聖水の上を行く
「回復魔法を使えたとしても、病気を治せるかどうかは運しだいな所が大きいんだ。そもそも回復魔法は体の自己修復能力を高める魔法で、体を蝕む瘴気などには効果が薄い……」
リーズさんは悔しそうに言う。自分の力の無さを不甲斐なく思っているようだ。
「なるほど……。回復魔法は、外傷などは治せるけど進行する病は治せないと……」
「ええ、その通り。ポーションなども階級によって効果が変わり、最上級がエリクサーと言うポーション。肩を並べるのが聖水」
「へぇ……。えっと何で二種類もあるんですか? 一種類あれば十分なんじゃ……」
「エリクサーは回復魔法と同じで外傷によく効きく。手足が無くなってもエリクサーがあれば回復する」
「え……、すっごい……」
「でも、病を治すには向いていない。逆に聖水は傷を癒す効果はあれど、回復魔法ほどの効果は期待できないが瘴気や病によく効く。方向性が違うから二種類必要なんだ」
「なるほど……。私がリーズさんに上げたのは聖水の効果に近しいわけですね」
「はい。ただ、聖水よりも身体の回復効果が高いんだよ。傷を受けた鼠にたらすと傷が塞がっていくんだ」
「えぇ。なぜそんな効果が追加されたんでしょうか?」
「さぁ……」
私とリーズさんが腕を組んで悩んでいると、解説したそうにうずうずしているベスパがスクリーンのように垂れさがってきた。
――ベスパ、何か言いたそうだね。説明しても良いよ。
「ありがとうございます。では、僭越ながら話させていただきます。私の推測ですが、特効薬が回復効果を持ったのはキララ様の魔力によるものだと思います」
――私の魔力? あぁ『女王の輝き(クイーンラビンス)』みたいに魔力を過剰に与えられると自己回復能力が上がるとか、そう言う話し。
「はい。その通りです。キララ様の魔力の質は限りなく高い。加えて量が化け物です。体から滲み出す魔力だけで大量の生物が生活できます。そのような体の近くに置かれていた特効薬はキララ様の魔力を溜めこんでしまったのだと推測します。特効薬と言えど元は魔力ですから、キララ様の魔力と反応してしまったのでしょう。ライトさんとキララ様はご姉弟ですし、質が似ているんですよ」
――なるほどね~。って、ちょっと待って。そうなると、聖水の上に行っちゃうよ。
「あ、あの……、リーズさん。私の渡した液体の効果の総評は……」
「総評? そうだね。言うなれば試験管一本で聖水八本と上級ポーション八本が合わさった感じかな」
リーズさんは笑いながら言った。
「えっと……。おかしいですね。どう考えても聖水より、私があげた特効薬の方が、評価が上なんですけど」
「ええ……。先ほどキララちゃんの言う通り、試験管一本分の液体を二リットルの水に溶かし、撹拌させた液体を患者に飲ませた。それでも効果が出たんだから、もう、わけわからないよね~」
リーズさんの表情は笑っているが、額に静脈が浮き、目が物凄~く怒っていた。
世界の秩序を簡単に壊してしまう液体は私とライト、スグルさんだけの秘密だったのにリーズさんに気付かれてしまった。
気づかれたのがリーズさんでよかったというか、私自ら知らせてしまったというか……。ただ、少女を助けてあげたいと思ってした行動が、リーズさんの怒りを買ってしまったようだ。
「私はね、キララちゃんにもう少し普通になってもらいたいわけだよ。同じくライト君もだけどね。こんな液体を作ってしまうのはほんとおかしい。頭がどうにかなってる。誉め言葉だけどね。ただただ、もう少し自重してもらわないとキララちゃん自身に厄災が降りかかる気がしてならないんだよ」
リーズさんの長い長い説教が隣の方で行われている性教育のお小言と同じくらい長い……。
私とレイニー、メリーさんは大人にこっぴどく叱られた。もう、魂が抜けるくらい。でも、これだけ怒られると逆に嬉しかった。
叱られる経験が無くなると自分の存在が認知されていないように感じる時がある。レイニーやメリーさんも同じ気持ちなのか、怒られている途中にはにかんでおり、当然笑っている部分を怒られるわけだが、嬉しそうなのが感慨深い。
一時間ほど長い説教を受けたのち、私はリーズさんにお願いする。
「リーズさん、特効薬は秘密にしておいてください。あれが世間に知れ渡ると私達の身が危険なんです」
「もちろん。私も出来るなら存在を知りたくなかった。なんせ、あの液体があれば大抵の病気は治せてしまう。そんな効果がある液体を生み出せるのが子供だと知られれば誰もが攫いに来る。大概の者は返り討ちに合うと思うけど、正教会に目を付けられたら厄介だ。甘い言葉をかけられてついて行ったあと、良い暮らしを約束されるかはわからない。なるべく拘らないのが得策だよ」
「はい。わかってます。もちろん誰にも話す気はありませんけど、私は時おり使おうと思います。亡くなる可能性がある子に助けられる特効薬を使わないのは見殺しにしているのと同じです。だから、なるべく見つからないように使いたいと思います」
「はぁ……。なら、私は見てみぬふりをし続ける訳か……」
リーズさんはため息をつき、うなだれる。どうやら特効薬は本当にすごい薬のようだ。
「あと、リーズさん。教会にいる子供達の診察をしてください。私が応急処置を施したので命に危険はありませんが、一応見てもらえますか? 全員を運ぶのは手間がかかるうえに子供達の体力も奪いかねません」
「わかりました。丁度患者さんの訪問が落ち着いてきたので、今すぐ向かいましょう。看護師さんに連絡してくるので、病院の外で待っていてください」
「はい。わかりました」
私は一足先に病院から出てレクーにまたがる。数分後にリーズさんが黒いローブを羽織りながら病院を出てきた。右手には革製の鞄を持っており、医療器具でも入っているのだろうか。
「リーズさん、レクーの背中に乗ってください」
「わかりました」
リーズさんはレクーの背中に飛び乗り、私の背後に座っている。
「レクー、教会に向って」
「はい。わかりました」
レクーは大人と子供を乗せても何ら問題なく走る。
リーズさんの座高と私の座高は驚くほど違い、上を見ると、リーズさんの顎下が見える。下から覗き込むと誰しも不細工になるという写真の撮り方があるわけだが、リーズさんはアニメのキャラのように全く不細工になっていなかった。ほんとのイケメンはどっからどう見ようがイケメンなのだ。
「ん……。キララちゃん、どうかしましたか?」
「い、いえ……。リーズさんはお父さんと同じくらいの歳だと思うんですけど、未だに若々しくてカッコいいですね。本当に三十路なんですか?」
「はは……、ありがとうございます。若々しいというのは良いことなのか悪いことなのか少々微妙だけど、年齢よりも低く見られるのは慣れてるよ。一応、こう見えても三五歳なんだよね」
「あぁ、なるほど……」
リーズさんは年齢が顔よりも上をいっていた。私が見た感じ、リーズさんは大学生くらいにしか見えないのだが、お父さんと年が近いだ。
でも、お父さんよりも確実に若々しい。あれかな、魔力量の差かな……。魔力量が多いと若々しいままって言うのがこの世界の常識だったりして。まぁ、地球の常識とは全く違うのは当たり前か。
「リーズさんは魔力量が多い方ですか?」
「ええ、他の者より比較的多いよ。まあ、回復魔法を使える者は魔力量が多くなる傾向があるんだ」
「へぇ……。リーズさんは元々冒険者だったんですよね? 王都の学園に通っていたんですか?」
「いや、私は冒険者専門学校に通っていたんだ。冒険者の専門学校は学園より入りやすくて学費が安いんだよ。まぁ、卒業するのは難しいんだけどね」
「学生生活は楽しかったですか?」
「ん~。もう、二〇年以上も前の話だからね……。あまり覚えていないよ。鮮明に覚えているのは体育の授業が死ぬほど辛かったということとか、当時の冒険者パーティーの仲間と出会えた場所とかくらいかな」
「なるほどなるほど……。仲間と会えたわけですね。リーズさんの冒険者パーティーがSランク冒険者だってフロックさん達が言っていましたけど、本当なんですか?」
「ええ『聖者の騎士』と言ってなかなか古い冒険者パーティーだよ。私は一〇年以上前に抜けたけどね。当時はまだBからAランク止まりだったから、長い間努力していたんでしょうね」
「リーズさんも一緒に冒険者をしていればSランク冒険者になれたってことですか……」
「いや、それはあり得えない。私はどこかで遅かれ早かれ必ず抜けていた。そう思います」
――リーズさんほどの人が冒険者を辞めたくなった理由はいったいなんだろう。お父さんは歳のせいだって聞いていたらしいけど、歳だけで簡単に諦められるのかな。まぁ、私も歳でアイドルを辞めようと思ってたけど……。
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