一一月の終わり
「ふぅ……。今日はこのくらいにしておこう。長い間考え続けていても答えは出ない。さっきのシャインみたいにパッと回答が出てくるときもあるし、気長に考え続けていたら話が好転するかもしれない」
「うん。姉さんの言う通りだと思う。問題で行き詰まったらいったん別のことを考えると頭が回りやすい。僕も魔法陣の作成に行き詰った時はよくするよ」
「じゃあじゃあ、何の話をするの? 何か楽しい話がいい~」
シャインは身を乗り出し、テーブルに手をついて目を輝かせていた。
「ん~、じゃあ、ライトの研究発表でもしてもらおうか。ブラックベアーの研究をしているライト・マンダリニアさん。どうぞ~」
私はライトに無茶ブリをした。
「な、なんかいきなりだね……。でも、任せておいて!」
「え?」
私は場がちょっとでも和むかな~程度の考えだったのに、ライトは分厚い本を転移魔法陣から落とし、手に取った。
「はい~、ど~んっ! 僕の研究結果発表会! 開催しま~す!」
ライトがとんでもなく分厚い本をテーブルの上に置いた結果、お父さんとお母さん、シャインは居間からそそくさと出て行った。
「あれあれ~、皆、どこ行くの~?」
「わ、私も寝ようかな……」
私は椅子から降りて部屋に行こうとする。すると、ライトが私の手を掴み『拘束』で椅子に固定した。
「姉さんは聞いてくれるよね? だって、姉さんが言ったんだもん。ずっとずっと話したくて仕方がなかったんだ。話す機会がなかったから、我慢してたけど、もう、我慢できないよ」
ライトはマッドサイエンティストかと言うくらい、眼を血走らせ息を荒げている。どうやら、自分の研究を見てもらいたくて仕方がないらしい。
「わ、わかったから、この『拘束』はやめて」
「うん、わかった」
ライトは私の体を縛り付けていた『バインド』を解き、分厚い本にびっしりと書かれた文章を読んでいく。いったい何時間かかるんだろうと思い、話を聞いていたら、案外面白かった。
どうやら、ライトには長ったらしい研究の文章を面白く書く才能もあるらしい。
「僕が一番驚いたのは、ブラックベアーの賢さだね! もう、犬以上に賢いかもしれないよ! 他の魔物と比べても一から二を争うくらい賢いと思う。脳の大きさが異様に大きいからか、僕の話を理解しているんだよ。姉さんの翻訳機能が無くてもね」
ライトは終始興奮して話をしていた。ライトは研究者に向いているような気もするが、闇落ちしそうな職業でもあるので出来ればやめてほしい。
「えっと、クマタロウとは仲良くなれた?」
「もう、相棒だよ~。クマタロウの年齢はまだ一歳と数ヶ月だけど、人の五歳児から六歳児くらいの頭脳を持ってる。ブラックベアーからしたらもう、大人の扱いらしいね。ただ、成長が遅れているから、まだ子供っぽいらしいよ。あと半年か一年もすればコクヨみたいな大きな個体になるかも」
「怪我を負わされたりとかはしないの?」
「うん。しないよ。だって、僕の方が強いってクマタロウは理解しているからね。この点も賢い魔物や動物が持っている点だよ。相手の力量が読めるって言う力は賢くないと難しいからね」
「確かに……、馬鹿な魔物ほど突っ込んでくるし、頭の良い魔物ほど遠ざかっていく気はする」
「まぁ~、姉さんが怖すぎるから……」
「なんて言った?」
私はにっこり笑ってライトに聞く。
「いや……、何でもないです……」
ライトの仮設によるとスキル無しで魔物と友達になることは可能らしい。
条件は三点あり、相手の魔物が賢いこと。何を欲しているのかを理解し、与えられること。自分の方が強いこと。この三点が加われば、魔物を使役することが出来るそうだ。
ライトの研究結果を学会に発表したら、何かの賞が貰えるような気もするが、ライトは自己満足なので、分厚い本は自分の部屋に保管しておくらしい。
まあ、この先、ライトが残した大量の研究結果が人類に多大な影響を与えたかなんて、今のライトには知る由もない。
ライトの研究発表は短くまとめてくれていたとはいえ三時間あった。ライトは大満足のご様子で、私に頭を撫でられて感無量らしい。
私の方は眠すぎて明鏡止水状態である。私は歯を磨いて部屋に戻り寝間着を着てから、勉強机に座った。
「ふわぁ~あ。ねむたぁ……。でも、勉強はしないとすぐに馬鹿に戻っちゃう……。勉強は継続が力だから、休むわけにはいかない……」
私は机の上に広げられた紙に指先に溜めた魔力を使って魔法陣を描いていく。一〇枚描いたら、描き終わった紙を木箱に入れ、保管する。いつか、子供達の教科書にするのだ。
「ん~っ。にしても、ライトの作った魔法陣は便利だな~。足先が全然寒くないよ」
私の足先の床にはライトが紙に描いた魔法陣が置いてある。ファンヒーターのように温かく、足先が冷えるのを防止してくれていた。
今、私の部屋はライトの魔法陣のおかげで快適な温度になっていた。それでも隙間風などが入ってくると寒いので、ネアちゃんやディアたち、ビー達に隙間を塞いでもらう。すると、家の中がとても暖かくなった。加えて、今は、ベッドに置かれている人をダメにする布団一式があり、吸い込まれるように私は入眠する。
「あぁ……。気持ちよすぎるぅ……」
勉強後、頭が回らず疲労困憊の中、ベッドがフカフカで温かかったらどうなるだろうか。もちろん気絶である。私は当たり前のように気絶し、涎を垂らしながら眠った。
布団で気持ちよく眠っていると、一一月の日々があっという間に過ぎていった。
昨日、一一月が訪れたと思ったら、仕事をして勉強をして眠る、を繰り返しているだけで一一月の終わりがやってくる。
一一月三〇日。
今、私は畑にいる。土が二センチほどの雪に埋もれており、緑色の葉だけが「こんにちわ」していた。
「ん~っ。いつの間にか一一月終わりかけている。ほんと、仕事ばっかりしてさ~。大変な一年だったな~」
「キララ様、まだ一年は経っていませんよ。あと一ヶ月残っています」
ベスパは私の頭上で呟く。
「わかってるよ。でも、あと一ヶ月なんて無いようなものじゃん。どうせ、すぐに過ぎて行っちゃうんだよ。瞬きする間にぴゅぴゅ~ってね」
「そんな隙間風みたく過ぎていきませんよ……」
「ただの例えだよ、本気にしないで」
私はかがんで、土の上に載っている雪を少しどける。
「もうそろそろ収穫時かな~。寒さで栄養を大分溜めこんだでしょ」
「そうですね。魔力の溜まり具合からしても、栄養価は抜群だと思います」
雪蔵とまでは行かないが、野菜は寒さによって身が固まるのを防ぐために糖度であるデンプンを沢山作る習性がある。そのため、甘く美味しくなるのだ。畑で試してみると、案外うまく行ったらしい。
試しにベスパの眼を借りて野菜を見てみると、トゥーベルを植えた地面に魔力の靄が掛かっており、ビーンズの実からも魔力の靄が出ていた。
「よし! 芋ほりをしよう!」
「唐突ですね……」
「今が収穫時なんだよ、文句を言わない」
「は、はい」
私は子供達を自分の畑に呼び寄せるため、皆が住んでいる大きな家に向かった。
私は皆の家の扉を叩き、名前を言う。
「皆、おはよう。キララお姉ちゃんだよ~」
すると、中からドタドタと言う音が聞こえて来た。きっと家の中を誰かが走っているのだろう。一度ドンッという大きな音がして、足音が止んだので、こけたなと優に想像できる。
「キララさん! おはようございます!」
寝起きでもとんでもなく可愛いテリアちゃんが玄関から出て来た。
――午前五時頃だというのに、元気だな。あと笑顔が愛らしい。
「昨日はよく眠れたかな?」
「はい! キララさんがくれたお布団のおかげで、毎日ぐっすりです! もう、元気が有り余って仕方ありません!」
テリアちゃんは兎のようにピョンピョン飛び跳ねながら元気を主張する。
彼女のおでこが少々赤いので、きっとこけた時にぶつけてしまったんだろうなと思い、私は手で摩った。
「えへへ~。さっき、こけちゃったんですよね~」
テリアちゃんはニンマリを笑った。こけたのにずいぶんと強い子だ。
「えっとね。今日はトゥーベル掘りをしようと思うんだけど、牛乳配達が終わったあと、子供達皆で畑に集まってくれるかな」
「わかりました! 皆に伝えておきます!」
テリアちゃんが元気よく了承してくれると、家の奥からあくびをしているメリーさんとセチアさんがやってくる。
「あ~、キララちゃん。おはよう~」
メリーさんは寝起きのせいでいつも以上にのほほんとしていた。可愛いのに髪はボサボサでだらしない。格好もだらしなく、冬なのにブラジャーの上に薄い寝間着を羽織っているだけだ。
逆にセチアさんは厚着をしており、寒がりなのかなと予想する。
二人にも、後で芋ほりに来てほしいというと、眼の色を変えていた。食べ物の話になるとハイエナのような眼をするから困ったものだ。
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