一年間、何をしていた
――はぁ、面倒臭い人。早く家に帰りたいのに、面倒な人に捕まっちゃったな。
「チャーチルさんはどうやって、金のエッグルを手に入れたんですか?」
「森の中で迷って、脚を滑らせたあと洞窟に突っ込んだ。気絶して目が覚めたころには金のエッグルを持って街の宿で寝てたんだ……」
「こわ……。眠りながらどれだけ動いてるんですか。眠っていた時の意識はないんですか?」
「あるにはある。ただ、夢現で覚えていられない。断片的な記憶しか残っていないんだ。ほんと困った体質だよ。まぁ、この体質のおかげで冒険者になっても生き残っていられるんだけどな」
「チャーチルさんは冒険者になったばかりですよね?」
「今年の一月ごろに冒険者になったばかりだ。一年もたっていないな」
「年齢は?」
「二○歳」
「へぇ……、二○歳で冒険者になるなんて結構遅い方なんじゃないですか?」
「そうだな。俺は騎士団に所属する聖職者をやっていたんだが、全くモテなくてな。父上の反対もあったが今はこうして冒険者として活躍……、しているはずだったんだが、上手くいかなくて今も渋っているところだ」
チャーチルさんは聖職者だったそうだ。聖職者が冒険者に転職するなんて、無謀なことをしていると思う。でも、先ほどの戦いを見る限り、チャーチルさんは才能に溢れている人なのだろう。この性格さえなければ、知名度をグングン上げて行けるに違いない。
「魔石を二個も使ってしまった。補充しないとな。だが、お金が無いんだよなぁ」
チャーチルさんは見栄を張っているのか、高そうな衣装で身を包んでいた。どう考えても派手過ぎて敵に気付かれるに決まっている。私が助言するのもおかしな話だが、言っておかないと気が済まない。
「チャーチルさん。あなたが有名な冒険者になってモテモテになるためにはそれなりの実績を積まなければなりません」
「そ、そうだよな」
「今必要なのは無駄に派手な衣装ではなく、自分の力を発揮できるようにするアイテムの方が必須です。今すぐ、高そうな服と靴、ブレスレットにネックレス。その他諸々、必要なもの以外すべて質屋に出すか、売って来てください。お金を貯めたら、少しずつ実績を積んでなり上がってください」
「ぜ、全部売るなんて出来る訳ないじゃないか。俺の実家は金持ちなんだぞって言う証明に……」
「実家が金持ちとかほんとどうでもいいです。必要なのはあなたの魅力ですから、今すぐにでも売りに行ってください。そこにいる四人を病院に運んだあとでも構いませんよ」
「な、なぜだ。こんな小さな少女にずけずけと言われているのに、否定できない……」
チャーチルさんは胸に手を置きながら苦しがっていた。
「事実だからです。今の状態でモテていないのなら一生モテません。カイリさんみたく、産まれた時から寵愛を受けし存在じゃないんですから、変わっていかないと、ずっとモテない人生を歩みますよ。それでもいいのなら、私はもう何も言いません」
「わ、わかった。売る。売ればいいんだろ。全部売ってくる!」
チャーチルさんは走り出した。まだ話終わっていないのにせっかちな人だ。
――ベスパ、マントに針を刺してチャーチルさんを止めて。
「了解です」
ベスパはチャーチルさんのマントに針を差し込み、動きを止めた。反動でチャーチルさんはひっくり帰り、背中を強打して叫ぶ。
「な、何をするんだ」
「ここに女性が寝転んでいるのに、助けず走り出すなんて男の風上にも置けませんね」
「そ、そうだな……。モテる男だったら運ぶよな……」
チャーチルさんは女騎士の四人を持ち上げようとするも、貧弱な体のせいで全く持ち上がらない。一人でも鎧が重いせいで身動きが取れなくなっていた。
――うん、筋力不足だね。聖職者をやっていたというから、もとの体力はそこまでないんだろうな。
「チャーチルさん。体を鍛えてください。女性一人を運ぶことすら出来ない男性に惹かれる女性はいませんよ。ムキムキにならずとも、一人の女性を抱えて走れるくらいの力が無いと、カッコ悪いです」
「俺もそう思う……」
チャーチルさんは鎧に潰され、身動きが取れなくなっていた。走り寄ってきた男性の騎士達は女騎士をやすやすと持ち上げ、担ぎ上げたのち、病院の方向へと走り去る。
チャーチルさんは取り残され、助けに入ったガリガリの少年が不良にボコボコに殴られた後くらいかわいそうだった。
「一年間、何していたんですか……、チャーチルさん」
「仕事……、街で土木工事の……安全を見張ってた」
「はぁ、何のために冒険者になったんですか。モテるためでしょ。だったら、強くならないと意味がないですよ」
「わかってる。それくらいわかってるさ。だが、ちらつくんだ。黒い化け物に出会った時のことを……」
「黒い化け物。ブラックベアーですか?」
「黒いバートンだ。東の方角にある村で、巨大なバートンが暴れていたんだ。その個体がすごく怖かった……。今でも夢に見る」
――姐さんがトラウマになっちゃってるのか。可愛そうに。
「とりあえず、チャーチルさんには頼もしい仲間がいるじゃないですか。妖精さん達に力を借りればどんな死地でも生き残っていけますよ」
「妖精を呼び出すには魔石の力が必要なんだが、この魔石一個で金貨一〇枚くらいするんだ。毎回毎回使っていたらお金がいくらあっても足りない。上級の魔石となれば金貨一〇○枚なんてザラだ。今の俺には全力で戦うのは難しい。少しでも自分に力を付けないとな……」
チャーチルさんは上半身を起き上がらせ、ブツブツと喋っていた。カイリさんとはどういう関係なのか知りたかったが、どうでもいいので聞かないでおく。
「チャーチルさん、もう夜が遅いので私は帰りますね」
「そうだな。もう、こんなに真っ暗になっている。早く帰った方がいい。気をつけて帰るんだぞ」
「言われなくてもわかってますよ。ま、どこで会うか分かりませんけど、私はチャーチルさんを応援してあげます。努力すれば少なからず成長しますから、小さな変化を見逃さないよう、頑張ってください」
私はチャーチルさんに頭を下げ、レクーのいる場所へと戻って行った。
チャーチルさんは少々立ち尽くしたあと何かを決めたのか、両手をギュッと握り締め、決意を固めている。
この時に出会ったチャーチルさんがまさか、街の人々を大勢救う時が来るなんていったい誰が予測できただろうか。私には全く予想できなかった。
私はレクーが引く荷台の前座席に飛び乗り、東の入口へと走る。すでに午後七時を過ぎ、景色が真っ暗だ。
ベスパの発光で視界は悪くないが、時間に追われながら帰るのは危ない。一回急ぎ過ぎてひっくり返りそうになった経験もある。安全を確認しながらなるべく急ぐ。私が帰って来れたのは月が真上に来る少し前。多分午後一一時くらい。
「た、ただいま。はぁ、はぁ、はぁ……。あ、危なかった。ギリギリのギリギリ……間に合った」
私はフルマラソンを走り切った時よりも疲れ切っている演技をする。
「キララ、ギリギリでも帰ってこればいいと思っているのなら大間違いなのよ……」
私が面を上げると、満面の笑みを浮かべる鬼人が立っていた……。
「あ、あはは……。そ、そうですよね。今日は早く帰ってくる予定だったんだけどなあぁ。おかしいなぁ」
私はお母さんにこっぴどく怒られた。帰りが遅くなるなら、前々から連絡しておきなさいと無茶なことを言ってくる。
このご時世、何が起こるかわからないのに、帰りの時間がどうとかなんて言われてもどうしようもない。お母さんが私を心配する気持ちもわかるけど、急いで危険な走行をする方が私の身を危険にさらしている気がする。
私の心の中でお母さんに対する不満が膨らみつつあった。いわゆる反抗期とか言うやつかもしれない。心が押さなければ母親に本音をぶつけてしまっていたと思うが私の心は成熟している。むかむかしてもぐっと飲み込み、お母さんの心理を呼んで言葉、行動を理解した。
お母さんのお小言が夜中の家の中を響いていた。フラフラになった私はいつの間にかベッドに倒れ込むようにして眠りについていた。
勉強をしている場合じゃないと言うくらい眠たかったが、朝起きると一〇枚の紙に魔法陣が描かれていた。あまりにも下手くそでなんて書いてあるかわからない。寝ぼけながら書いていたのだろう。
私は苦笑いをして、一〇枚の紙を机の上に放り投げるようにばっと置き、もう少しだけ眠ろうと思い、ベッドに寝ころぶ。
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