夢の中のお母さん
「お母さん、お父さん、お休みなさい」
「お休みなさい」×お母さん、お父さん。
私は一人で体を拭いた後、ベッドに横たわり目を瞑ると……眠りにスッと落ちた。
――昔のお母さんは私が死んで大丈夫だったのかな、やっぱり悲しんだのかな。ごめんねお母さん。私、お母さんよりも先に死んじゃって。親不孝者だよ……。
夢の中で私は昔のお母さんを思い出していた。
「真由美、私のお願い……。どうか、どうか、私より先に死なないで。私の願いはそれだけ。それだけ守ってくれれば真由美は好きな人生を生きていいから」
お母さんは、私に会うと毎回同じ内容の話をするのだ。本当に父が好きだったのか、心の傷が大きかったのだろう。最愛の人を無くし、幸せの絶頂期に絶望へと変わった。
きっとお母さんは取り残されるのが怖かったのだろう。それこそ、私のトラウマと同じくらい。
でも、お母さんは父が交通事故で亡くなってから一人で何時間も働き、私を育てあげた。
――なのに、私は……。
私も毎回、同じ言葉をお母さんへ返すようにしていた。
「大丈夫、私はそんなにやわじゃないから! 簡単に死んだりしないよ!」と、そう言ってお母さんを安心させるのが、いつものお決まりだった。
「そんな私が、まさか蜂に刺されて死ぬなんて。なんとも情けない……」
どうか昔のお母さんが、私の死を悲しまないでほしい。約束を破ってしまったのは申し訳ないと思ってる。親不孝者の私なんて、さっさと忘れて、お母さんは人生を謳歌してほしい。なんて考えてもお母さんは「自分のせいだ」と言って攻めちゃうかも……。
叶うなら、お母さんにお別れの挨拶くらいしたかったな。そこで気にしないでって言いたかった。
その後、夢の中でさらに変わった夢を、私は見た。
目を覚ますと私は大きな箱の中に入っていた。白い箱だ。もう、完全に棺桶だとわかる。
私は声も出せないし手も動かせない、ただ視界と聴覚だけは、はっきりとしていた。
――目を開いているわけでもないのに見えてしまう。履いてるのに透けて見えるシースルーみたい。
蓋が開けられ、目の前に現れたのは今回の元凶であるグラサンプロデューサーだった。
アイドルのオーディションで優勝したときから死ぬまでお世話になっていた人。普段のスーツ姿と喪服姿で印象が結構変わる。サングラスは流石にかけておらず、眼鏡をかけていた。
私の最後の仕事を持ってきたのも、このグラサンプロデューサーだ。
「すまない、キララ……。俺があんな仕事を取ってこなければ……。くっ……」
視界の先には、私の見た覚えがない表情をした、グラサンプロデューサーがいた。
仕事中、いつもへらへらして仕事先には超絶下手に出る癖に、私の前では威張り散らかしていたプロデューサーが、歯を食いしばりながら頬に艶のある雫をいくつも這わせていた。
私が実際に現場でこの状況を見ていたら、きっと大爆笑していただろう。
次に現れたのは、私の人生最後の仕事を撮ってくれたディレクターだった。
「キララちゃん、ごめんね……。僕たちがもっとしっかりしていれば……」
彼もまた涙する。
その後もいろんな人が私に一言かけてくれた。
最後に見えたのはお母さんだった。
「真由美……。ごめんなさいね。お母さん、あなたに楽しい人生を送ってもらいたくて子供のころ、いろんな行動を制限させてしまったわね。大人になってからもそう。あなたの気持ちを全然考えてこなかった。アイドルだってほんとはやりたくなかったわよね。でも、私は、あなたがステージでキラキラしている姿が大好きだったの。子供のころから眩しく輝いていたあなたは、いつしか、輝く瞬間がなくなっていった。でも、アイドルならまたキラキラしてくれるかもしれないと思って、オーディションに応募したの。まさか、アイドルの仕事中に亡くなるなんて……」
お母さんは、その場に泣き崩れてしまった。グラサンプロデューサーが肩を持ち、共に去っていく。
――お母さん。私に対して厳しかったのは、心配する気持ちの裏返しだったんだね。気づいてあげられなくてごめん。ほんと……、私はアイドル失格だ。こんなにも多くの人を悲しませてしまったのだから。
目尻から熱い液体が流れたと思うと、背景がふっと変わる。すると、私は昔の姿になっていた。
「ここはいったい……」
私のいる空間には、何もない。一帯に靄が掛かり、五メートル先すら見通せない場所だ。
少し時間が経つと、硬い床をヒールでも履いて歩いてきている人がいるのか、トンネル内で音が響くように甲高い歩行音がコツコツコツと聞こえてくる。
何かの心霊現象かと思ったが、どうも違うらしい。
「え……、誰か来る」
靄の中から誰かが歩いてくる気配を感じたのだ。
「ここはどこかしら……。夢の中? でも……。こんなに意識がはっきりしている夢なんて……」
靄の中から聞こえる綺麗な声には覚えがあった。
私が二一年間、聞き続けてきた声だ。
「お母さん……、お母さんなの!」
私は思わず叫ぶ。お母さんの声が聞こえただけで、目尻から熱い液体が流れ出ているのがわかった。
「その声、真由美なの……」
靄が一気に晴れ、だだっ広い真っ白な空間に私とお母さんだけが立っていた。お母さんの服装は先ほどの喪服。葬式後に喪服のまま眠ってしまったのかもしれない。
私の姿を見たお母さんは口を押え、その場に座り込む。涙を流しすぎているせいか、声がしゃがれ、真面に話せない。
なので私から声をかける。実際、私も喉が潰されたように声が出しにくくなっており、無理やり絞り出していた。ほんと、元アイドルとは思えないほどしゃがれた汚い声だった。
「お母さん……。ごめんなさい、私……、お母さんより先に死んじゃった……」
私は出来るだけ泣くのを堪えながら、お母さんに抱き着く。お母さんの方はどこかまだ暖かい。私の方は冷たい。それだけで、私の死が実感できる。
「私の方こそごめんなさい……。私が真由美をアイドルにしてしまったせいで、あなたが死んでしまった。私があなたを殺してしまったのよ……」
お母さんは蜘蛛の糸に上る亡者の如く、私が唯一の光だと言わんばかりに泣きながら抱き着いてくる。
「違うよ! お母さん。私は確かに流されやすい性格だったけど、アイドルの仕事をしていてとても楽しかった。私が死んじゃったのだって、私の不注意が原因なの。だからお母さんは何も悪くないんだよ!」
私はお母さんの頬に両手を当て、私の輝く瞳を見せながら大きな声を出す。泣いている相手を元気づけるのもアイドルの仕事だ。
「真由美……、うぅ……、真由美……。神様、どうか、どうか、私から真由美を奪わないでください……。どうか……、どうか……」
お母さんはいるかもわからない神に祈っていた。信仰心の薄かったお母さんが神にすがるなんて。相当追い込まれているんだな。
――私が元気づけないと。
「お母さん、私達はきっともう会えない。……だから最後に伝えておくね。私はお母さんの子供で本当によかった。私の短い人生は無駄じゃなかった。アイドルの私をずっと好いてくれるファンがいてくれるから、私が元気を与えたファンはこれからもずっと生き続けるの。お母さんの好きなキラキラした田中真由美はもうこの世にいない。でも私は、どんな場所でも精一杯頑張って生きるよ。どんな場所でも私は、キラキラ輝いてみせる。だから、心配しないで!」
「でも……、真由美がいなくなったら……。私、どうしたらいいの……。生きる希望すら奪われちゃったら……、私、私……」
「お母さんなら、大丈夫。お母さんは誰よりも強くてカッコよくて不幸なんかに負けたりしない強い精神を持ってる。この私が言うんだもん、絶対に大丈夫!」
「真由美……。そんな……、私はあなたがいたから強かっただけで……、本当は物凄く弱い人間なの。誰よりも弱い人間なの……。もう、あなた無しじゃ生きていけない……」
「ううん、違うよ。お母さんはすごく強い人間だよ。だって、この八万年に一度の美少女を産んで育てたんだもん。お母さんがいなかったら私は日本のファン一億人の皆を笑顔に出来なかった。心残りとしては世界中の七〇億人を笑顔にさせられなかったことくらい。お母さんも私のファンなら、心の中に、熱い熱い声援が届いてるはず。皆の心を燃やしているキラキラ・キララは永遠に不滅だよ」
私はお母さんの胸に手を置いて笑顔を見せる。
「なによそれ……。ほんと、わけわからないことばかり言って、いつまでたってもおてんば娘なんだから……」
お母さんは腕で涙をぬぐい、少し笑う。
「だって私はお母さんの娘なんだもん。お母さんの遺伝子が流れてるから仕方ないよ。私がいなくなったらお母さんの血は絶えるかもしれない。その点はごめん。でも、お母さんはすごく美人だから新しい旦那さんを見つけて幸せになってもいいんじゃないかな」
「もう……、何言ってるの。私はもう歳だし……、押しのアイドルを追っかけるだけで十分幸せよ。まあ、キララ以上のアイドルには出会えないかもしれないけどね」
「ふふふっ、私は八万年に一度くらいの美少女だし、そう簡単に他のアイドルに負けない自信があるよ。あ、私の銀行口座からお金を早く下ろさないと無くなっちゃうから気を付けてね」
「お金の方は大丈夫、マネージャーさんが私の口座に移し替えてくれたみたい。にしても、真由美、あんな大金を私に残されても困っちゃうわよ……」
「あはは……。使いどころがなくて貯まる一方だったんだよね。まあ、死んじゃったらお金が使えないから、どうしようもないよ。えっと私のお金はお母さんが使ってもいいし、恵まれない子供達に寄付してくれてもいい。お母さんが使いたいように使って」
「ほんと、軽いわね……。はぁ、なんか、いつもの真由美と話せて気がすごく抜けちゃったわ……」
お母さんはため息をつき、微笑みが生まれた。
「いいね、お母さん。その笑顔。最高!」
「もう……、バカにしないで。真由美には負けるわよ」
「まあね。何たって私の笑顔は一億人以上の人を笑顔にさせてきたんだからね。お母さんの笑顔にも負けない最強の武器だよ」
「ふふっ……。そうね。にしても、娘を失った悲しみから、娘に立ち治されるなんて……。思ってもみなかった。ありがとうね、真由美」
「どういたしまして。えっと……、私、頑張るから。どこの世界でも、お母さんの娘だって忘れない。どんなことがあっても泥臭く頑張る。だから、お母さんも頑張って!」
私はお母さんの両手を握り、真剣なまなざしを向ける。
「そう……、真由美が頑張るのなら、私も頑張らないとね。だって、私はキラキラ・キララの生みの親なんですもの。親が子供に負けてられないわ!」
お母さんは泣き顔から、眼尻をきりりと上げ、笑う。
「お母さん、その意気だよ! 私もお母さんに負けないように精一杯努力する!」
お母さんは大粒の涙を流しながら頷き、震える唇を動かして言葉を絞り出す。
「キララが稼いだお金は、全部寄付するわ。私にとって、キララと真由美の写真があるだけで十分だもの……。あ、でも、老後の資金は借りちゃうかも」
「うん! 全然良いよ! お母さん、いっぱいいっぱい長生きしてね。大好きだよ!」
「私もよ、真由美」
私とお母さんは最後に強く抱きしめ合った。
お母さんの暖かいぬくもりを最後に感じられて本当によかった……。
――これで、私も前に進めそうだよ。ありがとう、お母さん。ずっとずっと大好きだよ。
「はっ……!」
私は今にも壊れそうな木製のベッドの上で目を覚ました。泣きながら眠っていたのか、継ぎはぎだらけの枕がぐっしょりと湿っている。
「やっぱりこの世界で眼を覚ますのか……。ふぅ……、夢じゃないんだ……」
私は小さくなった手を見つめて現実を改めて受け入れた。小さな手をぎゅっと握り締め、お母さんとの約束を果たす。この世界でも、全力で頑張って生きる!
――どうやら私は地球の日本人では、なくなってしまったらしい。今ならはっきりわかる。でも、最後にお母さんと話が出来てよかった。夢の中だったけど。でも、きっとお母さんに私の気持ちは、しっかりと伝わってるよね。
私の心の中にあった大きなしこりは綺麗に取れた。そのおかげで、もう昔を引きずらないでいられる。
私は、これからの人生を精一杯生きられる。そんな気持ちになれたのだ。
「よ~し、この世界でも頑張って生きるぞ! もう絶対、蜂に殺されたりしない!」
私は両手で握り拳を作り、頭上に掲げ高らかに宣言した。そのあとベッドから降りて居間に向かう。
「おはよう、キララ! 今日は朝起きるのが早いわね」
お母さんは木製の椅子に座り、手芸をしていた。
「うん! 今日は目覚めがすごくいいの、だから、すぐに起きれちゃった」
昨日、見た夢は神様が私にくれたプレゼント、そう思っておくことにする。
「お父さんは?」
「お父さんは、朝食前に村長の所に相談しに行ったわ。何とか解決してくれるといいんだけど……」
お母さんは顔に手を当て、不安そうな顔をする。
「外は危ないの?」
「そうね、外には怖いクマさんがいるかもしれないから、今日はお家の中で遊んでいなさい」
――遊ぶって言ってもなぁ、スマホは無いしテレビも無い。本を読もうにも読む本がない。この世界ではこれが普通なのかな、それとも私の家がすごく貧乏なだけ?
「私たちの家は貧乏なの?」
私は、お母さんに無知な子供のように聞いてみた。
「そうね、確かに明日食べていくだけで精一杯の生活ね。でも、お家があるだけまだましよ、お家が無くて外で寝ている人もいるんだから」
――この世界にも浮浪者はいるんだ。子供の私にも何かできないかな。
この世界で私に何かできないか模索してみることにした。
重い物を持とうにも体が小さく、力も無いため、力仕事はできなかった。
料理をしようと思っても、そもそも食材が無い、さらに調味料も無い。
「掃除でもやろうかな……」
私はボロ雑巾を手に取る。
雨水を溜めた木製の樽から、コップを使い、水を少し汲み取って木製の桶に入れる。
その桶に雑巾を入れてぎゅっと絞った。
壁や廊下、木製の窓を水拭きした。結構な埃が取れ、仕事をしている感が味わえる。
「ふ~、いい汗かいたな~」
「あら、キララ。お掃除してくれたの! ありがとう、お母さん助かったわ!」
お母さんに褒められるとすごくうれしかった。
――子供の脳だからかな? 安直なのかも。ま、いいよね、五歳だし。
「キララが私にしてくれたように、私もキララに何かしてあげたいわ。キララは私に何かしてほしいことある?」
――どうしよう、特に考えずにやってたから、してほしいこと。う~ん……。そうだ、昨日のあれを教えてもらおう。
「昨日、私に見せてくれたあの燃えるやつを教えて!」
「昨日の見せた……。もしかして魔法のこと? でも私は昔に知り合いの冒険者さんに少しだけ教えてもらっただけだから、すごい魔法は使えないのよ」
「昨日見たやつ。あの蜂を燃やした魔法。私、あの魔法を使いたい!」
「蜂?」
お母さんは聞きなれない言葉を耳にし、困惑していた。
「えっと、えっと……。黄色くて黒い体をしたブンブン飛び回っている生き物のこと!」
「あぁ~、ビーのことね。ファイアくらいなら、練習すれば誰にでもできる魔法だから、キララも少し練習すればきっと出来るようになるはずよ」
――燃やせる魔法さえ修得すれば蜂なんかに怖がることなく人生を謳歌することが出来るはず! 何としても、異世界の知恵、魔法を覚えないと。地球のように、殺虫剤とか虫取りネットとかそんなものよりすぐ倒せるし、遠くからでも使えたら何にも怖くない。
「うん、私、頑張って覚える!」
この日から、私の異世界生活は本格的に幕を開ける。
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