成長の好機
『グギャアアアアアアアアアア!』×無数。
ブラッディバードたちの断末魔のような叫びが無数に発生し、不協和音が辺り一帯を包む。ビー達に眼をほじくられているのだから当たり前か。
私とレクーは親玉のもとに向かい、ニクスさんの様子を見た。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、剣の耐久力が無い。次の一撃で必ず壊れる……」
ニクスさんは肩で息を吸いながら、大量の汗を掻き、剣の穂先を地面に付けさせるほど筋力が低下している。体は光っているので『女王の輝き(クイーンラビンス)』の効果は今も健在だ。
『グギャアアアアアアアアアア!』
ブラッディバードの親玉は一歩目から戦闘機かと思うほどの加速と、突風を発生させながら、跳躍。ニクスさんに足の裏を見せるように蹴り掛かる。大きさは戦闘機よりも小さいが。威圧感は断然上だ。
速度が上がれば上がるほど、力は大きくなる。某天才物理学者が考えた数式はあまりにも有名だが、速度だけでなく質量まで大きいとなると……、確実は想像もできない力が発生している。
「くっ! まだ早くなるのか!」
ニクスさんは剣を構え直し、歯を食いしばる。
「ニクス! 逃げて!」
ミリアさんは親玉の後ろに付き、両手に短剣を持っていた。どうやら攻撃を繰り出すつもりらしい。
「ミリア! 何でここにいるんだ! こいつは危険だから、離れてろ! こいつは僕が倒すんだ!」
ニクスさんは大声で叫ぶ。大好きな方が死地にやって来たら、そりゃあ叫ぶか……。
「で、でも! こんな化け物、ニクス一人で倒せるわけないよ!」
「大丈夫……。今の僕なら勝てる……」
ニクスさんは体を震わせているが、口角を上げ、笑っていた。きっと成長を確実に感じているのだろう。そうじゃなければ絶望してもおかしくない状況で笑っていられない。
私の与えた『女王の輝き(クイーンラビンス)』の効果は残っているものの、光が薄まっている。ニクスさんが数回攻撃を受けてしまったのか、無理な動きをして体を痛めたのか。どちらにしろ、攻撃を食らえばただでは済まない状態だ。
――ベスパ、ニクスさんをいつでも助けられる準備にしておいて。
「了解です」
ベスパはニクスさんの背後に着く。危険が起これば、ニクスさんを離脱させる。そうすれば危険は少ない。
恐怖の中、自分を奮い立たせて進む一歩は普通の練習の一〇〇歩よりも価値がある。とんでもない負荷が掛かる中で、ニクスさんは自分を奮い立たせ、自分のはるか上を行く強敵と戦っている。この一瞬一瞬が彼を成長させていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。負けられない。負けられない……。絶対に死ねないんだ」
「ニクスさん! 剣が折れても周りに浮遊している木剣を使って攻撃し続けてください。拳より、効果が高いはずです!」
――今がどれほど貴重な体験か、ニクスさんはわかっていないだろう。でも、彼の力に確実になっている。現場の経験は現場で活きる。冒険者育成学校で教えられたことを確実にこなし、死なないために抗っている。ここまでやって成長しない者はいない。頑張れ、ニクスさんっ!
「キ、キララちゃんまで、来ちゃったの……」
「ニクス! 弓で援護するから、思いっきり行きなさい!」
「ハイネまで……」
ニクスさんは親玉のブラッディバードを前に凛々しい顏をしながら笑い、とても誇らしそうだ。
手に持っている剣身をよく見ると罅が何本も入っていた。壊れるのも時間の問題だろう。
「ふぅ……。行くぞ!」
ニクスさんは飛び出し、ブラッディバードの真正面から相対する。
『グギャアアアアアアアアアア!』
右脚を目一杯伸ばしながら高度から落ちてきているブラッディバードは自身の重さを利用し、先ほどよりも重い一撃をニクスさんに放つ。
「はあああああっ!」
ニクスさんは柄を両手で持ち、穂先を前に突き出すように構えながら走る。
すでに疲労困憊なのに、未だに動けていると言う常人離れした体力はニクスさんの体形からして少々おかしい。私の魔力のおかげかと再確認するも、魔力だけでは不可能だ。なんせ、私自身がニクスさんほど動ける気がしない。彼は気力と意思だけで動き、自分とも戦っていた。
――ニクスさん、快楽物質が脳内からドバドバって絶対出てるよ。そうじゃないと、あそこまで頑張れるわけがない。
『グギャアアアアアアアアアア!』
ブラッディバードの咆哮が大きくなり、巨大な岩盤かと思うほどの足裏がニクスさんへと襲い掛かる。
「はああああああああああっ!」
ニクスさんが突き出した剣と親玉の足裏が衝突し、眩い光が放った。その後、剣が『確定急所』の力に耐えられず、ガラスが内部から破裂したようにバラバラに壊れた。だが、ブラッディバードの攻撃も停止し、両者、追撃の勝負となる。
「おらっ! 吹っ飛べ!」
ニクスさんは手に持っている壊れた剣の柄をブラッディバードに目掛け、思いっきり投げる。 ただの剣の柄がブラッディバードの体に当たると光が発生し、親玉が吹っ飛んだ。
『グギャアアアアアアアアアア!』
親玉は一瞬の隙を突かれ、大きな目が飛び出そうになるほど驚きながら地面を何度も跳ね、砂煙を巻き上げながら転がる。
――剣の柄を投げただけであの威力。何の防御もされていなかったら高火力の攻撃になるのか。不意打ちしたら滅茶苦茶強いじゃん。
親玉は地面を一度蹴り、跳躍しながら体勢を整え、足裏から着地する。だが、辺りの景色が見えていなかったのか、親玉はニクスさんを見失っていた。
「はああああっ!」
その隙をニクスさんは見逃さず、近くに浮遊していた木剣を掴むと親玉の脚に剣身を叩き込む。
『グギャアアアアアアアアアア!』
木剣が当たった親玉の脚から大きな打撃音が鳴り響く。脚は変な方向に曲がり、骨折していた。だが、魔物の根性なのか、親玉は倒れない。
『確定急所』の効果を得ていた木剣は粉々に砕け散った。木剣だと一回しか持たないらしい。シャインでも一回の素振りで木剣を壊すことが無いので『確定急所』の負荷は相当なものだと想像できた。
――ニクスさんが使っていた剣は相当優秀な剣だったのかも……。当たり障りのない剣だったけど、最高級品だったりするのかな。
木剣が折れたら、また新しい木剣を使えば良いと言う攻撃方針でニクスさんはブラッディバードを攻撃し続ける。
「もう一発っ!」
ニクスさんは叩き負った脚と逆の脚を狙い、打ち込む。木剣と脚の接地面が光り、コンクリートで作られている電柱が折れたような破壊音が鳴り、ブラッディバードの咆哮が悲鳴に聞こえ始めた。
『グギャアアアアアアアアアア!』
親玉はニクスさんへの攻撃を食らいながらも、必死に耐えておりニクスさんに反撃もしている。やはり、あのブラッディバードは強い。
他の変態個体は普通の冒険者さん達に倒されているし、通常個体も目が潰れていれば恰好の的だ。
ニクスさんは冒険者になってまだ半年くらいの新米冒険者だ。加えて、一人で戦い、敵はブラックベアーと同じくらい狂暴な鳥類の魔物。油断したらすぐに死ぬ緊張感の中、彼はメキメキと上達している。
今、ニクスさんが使っている武器は木剣なので切り傷などは作れない。でも、剣身で敵を叩き潰す攻撃は出来る。親玉の方も体を何度も叩かれれば、脚だけではなく、内部にまで刺激が浸透し、内側から破壊されるはずだ。
『グギャアアアアアアアアアア!』
親玉はニクスさんが木剣を持っていない時を見計らい、折れていない右脚で蹴り込む。
「くっ!」
ニクスさんは親玉の攻撃を読み、既に回避行動をとっていた。太い脚が風を巻きながら空中を切り、ブオンッと言う風音を聞いたあと、彼は浮遊している木剣を持ち、頭上に構えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。これだけ、木剣があればまだ戦えるぞっ!」
『グギャアアアアアアアアアア!』
ブラッディバードは叫ぶ。体に流れる魔力で折れていた左脚が再生し始めた。体が巨大と言うだけで魔力量はその分多い、体の欠損部分を補おうとする魔力の性質が働いたようだ。
「そうやすやすと回復させるか!」
ニクスさんは頭上に掲げていた木剣を親玉の長い首に打ち込む。
『グギャアアアアアアアアアア!』
ブラッディバードは骨折している左脚を再生させながら、踏み込んだ。骨折している左脚を軸に、身を捩じらせ、右脚でニクスさんに蹴り込む。自身の怪我を使い、ニクスさんの不意を突いた。他の個体より、頭も回るようだ。
「な……、再生させている途中で……。くっ!!」
見事に不意を突かれたニクスさんは木剣で親玉の右脚の蹴りを防ぐものの空中で無理やり動き、体勢が崩れていた影響もあり『確定急所』の反動を自身に受け、弾け飛んだ。着地の瞬間を見計らい、身を捩じりながら頭から落ちるのを回避。足裏から着地し、体の側面で力を逃がすように転がりながら、速度を落とす。高位置にいたのに攻撃を真面に食らっていないのに加え、着地が上手く、深い傷は負っていない。
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