悪魔的な罠
「床、硬いな……。柔らかい敷布団でもあればいいんだけど……」
私は硬い地面にシートを敷いて寝ころび、布団を掛けている。
「なら、キララ様。うってつけの素材があるじゃないですか」
ベスパは四つん這いになり、餌を食べるふりをする。そのバカっぽい仕草を見て、私は思い出した。
「メークルの毛……。そうだよ。メークルの毛を使って敷布団を作ればいいんだ!」
「キララ様はやる時はやる女王ですもんね。今までずっと溜めこんでいたメークルの毛をようやく使う気になったみたいでよかったです」
「よっしゃー! やってやるぞ! こうなったらとことことんとんやってやりますよ!」
私は倉庫を飛び出し、隣の隣の倉庫に駆け込む。どどんっつ! と言うくらい大量のメークルの毛が積まれており、使い道に困っていた。この毛を使って敷布団にすれば、硬い木のベッドに敷くだけで快適になるはず……。私は睡眠にこだわりたい人間なので、早速取り掛かろうとした。
「メークルの毛を食べる虫はいないかな……」
「虫たちはこちらの木箱の中で住んでいます。一定量メークルの毛を入れておけば、こちらの大量の毛に寄りつかないと言っておりますから、そっとしてあげましょう」
ベスパが飛んで行った方向に小さなダニや毛を食べる虫たちがいた。まぁ、大量の毛を食べないのなら、ありがたいので、そっとしておく。
「さてと、この大量のモークルの毛をさっきと同じように作っていくのだけれども、ただただ入れるだけではムラが出来てしまう。一度もみ込んで、薄く伸ばし重ねていかないとな~。でも、私一人じゃ絶対に出来ないし……。ベスパ、お願い出来るかな~」
私は面倒臭い作業をベスパに丸投げした。ぶりっ子のように、あざとく、上目遣いで……。
「な、なんか今日はいつにもまして気持ち悪い……、じゃなかった、お願いの仕方が珍しいですね」
ベスパも私と同じ感性を持っているので、私の超絶ぶりっ子お願いポーズは気持ち悪がられた。まぁ、私も自分で可愛いとは思っていなので仕方がない。
「もちろん、キララ様のお願いであれば何でも喜んで引き受けますよ」
ベスパとビー達はメークルの毛に飛んで行き、毛を引き延ばしたり、縮めたりして揉み込んでいく。すると毛と毛が絡まり、一塊になってきた。
今度はビー達が一列に並び、メークルの毛を少しずつ引っ張り始めた。加えて飛んでいるビー達が薄く延ばされているメークルの毛を挟むようにして解し、千切れないようにしている。魔力で補強しながら薄い布のような素材が出来た。それを何枚も重ね、一枚の敷布団にする。
敷布団の厚さは五センチメートルほど、重さは三.五キログラムくらい。後はネアちゃんが、積み上げた布がずれないように綺麗に縫っていき、補強したあと敷布団用の袋をつくり、被せた。
「ほ、本当に出来てしまった。あまりにもあっという間すぎて達成感が若干薄いけど、でも、これで硬くて寒い寝床とは、おさらばできるんだ」
私は羽毛布団と枕を持ち、メークルの毛で作った敷布団に倒れ込んだ。
「あぁ……。極楽浄土……、全ての理はこの中で生まれたのか……。おお神よ、この素晴らしき寝床を与えてくれたことに多大なる感謝と御礼を……、ぐが~!」
私は寝た。とけるように寝た。これだけ早く寝たら気絶と同じだ。どうやら私は敷布団と羽毛布団の相乗効果により寝心地が良すぎて気絶してしまったらしい。
「ん……。いったい……私は」
「キララさん、大丈夫ですか?」
眼を覚ますと、周りに子供達がいて、テリアちゃんが目の前で手を振っている。
「テリアちゃん……。私は……すか~!」
眼を冷ましても私は寝た。だめだ。この布団一式は私をダメにする。早くこの魔の手から抜け出さなければ……。
「姉さん、起きて! まだ仕事中だよ!」
子供達がライトを呼んできてくれたらしい。よかった、これで助かる。
「う、うぅ……。ら、ライト……。た、助けて……。布団から出られないの……」
「何言ってるの姉さん。馬鹿なこと言ってないでさ、早く出てきてよ」
ライトは私の布団を引きはがそうとした。私はライトを抱き寄せ、靴を脱がせる。
「ちょ、姉さん。何して……。あぁ……、な、なにこれ……。どうなってるの……。すぴ~」
ライトは布団に入って眠った。心地よさそうな寝顔で、涎を垂らしそうになっている。どうやら、私の作った布団一式は天才魔法使いをも一瞬で眠らせてしまう最強のトラップだった。何という、悪しき罠を作ってしまったのだろうか……。
「もう、ライト! お姉ちゃん! さすがに寝過ぎだよ! 皆仕事しているんだからさ!」
今度はシャインがやって来た。
「だ、駄目だ、シャイン……。近づいちゃ……、シャインにまで罠に引っかかってしまう」
ライトはシャインの大声で起きるも、目をかろうじて開けていられる程度で、すぐに寝落ちしそうになっていた。
「もう、何言ってるの。ライト。布団から早く出てきて。ライトがいないと工程が遅くなっちゃうでしょ」
シャインが私達の羽毛布団を取り払おうとするとライトは杖を振り、シャインの体を浮かせて靴を脱がせ、布団に入れた。さすがに三人だと小さいのだが、逆に人の温もりによってより心地よく感じる。
「はわわ……。な、何ここ……。体、溶けちゃうゥ……。も、もぅ、むりぃ……。すか~」
シャインまで眠ってしまった。身体能力が化け物のシャインでさえ、布団の罠にはまり、抜け出せなくなったようだ。
結局私達はお父さんとお母さんに言われるまで布団から出られなかった……。布団一式を作って数時間後。
「うぅ……。ここまでの安眠効果を得られるとは……」
私の作った布団一式は自分の部屋のベッドに移動させた。加えて、シャインとライトも作ってほしいとのことなので、家族全員分の布団一式を作る。もちろんベスパが……。
「ははは~、楽しいですね~」
ベスパ達はブンブン飛び回り、布団一式を作っている。家族全員分を作ったら、お爺ちゃんお婆ちゃん用。子供達用に作る。それだけ、羽毛とメークルの毛があるのか疑問だったが、ベスパが言うには余裕だそう。なら、何も心配いらない。
私は自室のベッドに腰かけ、布を縫っていた。もうすぐ夕飯の時間だが、今日、布団を作る時に裁縫を行っていたおかげもあって、そこそこ上手く言っている気がする。
「キララ様。全員分の布団一式が完成しました。これで、冬を越せますね」
ベスパは壁をすり抜けて私の部屋に入ってきた。
「そうだと良いね。もう一枚くらい掛布団を作っておいた方が冬も安心だと思うけど、まだ真冬じゃないから大丈夫か」
「キララ様。何を作っているんですか?」
「これ? これはね……」
私は小さな袋に倉庫から持ってきた羽毛を入れて、入口を縫い込む。
「私、お手製のベスパ用、布団だよ。世界に一式しかない貴重な品だから、大切に使ってね」
「はへ……?」
ベスパは放心状態になり、スーッと床に落ちていく。そのままぽてっと頭を床に付け、おでこをデシデシと叩きまくっていた。
「こ、これは夢ですか! これは夢なんでしょうか!」
「夢じゃないよ。布切れが余っていたから作ってただけだし。本当に簡単な品だから、ネアちゃんみたいな売り物みたいな綺麗さには程遠いけど、私なりに作った。今日は頑張ってくれたし、これくらいはしてあげてもいいかな~って思っただけ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ! ありがとうございますぅうう˝っ!」
ベスパはなきさけびながら、私に飛びついてくる。私は反射的にベスパに人差し指を向けた。
「『ファイア!』」
「ぎゃわわわわっ!」
ベスパは炎の種火となり、塵となって消えた。
「ご、ごめん、ベスパ。さすがに無理だよ……。いきなり飛びつかれたら燃やさざるを得ない」
私はベスパを燃やし、手に持っているベスパ用の布団一式をベスパがいつも寝ている巣穴に入れる。
少し大きいかなと思っていたが、復活したベスパが穴の中から布団一式を引っ張り、敷いた。そのまま抱き着くようにして寝転がり、グルんグるん回っている。いったいどいう言う心境なのだろうか。
私はベスパに喜んでもらえて結構嬉しい。なぜか自分に贈物を送っているようで変な気分だが、喜んでいる姿を見るのはやっぱり気分がいいのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




