小さな幸せを拾う
――まぁ、レイニーにとって女の人がどういう風に見えているのかはわからないけど、いい奴には変わりないんだろうな。私は初見で殺されかけたけど……。
「えっと、メリー。何、泣きそうな表情で俺を見ているんだ? 何か言ってくれないとわからないんだが……」
「うぅ~。レイニーの馬鹿。もっと他に何か言うことないの?」
「え……。そ、そうだな……。友達出来たか?」
「出来た! でも違う!」
「違うって言われても……。ん~、結婚したか?」
「飛躍しすぎ! してないよ!」
いつも手玉に取るメリーさんが突っ込み役に回り、イライラしている。女心がわからなそうなレイニーにとっては酷な話だ。
「レイニー、恩を受けたらどうするの?」
私はレイニーに助け舟を出す。
「あ、あぁ。そうだったな。ありがとう、メリー。助けてくれて。すごく嬉しかったぜ」
レイニーはやっと思い出したのか、メリーさんの頭に自然と大きな手を置いて優しく撫でながら微笑みかける。
通常の女の子ならいちころってくらいカッコいいが、レイニーの素性を知っている私からしたらよく天然でそんなことできるなと感心しか生まれない。
「も、もう……。仕方ないんだから……」
メリーさんは結構ちょろいのか、レイニーに優しくされて胸を打ち抜かれている。まぁ、もとから好きだったっぽいし、カッコよくなっちゃった幼馴染を見て恋に落ちちゃうこともあるよね~。えへへ~、私としてはウハウハなんですけど~。
「キララ様。顔がお下品ですよ」
ベスパは目を細めながら言った。
――おっと、失敬失敬。
私は顔をパンパンと叩き、ニヤつき顔を通常に戻す。だが、子犬を愛でるイケメンと好きな人に撫でられて尻尾を振っちゃっている可愛すぎるワンコが尊すぎて、鼻血噴出不可避……。
「すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~」
私は窓際に移動して、大量の新鮮な空気を吸い込む。そのまま振り返り、話しかけようとした。
「ほんと、昔からメリーは撫でられるのが好きだよな。何が気持ちいいのか知らないが、ここがいいんだろ。ほら、昔見たいに甘えてもいいだぜ……」
「くぅん~、これ、好き~」
「グハッツ!」
私はメリーさんがレイニーに顎下を撫でられ、蕩け顔をしている姿を見た途端、とんでもない衝撃を頭にくらい、倒れ込む。床ペロ(うつ伏せ)の状態になって鼻血を出しながら、にやにやと笑っている自分がいると思うと、情けない。
「キララ様。鼻血を早く止めてください。服に血が付くと洗濯するのが面倒になります」
ベスパはティッシュのようなトイレットペーパーよりもしっかりした柔らかい紙を持ってきた。
――ごめんごめん。ちょっと衝撃が強すぎて……。
私はティッシュをタンポンのように筒状に丸め、鼻の穴にムギュっと詰める。昔もよく鼻血を出してたなと思いながら、懐かしい感覚に陥っていた。
過去の私は運動系の番組やバラエティー番組でよく、鼻血を出し、心配と爆笑をかっさらっていたのもいい思い出……じゃねえよ。普通に嫌だったよ。うん。昔なら何でも良い思い出だと思ったら大間違いだ。何なら、良い思い出の方が少ないよ。
「はぁ……。ほんと、メリーも大人になっちまったんだな……。昔はもっと小さくて弱弱しかったのに。でも、ここまで生き残ってくれて本当に良かった。よく頑張ったな。昔が辛かったぶん、これからたくさん幸せになるんだぞ」
「れ、レイニーもだよ。レイニーも幸せにならなきゃ……」
「俺は……、まだ幸せにはなれないな……。やらなきゃいけないことがあるんだ」
「やらなきゃいけないこと……。何をするの?」
「言えない。メリーには関係のないことだ。気にせず、金持ちで良い男を見つけて結婚すればいい。メリーは男に付け込むのが上手いからな。きっと良い男に巡り合えるさ」
私が面を上げた時にはレイニーとメリーさんの表情は共に暗かった。両者の思い違いが発生し、噛み合わないパズルのようにずれている。
レイニーはマザーを助けるために危険な行動を起こすと心に決めている。まだ助けられる保証なんて無いのに……。
でも、どれだけ小さな可能性でもレイニーは諦めず、きっと立ち向かうのだろう。そんな気がする……。
今、レイニーは目の前にある幸せよりも、はるか遠くに輝く幸せを追い求めていた。こう言う人は大概不幸になる。
今、レイニーの目の前にある幸せは最上級の幸せだ。
メリーさんと結婚すればどれだけしあわせな人生を送れるのだろうか……。
私が男だったらメリーさんに飛びつきたいくらいだけど……、レイニーは違うらしい。
彼にはマザーを助けるために自分の人生の全てを投げだす覚悟があるのだ。ほんと、歪んだ愛なのか、純愛なのか、使命感なのか……、どれにしたってレイニーにとっては破滅への道だ。
でも、その我が道を行く姿は誰が見てもカッコよく映る。加えてなかなかいない人物でもあるため、私の目を引いた。
「そ、そうだね……。お金持ちで優しそうな人と結婚したら幸せになれるよね……」
メリーさんはレイニーから放れ、いつもの明るい表情が暗く沈んでいる。
――そうか、だからメリーさんはルドラさんを狙っていたわけか。まあ、あっちもまんざらでもなさそうだったし、押せば行けるかもしれない。ただ……メリーさん、自分の心を押し殺して生きるのは、激流の川を上るのと同じくらい辛いことだよ。
メリーさんは私のもとにきて、背中を押しながら病室を出ようとする。
「ちょ、メリーさん。何しているんですか?」
「れ、レイニーはもうちょっと寝ないといけないから、外に出ていようよ……。その方が、レイニーもしっかりと休めるでしょ」
メリーさんの手と声は震えており、泣きたいのを我慢していた。
――このまま心を押し殺して生きていかなければいけないのは酷だ。何とかしてあげられないだろうか……。でも、私が何をしても、レイニーの心は変わらないだろうし……。いっそ嫌わせるのはどうだろうか。いや、ないな。でも、メリーさんがいいなら、待ち続ければ……。
「メリーさん、今から何年待てますか?」
「え? いきなりどうしたの、キララちゃん」
「この世界の成人年齢は一五歳です。メリーさんもあと数年で一五歳になるわけですが、結婚の平均年齢は貴族で一八歳くらい、平民で二〇歳くらいだと神父様から聞きました。メリーさんはいつまで人を待ち続けられますか?」
「えっと、キララちゃんが言っている意味がよくわからないんだけど……」
「じゃあ、質問を変えましょう。いつ結婚したいですか? と言うか、結婚したいですか?」
「結婚は……、出来ればしたいよ。いつかと聞かれたら……子供が産める間ならいつでもいいかな」
「なるほど。なら、妊娠確率が一気に下がり始める三〇歳まで待つことができる訳ですね」
「三〇歳で妊娠する確率が下がるの? 初めて知ったよ……。大人になれば妊娠しやすくなるとばかり思ってた……」
「そんなに甘い話じゃなりませんよ。でもメリーさんは凄く若いのでまだ焦らなくても大丈夫です。はてさて、メリーさんは三〇歳手前まで待てるとわかりました。よし、レイニー、話をしよう!」
私はレイニーの方を向いて、話をする。
「な、何だよ。いきなり……。俺にどんな話をするんだ?」
「幸せを追い続ける期限は一五年。それ以上はもう、諦めて」
「は? ど、どういう意味だよ……」
「本当はこんなこと言いたくないけど、このままだとレイニーは不幸になる。断言はできないけど、不幸になる確率が限りなく高い。だから、切り捨てる点を決めておいた方がいいと思う」
「な……、ふざけてるのか……。俺は死ぬまで……」
レイニーは眼を細め、私を睨む。その後、少し下を向き、何かを考えていた。
「死ぬまでやるっていうのが不幸になるって言っているの。レイニーだけが不幸になるのならいいよ。勝手に不幸になればいい。でもね、レイニーに幸せになってほしい人もいるんだよ。だから、一五年してもレイニーの幸せが手に入らなかったら、他の人のために幸せになって」
「だれかのために幸せになれだ? なに訳の変わらないことを言いやがって……」
「今、レイニーは物凄い努力をしている。私とライトはレイニーに魔法を教えるたび、驚いているんだよ。ライトもよく言う。『レイニーには才能がある』って。だから、これからも努力したらいいところまで行けるかもしれない。でも、未来は誰にもわからない。やり続けても駄目な時は駄目なの。だから、時間で区切る」
「時間で区切る……。そんな方法をしても本当に欲しいものが手に入らないかもしれないだろ」
「そうだよ。まぁ、私が言っても意味ないんだけどさ、レイニーに死んでほしくないんだよね。無駄死にだけはしないで。私は何十年間も努力し続けたことが無いからわからないけど、その努力が必ず報われるなんてありえない。後悔しないように生きて」
「な、なんか……、重いな。何で俺より若いのにキララがそんな重い考え出来るんだよ……」
「私はちょっぴりおませなだけ……。でも、いろんな人を知っている。だから、努力しても無駄な時は無駄。すぐ近くに転がっている幸せを手に取った方が何十倍も幸せになれた可能性だってある。それを見逃すか見逃さないかはレイニーしだいだよ。レイニーが決めたのなら私は何も言わないし、責めない。でも、レイニーが三〇歳近くになって今までして来たことが無駄だったなんてほざいたら、私が…………殺す」
「うぐっ!」
「きゃっ!」
レイニーとメリーさんは何かしらの恐怖を感じたのか、縮こまった。
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