守っていたのは兄ではなく、妹だった。
私達はネード村から実家のある村に帰り、ガンマ君を家に送り届ける。
「ガンマ君、今日はありがとう。助かったよ。また、収穫の時に手伝ってくれると嬉しい」
私は荷台から降り、ガンマ君と話す。
「はい。僕でよければいつでも手を貸しますよ」
家の前で私とガンマ君が会話をしていると、牧場の方向からバートンに乗ったカイト君とテリアちゃんがやってきた。
「テリアちゃん、今日はすごく楽しかったよ。ありがとう」
「ううん。私も凄く楽しかったよ」
カイト君がバートンにまたがり、テリアちゃんはカイト君に抱き着くような形で乗っていた。まだ五歳と四歳なのに、どこの貴族だよ……。
カイト君はバートンを上手く動かし、私達の後ろで止まる。そのままテリアちゃんをお姫様抱っこして、バートンを降りた。バートンは二人がおりやすいように、かがんでいる。
「じゃあ僕はバートンを牧場に返してくるね。お姫様」
「ありがとう、カイト君。ほんと大好きだよ」
カイト君とテリアちゃんは抱き合い、頬にキスし合っていた。
――おいおい、カイト君、ガンマ君の天使をお姫様扱いかね~。はぁ、将来が思いやられる。と言うか、子供なのに、色々と早くないか。
テリアちゃんとカイト君は家の前でわかれ、カイト君はバートンを牧場に返しに行った。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい!」
天使の笑みを浮かべるテリアちゃんはガンマ君を見た。
「て、てて、ててて……」
ガンマ君は壊れていた。そのため、同じ言葉しか出てこない。
「どうしたの? お兄ちゃん、顔色が悪いよ。もしかして、お仕事をして疲れちゃってたの? もう、ちゃんと休まないとダメでしょ。私がギュ~ってして癒してあげる。むぎゅ~」
テリアちゃんはガンマ君に抱き着き、力を分け与えるように可愛さ全開で微笑む。
「テリア。カ、カイト君とどういう関係なんだ……」
ガンマ君はテリアちゃんの肩に手を置き、真剣に聞く。
「え? お姫様と騎士ゴッコしてただけだから、ただのお友達だけど……、それがどうかしたの?」
「遊び……。あれが遊びなのか?」
「そうだよ。メリーさんが教えてくれたの。お姫様と騎士の禁断な恋の遊びなんだって。面白いよね。私、ドキドキしちゃった~」
――ま、またメリーさんが子供達の風紀を乱している。お姫様と騎士の恋とかどこの少女漫画だよ。まったく……。ちょっとうらやましい……。
「テリア、キスなんてまだ早いからな。あと、お兄ちゃんが認めた男としかキスはしちゃ駄目だからね。あとあと、無暗に抱き着いたりしても駄目。わかった?」
「えぇ~、何それ~。私はカイト君とキスしたいし、ギュ~ってしたいよ。別にいいじゃん。減るものじゃないし」
「そ、そういう問題じゃなくて……、テリアが可愛すぎるから、カイト君が誤解したら可哀そうでしょ。テリアが好きなのはカイト君じゃなくて僕なんだから」
――いや、気持悪……。ガンマ君、テリアちゃんの前だと気持ち悪すぎるでしょ。
「確かに私はお兄ちゃんが好きだけど……、カイト君も好きだよ。なんなら、カイト君といるときの方がドキドキするの……。胸がギュッとして、苦しくなるけど、すごく嬉しいの」
テリアちゃんは胸に手を当て、優しく微笑む。もうすでに恋する乙女の表情をしていた。
「な、何を言っているんだ、テリア……。て、テリアは僕が好きで僕はテリアが大切で……」
ガンマ君が再度壊れかかっていたので、私は一度頭を冷やさせることにした。
――ベスパ。ガンマ君を八八八八メートルの上空に飛ばして。
「了解!」
「うわわわっ! て、テリアあああああああああああっ!」
ベスパはガンマ君を持ち上げ、高速で飛んで行った。
「お兄ちゃんが飛んで行っちゃった……」
テリアちゃんはガンマ君の飛んで行った空を見上げ、不思議そうにしている。
私は今のうちにテリアちゃんと話しを付けておく。
「ふぅ……。テリアちゃん。カイト君に抱いている今の気持ちは、お兄ちゃんのことが好きと言うのとはまた違う感情だよ」
「え? お兄ちゃんが好きとカイト君が好きは一緒じゃないんですか?」
「うん。似ているようだけど、全然違うの。テリアちゃんがお兄ちゃんに抱いている気持ちは広い意味で考えた好き。食べ物が好きとか、何かをして遊ぶのか好きとか、こういった感情に近いと思う」
「ん~、確かにそうなのかも……」
「逆にカイト君が好きって言うのは、言い換えると恋をしている状態なんだよ」
「恋? 恋ってなんですか?」
「そ、そうだな……。まぁ、一番わかりやすいのは、特定の人の前で胸がどきどきして、苦しくなるような気持ちが続くって感じかな。テリアちゃんはカイト君と一緒にいると胸が苦しくなるんだよね」
「はい……。可愛いとか、綺麗とか、ありがとうとか言われると、胸がすごく苦しくなります……。でも、全然嫌じゃないんです」
テリアちゃんは両手を胸に当てて微笑みながら、もじもじしている。可愛いかよ。
「テリアちゃん。その気持ちが恋だよ。私もよくわからないけど、人生を豊かにしてくれる素敵な気持ちなの。歪んじゃう時もあるけど、大切に育めばテリアちゃんの人生はきっと明るくなる。だから、お兄ちゃんが返ってきた時に言ってあげて。私はもうお兄ちゃんに守ってもらわなくても大丈夫だよって」
――ガンマ君のシスコンが治らないのなら、テリアちゃんの方から離れてもらえばいい。別に無理やり切り裂いているわけじゃないから問題ないはずだ。
「う、うん。そうだよね……。私、お兄ちゃんに守ってもらってばかりでした。でも、今はお兄ちゃんに守ってもらわなくても大丈夫なくらい、生活できてる。お兄ちゃんのために、私、しっかりと言います!」
テリアちゃんはお兄ちゃん離れをすることを決めた。はてさて、シスコンすぎる兄はしっかりと受け止めてくれるだろうか。
――ベスパ、ガンマ君を降ろしてきていいよ。
「了解です」
ガンマ君が空から落ちてきて、叫び声と共に、ゆっくりと地面に降りてくる。
「あ、あぁ……。て、天使が見える……。ぼ、僕の天使が……」
ガンマ君は意識がもうろうとしており、テリアちゃんを天使だと見間違えていた。
「お兄ちゃん。私は天使じゃないよ。テリアだよ」
「て、テリアか……。はは、やっぱりテリアは天使に見間違えるほど可愛いんだ……」
「お兄ちゃん、しっかりと聞いて。私ね、お兄ちゃんに言いたいことがあるの」
テリアちゃんはガンマ君の手を握って真剣なまなざしを向ける。
「い、言いたいこと?」
「お兄ちゃん、私はもうお兄ちゃんに守ってもらわなくても大丈夫なんだよ。この村にいれば、私はお兄ちゃんに守られていなくても生きていけるの。だから、お兄ちゃんはお兄ちゃんの好きなように生きて良いんだよ」
「え……、で、でも……。テリアはまだ小さいじゃないか。何が起こるかわからないし……、第一、テリアを守らなくていいなら、僕はいったい何を生きがいにすればいいんだ……。テリアだけを考えて生きて来たのに……」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんのために生きればいいんだよ。今まで守ってくれてありがとう。いつまでも守られている訳にはいかないってずっと思ってたんだ。だから、お兄ちゃんは私のことばかり考えなくてもいいんだよ」
「そ、そんなこといきなり言われても困るよ……。ぼ、僕はテリアのために生きてテリアのために死ぬって決めたんだ……。僕の生きる意味が無くなったら、僕は……」
ガンマ君は泣き出した。
どうやら、テリアちゃんはガンマ君の心の支えだったようだ。
テリアちゃんがいたから今まで生きてこれた。きっとそう言う気の持ちようなのだろう。
テリアちゃんがガンマ君に助けられていたわけではなく、ガンマ君がテリアちゃんに助けられていたと、今、何となくわかった。
「ガンマ君……、私、ガンマ君と友達になれて嬉しかった……。ガンマ君の気持ちは変えなくてもいい。でも、それでテリアちゃんの気持ちを押し付けるのは違うと思う」
私は泣いているガンマ君の肩に手を置く。
「キララさん……。でも、テリアは僕のたった一人の妹で、残された家族なんです……。もし、テリアまで失ったらって思ったら怖くて、怖くて……」
ガンマ君はテリアちゃんを抱きしめながら言う。
確かに、この世界の子供達はあっけなく死ぬ。そうマザーも言っていた。なんなら、教会の裏には亡くなった子供達が何人も埋まっているとも言っていた。それくらい子供達は簡単に死んでしまう。
なんせ、昔は大人が守ってくれなかったから。
当時はマザーだけの力では足りなかった。だから、子供達は自分で身を守るしかなかった。
私はガンマ君とテリアちゃんが生き残れたのはガンマ君の潜在能力の高さと、テリアちゃんの可愛さ、尊さのおかげだと考える。
テリアちゃんに依存したガンマ君が人一番頑張ってきたおかげで辛い世の中を生き残れたのだろう。
そう考えると、テリアちゃんをいきなり引きはがすのはラッコから石を取るようなものだ。
このままではガンマ君が生きて行けなくなってしまう。なので私は彼が依存する対象を増やすことにした。
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