流行り病
「メリーさん、どうしたんですか?」
私はメリーさんに話しかけた。
「え、ああ……。ちょっとね。子供が辛そうにしているとほっとけないというか……」
メリーさんは胸に手を当てて少々顔を赤くしている。寒いのかな。
少しすると、少女を抱いていないレイニーが出て来た。
「レイニー、女の子は大丈夫なの?」
「ああ……。なんか、今、ルークス王国中で流行っている病らしい。この時期になると大量に出るんだってよ。治療するために数日は入院させた方がいいってリーズさんが言ってた。じゃあ、入院させるしかないわな……」
レイニーは少々悲しそうな表情をしていた。病気はいつ罹るかわからないのだから、仕方ない気もするけど、子ども思いのレイニーなら気を病んでも仕方ない。きっと自分のせいだと思い込んでいるのだろう。
「そうなんだ。でも、早めに病院に来てよかったね。適当な薬を飲ませておいたら死んでたかもしれない。レイニーの子供思いの性格が功をなしたんだよ」
「はは……、そうだといいんだが」
「ん?」
「実は教会の子供達、半分くらい熱っぽくてさ……。今回と同じ病気だとすると、皆、危ないかもしれない。病院に連れてこないとな……」
レイニーはふら付きながら、歩いていた。
「ちょ、ちょっと待って、レイニー」
メリーさんはレイニーの手を掴む。
「え……、あ、熱い……。レイニー、普通の体温じゃないよ……」
「え……? 確かに最近、体が熱くてさ……。冷まさないとなって、ずっと思ってるんだけど…………」
レイニーはふら付き、倒れそうになる。
「おっと……。あ、あぶねえ。最近、不意に倒れそうになるんだよな……。修行のし過ぎか……」
メリーさんはレイニーが羽織っているローブを引っぺがす。
「な、メリー。何しているんだ」
「キララちゃん、この魔法陣って……」
メリーさんはローブの裏に貼ってあった魔法陣を見せてくる。
「『冷やす(コールド)』の魔法陣……。こんな魔法陣を使っていても体の内側から来る熱は下がらないよ。あと、今の状況から考えてレイニーはどう考えても風邪! 風邪を引いた時は体を暖めるのが普通でしょ! こんなに冷やして、バカじゃないの!」
私は怒り口調で言った。レイニーがしていたことは風邪の時に水風呂に入るようなものだ。最悪死んでいたかもしれない。怒るのも当たり前だ。
レイニーは頭が熱で上手く働くなっていたのかも……。
「ば、バカって……。まぁ、俺はバカだけども……」
レイニーは気を失うように、メリーさんに抱き着く。
「え、ええ、ちょ、ちょっと。レイニー。何してるの……」
いつも母性満開のメリーさんが珍しく動揺していた。年上の男の人だとそうなるのだろうか。
「いや……。メリーも大きくなったなと思ってさ……。暖かいし……いい匂いするし……」
「お、大きくなったって……、別に普通でしょ……」
――いや、どう考えても普通じゃないでしょ。胸とか、胸とか、胸とかさ。
メリーさんはレイニーの額に手を当てた。
「あ、あっつ! ちょ、レイニー。あんた、酷い熱じゃない。なに平然を装っているの!」
「はは……。バレた……。いや、俺の診察料より、子供達の診察料の方が安いし、金をそっちに回したくてさ……」
レイニーはメリーさんに抱き着きながらいつもは見せない笑顔をみせた。あれだ、熱になると性格が少し変わるやつ。絶対今の性格の方がいい気がするけど、熱が高いなら、早く治してあげないと。
「レイニーとりあえず、リーズさんに見てもらおう。そうしないと、レイニーの方が危険だよ。ベッドで休んでさ、風邪を治そうよ」
メリーさんはレイニーの頬に両手を当てて話かける。
「いや……、子どもたちを全員、ここに運ぶまでは駄目だ……。俺が一番しっかりしないといけないのに、のうのうと寝てられるか」
レイニーはメリーさんから離れ、私の方に歩いてくる。
「ありがとうな、メリー。お前に抱き着いたら、気分が少しよくなった。これでもう少し動けそうだ」
レイニーはローブを羽織り直す。もう、熱を下げる必要が無くなったからか……。
「レイニー。私達が子供を運ぶよ。今日は荷台を持って来ているから、子供達を乗せて運べる。レイニーは症状が悪化しないように、病院で寝てて」
「いや、キララ達にそんな迷惑を掛けたくない。これは俺の問題だ」
レイニーは歩いていく。
「もう!」
メリーさんはレイニーに後ろから抱き着き、行動を止める。いつものレイニーなら容易に振り払えるはずなのに、今は力が出ないのか、動けなかった。
「は、放せ、メリー。俺は行かないと……」
「バカ! レイニーまで倒れちゃったら、子供達を守れないでしょ。子供達よりも風邪を早く治して、傍にいてあげなきゃ」
「………………」
「レイニーさん、私にも手伝わせてください。昔貰ったパンのお返しにでも手伝います」
セチアさんは一歩前に出て言った。
「はぁ……、俺がセチアに渡したのはカビだらけのパンだぞ。あんなもんで……」
「あれがあったから私は生きてるんですよ。確かにまずかったですけど……。でも、あれが無かったら死んでました」
「キララ……。すまないが、子供達を頼む……。俺は少し寝る……」
「うわ……ちょ、いきなり力を抜かないでよ」
レイニーは膝をおり、力なく、崩れる。メリーさんはレイニーをしっかりと抱きかかえ、床にへたり込んだ。そのままペタンコ座りをして、レイニーの頭を胸に乗せ、休ませている。
「えっと……。私はレイニーを見てるから、子供達は二人にお願いしてもいいかな?」
「はい。任せてください」
私とセチアさんは病院を出て、レクーが引く荷台に乗る。
「レクー、教会に向ってくれる」
「わかりました」
今日は仕事に来たわけではないので、荷台に積んであるのは、布と革。子供達を乗せられる場所はまだまだ残ってる。
――ベスパ、水分を含みやすいように繊維を多めにした布を持って来てくれる。あと、長方形の厚紙もお願い。五〇枚もあれば足りると思う。
「了解です」
ベスパは森の方に向かい、タオルと長方形の厚紙を持ってきた。
私は一枚の厚紙に魔法陣を魔力で描き、残り四九枚に転写する。
すべて『冷たい(コールド)』の魔法陣にしておき、タオルで巻いて頭を冷やす準備をしておいた。これで、私の魔力が続く限り、冷え続ける額当てになる。水を使うのはもったいないのと、手間がかかるため、今回はやめた。
私達が教会に着くと、空気の流れが少々悪い。風が止まっている訳ではないが、対流が無い。これでは換気ができず、子供達に病気が移る可能性が高い。
――ベスパ。無人の方向に風を送ってくれる。
「了解です」
ベスパが光ると、ビーの群れが現れて一斉に羽ばたく。すると風が起り、よどんだ空気を入れ替えてくれた。
息がしやすくなると気分も晴れる。
「よし、セチアさん行きましょう」
「うん」
私とセチアさんは教会の入り口付近まで移動する。中は静かで誰もいないような気配が漂っていた。
私は扉を数回叩き、声を出す。
「皆、キララお姉ちゃんだけど、扉を開けてくれるかな?」
私が声を掛けると扉の奥でドタドタと足音が聞こえ、ガチャリと鍵の開く音がする。
「き、キララお姉ちゃん……。うぅ……」
孤児の少女が泣きながら私に抱き着いてきた。どうやらレイニーがいないせいで心細かったようだ。
「落ち着いて。今、どうなっているのか冷静に話せる?」
「う、うん……。半分以上の子供が熱を出して苦しんでるの……。私も頭痛し……、皆、死んじゃうのかな……。怖いよぉ……」
「大丈夫。人はそう簡単に死なないよ……」
――いや、人は簡単に死ぬ。でも、死なせたりしない。
「皆のところに案内してくれる?」
「うん……」
少女は私の腕を掴み、教会の中に入る。セチアさんは私の後ろから教会の中に入った。
「ゲホゲホ……。ゲホゲホ……。うぅ、頭ぁ痛いよ……」
「うげぇ……。ハァ、ハァ、ハァ……。また、吐いちゃった……食べ物もったいない……」
「ううぅ……。お腹、痛いよぉ……。気持ち悪いよ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……。寒い……寒い……」
教会の中は戦場の野戦病院かと思うほど悲惨な状態だった。
――レイニーが思っている以上にひどい……。
早急に治療しないと弱っている子供達には生死にかかわる。
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