺りの空気を痺れさせる。先ほどはへたくそな演技だと思ったが、王子役の型がはまっており完璧だった。いやまぁ、王子なんだけどさ。
「す、すみません……。口が少々出過ぎました」
副団長も一歩身を引き、頭を下げた。
「ふぅ……。すまない、怖がらせてしまったかな?」
「いえ、のほほんとしているアレス王子も、しっかりと王子なんだなと理解しました」
「はは……、結構な魔力を飛ばしたつもりなんだが、キララは微塵も効果無か」
「え?」
私は周りを見てみると、若手の騎士は身構え、カロネさんは尻もちをついている。私は平然と立ち、頭を掻いてアレス王子を褒めていた。
――は、嵌められた……。
「やはり、ただ者じゃないみたいな。私の眼に狂いはなさそうだ」
アレス王子は私の頭を撫で、笑う。これほどの美形に頭を撫でられるのも久しぶりだ。普通の女子ならイチコロだが、私は何撫でてんだごら~、と言い返せるくらいの耐性を持っているため、靡きはしない。
「はは……、私、魔力量が異様に多いんですよね。えっと、この後も仕事があるのでお先に失礼します。カロネさん、また今度、ゆっくりとお話しましょう」
「う、うん。気をつけて帰ってね、キララちゃん。風邪だけは引かなようにしっかりと寝るんだよ」
「はい、では、王子と騎士の方々、失礼します」
私は王家の記章を握りしめ、カロネさんのお店を飛び出した。
私の心臓はバクバクで、全身冷や汗だらだら。緊張と興奮が混ざり合っており、もう王家がなんでこんな田舎の街にいるんだと思わざるを得ない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私はウシ君のもとに移動し、息を整える。
「キララ様、大丈夫ですか? 心拍数が最高値に達しようとしていましたけど……」
ベスパは私の頭上にゆっくりと降りて来た。
「大丈夫、大丈夫……。ちょっと緊張している最中に思いっきり走ったから……、息が苦しくなっているだけだよ。すぐに直るから……」
私は腹式呼吸をして心臓を一定の速度にまで下げる。
「スゥ……はぁ……、スゥ……はぁ……」
脳に酸素が回り、思考が鮮明になってきた。私は王家の記章をもう一度見る。どう見てもちゃちな作りではなく名工が作ったと言わざるを得ない出来栄えで、頭を抱えた。
「うぅ……、王家に目を付けられた……。後ろ盾が出来たのは大きいけど、逆に大きすぎて監視されてるみたいな気分だよ……」
「まぁ、キララ様。アレス王子は私の目から見ても善人です。悪人の雰囲気は一切感じませんでした。魔力の流れからしても嘘をついているということは一切無かったです。なのでアレス王子の発言は全て真意だと断言できます。頭脳明晰に加え、あの剣さばき……。キララ様の技量を見抜く研ぎ澄まされた眼、ただ者ではありませんね」
ベスパは私の頭上で跳ねを鳴らしながら飛んでいた。
「そうなんだ……。まぁ、雰囲気からしてただ者じゃなかったよ。ルークス王国の王都にはあんな人がゴロゴロしているのかな……。敵も含めて……」
「でしょうね。ですが、キララ様も負けず劣らずの力量でしたよ。あの王子に記章を渡させるくらいの価値がキララ様にあると判断されたんですからね」
「うん……。少し自信につながったよ。二つの記章を持っていれば、多少は危険な行為が出来る。まぁ、むやみやたらにするわけじゃないけど、逃げ道があると思うだけで気持ちが楽だ」
私はニクスさんから貰った記章も肌身離さず携帯している。炎の翼のような記章で、熱量を感じる。
ルークス王国の大貴族は一体何家あるのだろうか。記章コレクターとまではいかなくとも、集められるだけ集めれば、怖いものなしだ。学園でもいじめられる心配が無さそう。
私は記章を無くさないように『転移魔法陣』の中に入れておく。この中にあればいつ、どんな時でも取り出せる。加えて一〇〇パーセントなくさない。
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