英雄を作る
『グギャアアアアアアアアアア!』
ベスパが言っていた、大型のブラッディバードが翼を広げ、天空に叫んでいた。空島でも落としたいのだろうか……、はたまた雲を裂きたいのだろうか。あなたは五〇メートルのブラックベアーじゃないから無理だよと言いたい。
だが、親玉の個体も地面から頭までの高さが八メートルほどあり、いつぞやのブラックベアーを思い出すほど恐ろしい見た目をしていた。
巨木を超える太い脚に、赤黒い体と大きな鶏冠、翼を横に広げると横幅が二〇メートルほどになり、威圧感が増す。
――顔からして鶏だけど、大きいととんでもなく凶悪に見えるな。大きな足先には私の身長くらいある爪が地面に突き刺さっており、とても鋭い。
頭の悪そうな面は変わらないが、何も考えていなさそうな顔と挙動に私の恐怖心が掻き立てられる。
――他の変態個体と比べても一回り大きい……。他の個体が小さく見えるよ。ベスパ、親玉個体の体を調べてきてくれる。魔造ウトサの陽性反応が出るか知りたい。
「了解です」
ベスパは親玉ブラッディバードの頭に針を刺し、魔力を吸う。八〇秒ほど経った後、私の頭上に戻ってきた。
「キララ様、巨大なブラッディバードから魔造ウトサの陽性反応が出ました。他の個体より明らかに多いです。やはり、魔造ウトサを得ると体が巨大化してしまうのかもしれません」
――魔造ウトサを取り込める限界値が来るとゲル状になり瘴気を放つ。来ないと巨大になり、狂暴になる。ほんと厄介な代物だな。
「あいつを倒せば……、周りの個体は逃げ出すかもしれない。そうすれば、ミリアとハイネを助けられる」
ニクスさんは身を潜め、今にも飛び出しそうな構えを取っている。すぐに助けに行きたいきもちもわかるが、今出て行っても踏みつぶされるだけだ。
「ニクスさん、今出て行ったら自殺行為ですよ。私達の位置から、ガッリーナ村まで五〇メートルくらい。ニクスさんが思いっきり走っても、七秒はかかります。ブラッディバードは余裕で追い越してきますから、一斉攻撃を受け、負けますよ」
「うぅ……。じゃあ、どうしたら……」
私は村の方を見ると冒険者さん達がブラッディバードと交戦しているのが見えた。魔法攻撃や物理攻撃を繰り出しているものの、決定打にならず、ブラッディバードの蹴り技で吹き飛ばされるのが落ちだった。
まず、変態個体の移動速度が早すぎて、冒険者の攻撃が真面に当たっていない。ブラッディバードはダチョウみたく脚力がすごいので、非力な人間など普通の個体に蹴られても致命傷になりかねない。変態個体ならなおさらだ。冒険者さん達が身に着けている鉄製の鎧がべっこべこになるくらい脚力がぶっ飛んでいる。
――さて……、どうやって倒そうか。あんなの大きな個体を解体してお肉にしたら大儲けだよね。鶏肉食べ放題。フフフ……。じゅるり……。
私は口内に溢れ出る唾液を啜る。
「キララ様、私達がもう一度、ブラッディバードの脳天を貫通すれば倒せると思いますけど、どうしますか? 魔力の消費も抑えられますし、爆発よりも目立ちません」
ベスパは私に作戦を提案してきた。
――あの攻撃は使い勝手がすごくいいけど、私達がブラッディバードを倒してもあんまりうま味がないんだよね。経験値が貰えるわけでもないし、素材が手に入るだけ。あと、ブラッディバードの脳天がいきなり吹き飛んだら他の人が怖がっちゃうでしょ。得体のしれない者が、自分たちの脳天もぶち抜いてくるんじゃないかってさ。
「確かに……。じゃあ、どうするんですか?」
――英雄を生み出そうと思ってるけど、どうかな。一人が勇敢に立ち向かって活躍していたら、落ちている士気も上がるでしょ。
「英雄ですか……。一番英雄っぽい人が丁度ここにいますもんね」
ベスパと私は、歯を噛み締めながら剣の柄をぎゅっと握り、今にも飛び出したくて仕方がない赤髪の青年を見る。
「ふぅっ。ニクスさん、今からあのブラッディバードたちを散り散りにします。一番大きなブラッディバードのもとに走って行って華麗に倒してきてください」
私はしゃがんでいるレクーから降りてニクスさんに耳打ちする。
「え……、いきなり無理難題を言わないでよ……。あんなデカいブラッディバードは見た覚えが無いし、生身で戦えるとも思えない」
ニクスさんは自分の弱さを理由に、腰が引けていた。正義感が強いだけでは無駄死にするだけだ。助けに行きたい自分と、弱い自分が心を引っ張り合い、この場に止めている。
だから、私はニクスさんに力を与える。
「ニクスさんに『女王の輝き(クイーンラビンス)』をもう一度かけます。今度は油断しないでくださいね。死にそうになったら助けますけど、何度も死にそうになられると私も困るので、ブラッディバードを全身全力で倒そうとしてください」
「そ、そんな……。僕に出来るのかな……」
ニクスさんは地面を見ながら呟く。
「出来るか出来ないかじゃなくて、やるかやらないかですよ。このままだと、ニクスさんの大好きなミリアさんは魔物に食われるかもしれません。外部の冒険者は見たところ私達以外いないようです。冒険者さんのお昼時を狙ったのか、八頭の変態個体のブラッディバードに村が包囲され、人々が逃げ出しようがありません。こうなった場合、周りのブラッディバードを倒すしかありません」
「う、うぅ……。僕は、僕は……」
私は先ほど内臓が破裂するほどの蹴りを入れられた魔物よりも強い個体に戦って勝てとニクスさんに言った。
今までのニクスさんの戦いを見た結果、ニクスさんには潜在能力があると判断した。彼は窮地に立てばたつほど強くなる人間だ。なのに、いつも逃げ腰で安全を求めているため、成長が無く、落ち込んでいる。なら、窮地に立たせてしまえばいい。そうすれば、メキメキと上達するはずだ。
「習うより慣れろ」と私もよく先輩アイドルから言われた。慣れすぎるのも問題だが、少し習ったらすぐに実践に移す。これで上達しない人はいない。ニクスさんの心が強ければここで立ち上がるし、弱ければそこまでの男だ。
私がビー達を使って全個体を倒し、不穏な空気を醸し出しながら村に帰るのも乙かもしれない。「あの少女は誰だっ!」といった展開も悪くないだろう。だが、私はそう言われたい性格じゃない。
――さぁさぁ、ニクスさん。最高の好機をここで掴むんです。この一瞬を逃したらあなたに成長はありませんよ。
私はあえてニクスさんに言わない。彼の自主性が大事だからだ。
「キララちゃん……、僕、戦うよ。ミリアたちを助けたい。僕に力を貸してほしい!」
ニクスさんは立ち上がった。ならば私は彼に力を貸そう。
私はシンデレラで言うところの魔女役。
――心清きものに力を与えん……。ま、私の魔力をあげるだけなんだよな。
私はニクスさんが悩んでいる間に練り込んだ魔力を、決意した英雄に注ぎ込む。
ニクスさんの頭上に展開された転移魔法陣から、滝のように流れる黄金の魔力がニクスさんを襲った。
「うぐぐ!」
魔力の滝が流れてから八秒経ち、ニクスさんの体が光をキラキラと放つ。魔力により、心が落ち着いたのか、先ほどよりも凛々しくなったニクスさんが現れ、茂みに立っていた。
――じゃあ、ベスパ。私達は八頭のブラッディバードの注意を引くよ。
「了解です。七頭のブラッディバードの眼をビー達で潰しますね」
ベスパが光ると一四匹のビーが現れ、ブラッディバードの顔へと飛んで行く。二から三センチほどのビーに比べ、三メートルほどのブラッディバードたちの眼は一〇センチほどで、全然違う。でも、眼を潰せば終わりだ。
ブラッディバードの視界を潰し、聴覚とにおいに集中させる。少しでも錯乱してくれれば、いいかなくらいの考えだ。
――重要なのはニクスさんの成長を促すこと。と村人、冒険者の無事な救助。こんなに大事になるとは思わなかったけど、しっかり働いてお金を稼ぎ、学園の入学試験で行われる面接試験のときに「あなたが社会で貢献したことは何ですか?」とか聞かれたら今回の件を答えられるかもしれない。ガッリーナ村の周りに発生していたブラッディバードの大量発生を止めましたとか言ったら、結構有利になりそうだ。貴族じゃない一般人の私が話せる内容は面白い方が面接官も楽しんでくれるはず。
ま、私は他の子達に比べて経験が豊富だから、面接でも楽々話せると思う。でも全部正教会がらみなので、発言出来ない可能性が大いにある。なら、今回の大量発生を治めたというニクスさんの立役者になれば評価もされるだろう。私にも下心がありありなのだ。
『グギャアアアアアアアアアア!』×七頭。
ビー達はブラッディバードの目玉に針を差し込み、眼球を抉っている。何なら、その状態からビーが広い眼球内で暴れていた。すると眼玉から黒い血が噴き出し、ブラッディバード達が荒れ狂う。
――ひぇ……、眼玉が抉られるとか痛そう……。
「な、他の個体がいきなり叫んでどうしたんだ……」
ニクスさんは辺りを見渡し、呟く。
「ニクスさん、親玉のもとに向ってください。親玉の気も私が引きます。途中から手助け出来なくなりますけど、ニクスさんなら、絶対に大丈夫です。自分の力を信じて倒しちゃってください。ミリアさんをもっと惚れさせて、改心させちゃいましょう」
「そ、そうだね。よし! 行ってくる!」
ニクスさんは茂みから飛び出し、一気に加速する。地面がつま先に抉られ、泥の上を走っているように体勢が安定しない。力加減がわらなかったのか、ニクスさんは盛大にこけた。でも、油断せずに身をすぐに起こして再度走り出す。
――ベスパ、親玉の顔の周りで光を放ちながら踊って。バカな頭を更にバカにさせよう。
「了解です!」
ベスパは魔力を体から滲ませ、光を放ち、親玉の顔の周りでブンブンと飛びながらクルクルと回り、踊っていた。踊りが上手くて少々気に障るが、私の分身体なのだから仕方ないかと思う。
ベスパの陽動により、親玉の頭は? で一杯になっているだろう。足りない頭を悩ませている間にも、今、全身が光り輝いているニクスさんが後方から迫っているとも知らずに……。
『タン、タタタン、タタン、タタタタタタタン~』
ベスパは円運動をしていたのだが、バレリーナのように縦軸回転も加え、ブラッディバードの攻撃を空中でスキップするように躱しながら歌っていた。まぁ、歌もそこそこ上手いのが気に障るが、陽動はうまく行っているので大目に見よう。
親玉以外のブラッディバードたちは眼を潰されている痛みによって、走り回っていた。村から離れる個体もいれば、近づいていく個体もいる。ただ眼が見えないので冒険者さん達からの攻撃をかわせず、真面に食らっていた。
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