変態したブラッディバード
私はブラッディバードの巣に到着し、巣の中にあるエッグルを見た。一個の大きさが約三〇センチメートルもあり、恐竜やダチョウの卵と見間違えてしまいそうだ。まあエッグルも卵だし、似ているのは仕方ないか。
巣に八個のエッグルが産み落とされており、全体像が一枚の真っ白な硬貨に見える。決して私の眼が金貨になっているわけではない。
「うわ……。結構沢山産んでるんだ。ベスパ、どれが無精卵で有精卵か見極めてから、浮かばせて運ぼう」
「了解です」
ベスパには心音が分かるので生命の鼓動を感じた場合は有精卵。何も感じなければ無精卵。また、魔力で卵内を調べると死んでいる有精卵が無精卵に混ざっていたので巣に置いておく。結果、八個のエッグルから、三個の無精卵が手に入った。これで金貨一五○枚。美味しすぎないか!
私はビー達がブラッディバードの雌をひきつけているあいだに、無精卵のエッグルを回収して有精卵の卵を巣の中に移しておく。巣の外に出ていた有精卵のエッグルも巣に一応移しておいた。
私が茂みに移動したらビー達がブラッディバードの雌を巣の上に戻す。するとエッグルを温めていた行動を思い出したのか、雌は足裏で巣をふみふみして座る。
「よしよし……。無精卵、ありがとうございます」
――なんでぇい、すっごく簡単に手に入ったんですけど。牧場経営よりこっちのほうが儲かるのではないか。何で、他の冒険者さんはこんな簡単なことも出来なんだろう~。
私は全てベスパにやってもらいながら上から目線で物事を考えていると、なぜ難しいのかと言う情報が明らかになった。
『グギャアアアアアアアアア!』
通常個体より大きくなった鶏冠に大量の羽毛、身体も一回り大きくなり、顔がやくざのようにいかつい……。体毛の白い部分がほぼなくなり、全身が赤黒い個体が茂みから現れた。その姿を見ただけで背中に寒気が走る。
「う、うそぉ……。何あの個体……。あれも、ブラッディバードなの?」
私が茂みの中に隠れていたら人の腕を食っている化け物が出てきた。どう考えても他のブラッディバードと同じ個体じゃない。人の腕を食い千切っていると言うことは冒険者か村人を襲い、勝利したわけか。
赤黒いブラッディバードを見ていると、体が震える。どうやら、私の体も危険だと判断したようだ。
「キララ様、あれはブラッディバードの大人(雄)の姿です。家庭を持つと力が一気に増すようですね。私達が倒していたのはまだ若い雄だと思われます」
ベスパは淡々と答える。あんな個体がいるならさっさと教えてほしかった。
――な、何でぇ。ブラッディバードの迫力が一気に増しているんだけど。もしかしてあれの方が強い?
「どう考えてもあれの方が強いでしょうね。キララ様は音を立てないように移動し、この場から早く離脱された方がいいと思います」
――そ、そうだよね。早く逃げないと頭を食われちゃいそうなくらい怖いよ。
私は抜き足差し足で移動し、ブラッディバードに気づかれないようにレクーのいる所まで戻る。
「もぐもぐ……、もぐもぐ……」
レクーは私のあげた草をのんきにむしゃむしゃと食べながら、落ち着いた表情をしていた。危機感が薄いのか、ブラックベアーを知っているからそこまで恐怖心を抱かないのか、どちらだろうか。
レクーが冷静だと私の方も少し落ち着く。
「ふぅ……。ブラッディバードは私達の方にまだ気づいていない。このまま逃げれば、安全のはず……」
私は一息つき、冷や汗をかいた額を長袖で拭う。
「お~い、キララちゃん。昼食の準備が出来たよ~」
「キララちゃんの言った通り、ブラッディバードの肉、すっごく美味しく焼けたから早く出てきて~」
「ん~っと、冒険者の話によると、大きな白いバートンと少女は森の方に行ったって言うし、バートンの足跡がばっちり残ってる。ここら辺にいるはずだけど……、どこかな?」
「な!」
ニクスさん、ミリアさん、ハイネさんの三人が私を探しに森の中に入ってきていた。すぐ近くに狂暴なブラッディバードの雄がいると言うのに、なんてのんきな人達なんだ。
『グギャアアアアアアアアア!』
私の後方にいるブラッディバードが森の中で木々同士が反響するほど大きな鳴き声を上げる。耳を塞がないと鼓膜が破れそうだ。
「なっ! な、何だ、この声! いつものブラッディバードじゃないぞ」
ニクスさんは左腰に掛けてある剣の柄を握る。
「ニクス、やばいよ! この声、家庭を持っちゃってるブラッディバードの声だよ!」
ミリアさんは狼耳を両手でヘたらせ、大きな音で耳が壊れないように配慮していた。
「つ、つまり、変態しちゃってるのか」
「ニクスの変態とはまた違うからね。体の形状が変態することの方だからね」
「わかっとるわ!」
「二人共、のんきなこと言ってないで、早く逃げるよ!」
ニクスさんとミリアさんは非常事態に天然の夫婦漫才を繰り出した。だが、ハイネさんが彼らの首根っこを掴み、森の外に向いながら走る。
『グギャアアアアアアアアア!』
ブラッディバードは三名の声に反応し、森の木々をなぎ倒しながら全力で走る。私達の方には気づいてないみたいだが、このまま行くと『妖精の騎士』が危ない。
「キララ様、このままだと『妖精の騎士』は容易に追いつかれます。三方向に逃げれば二名は助かると思うんですけど、頭が回っていないようですね」
ベスパは結構残酷な作戦を考えていた。やはり命が軽い者の考えは理解に苦しむ。
「誰か一人を犠牲にするって言う考えが出来ないんだよ。虫とは命の価値が違うんだから。さて……、こういう時こそ冷静に物事を判断しないとね」
「キララ様は今の状況でずいぶんと余裕ですね」
「ん? どういうこと?」
私の周りの茂みから、ブラッディバードの雄が八頭現れた。どうやら、大人のブラッディバードが大声で仲間を呼んだらしい。声は連絡手段だとなぜ一早く気づかなかったのか。今、そんなことを思っても仕方がない。
「ふぇ? なんか、怒ってそうな、ブラッディバードさん達が私達を取り囲んでいるんですけど……」
「これぞまさしく鳥籠ですね。キララ様」
ベスパは満面の笑みを浮かべ、面白い冗談を言ってやったぞと言いたそうに胸を張る。
「こんな時に上手いこと言わなくていいの! 警備、どうなってるの!」
「どうやら、見張っていたビー達は食べられてしまったようですね。また集めてもいいですけど、距離が近すぎてキララ様が気絶しますし、ブラッディバードの個体数をすべて倒す手段が我々にはありません。爆発させても、森が燃えるので危険です。お手上げですね」
ベスパは万歳をしながら笑っていた。私を守る気がゼロだ。ほんと、この適当野郎、あとで燃やしてやろうか。
「ま、私達にはこの状況を打破することはできませんが、心強い仲間はいますよね」
「そうだけど……。ここで出したら他の人も怖がっちゃうよ」
「大丈夫です。ビー達に人が来ないよう見張らせていますから」
「ビー生きてるじゃん……。ベスパ、まさかクロクマさんの試運転にわざとおびき寄せたわけじゃないよね?」
「ひゅ~、ひゅ~」
ベスパは私から視線をそらし、下手な口笛を吹いた。ほぼ隙間風だ。
「たく……。無理に戦わせなくてもいいのに」
「ですが、強さは知っておきたいじゃないですか。クロクマさんがどれくらい戦えるのかを知っておいた方が後の戦いに役立ちます」
「まぁ、そうだね。じゃあ、呼ぼうか」
私はクロクマさんの入っている『転移魔法陣』の描かれた木版を出し、ベスパが出口になる『転移魔法陣』を作る。
「クロクマさん! 出てきて!」
私が木版の『転移魔法陣』に魔力を流すと、ベスパの作り出した『転移魔法陣』が光る。
地面に何かがボトっと落ちた。
――黒い塊? 黒曜石なんて入れた覚えは無いんだけど……。
よくよく見たら、地面に落ちたのはクマのぬいぐるみかと言うほど小さくなっているクロクマさんだった。体長が五〇センチメートルくらいしかなく、私の心が握りつぶされそうになるほど愛らしかった。
クロクマさんは自分の体に気付いていないのか、仁王立ちになって腕を持ち上げる。
「ぐわ~! んへ? あれ、なにこれ、私の体が……、小っちゃくなってる……」
クロクマさんは自分の体を見下ろし、黒い目を大きく開ける。腕を持ち上げた状態で私の方を振りむくと、レッサーパンダより可愛らしい姿に心が打ち抜かれる。
「き、キララ様。どうしましょう! クロクマさんが変態しています! めっちゃ可愛い!」
ベスパは予想外の出来事だと言わんばかりに荒れ狂い、冷静な判断が出来ていなかった。
『グギャアアアアアアア!』×八頭
「はわわ、キララさん、どうしましょう!」
クロクマさんはチョコチョコと歩き、周りを見渡していた。
「ど、どどど、どうしようね。私達、クロクマさんだよりだったんだけど……。ディアたちに頼んでもただ食われるだけだと思うし……」
私は八頭のブラッディバードを刺激しないようにゆっくりゆっくり動き、クロクマさんを抱きかかえる。熊のぬいぐるみを抱きしめた美少女の周りに屈強なファンたちが集まってしまった。
――私の可愛さが罪なのか、まさか、人外にすら愛されてしまうなんて、ふっ、美人は辛いよ。
「キララ様! こんな時に何言ってるんですか!」
「なにって、自分語りだよ。少しでも冷静になろうと思って」
『グギャアアアアアアア!』×八頭
八頭のブラッディバードは私に一気に襲いかかってきた。
「うわああああああああっ!」×キララ、ベスパ、クロクマ。
私はクロクマさんを抱きしめて地面に縮こまる。すると強烈な打撃音が聞こえ、遠くで木々が折れる音が響いた。
『グギャッツ!』
木が折れる音とブラッディバードの息を詰まらせる声を聞いた私は面を恐る恐る上げる。
「僕の主になにしてんだこの鳥野郎! キララさん、大丈夫ですか。僕の背中に早く乗ってください。逃げますよ」
草を食っていたレクーが一頭のブラッディバードをはるか遠くに蹴り飛ばし、他のブラッディバードを威圧していた。
――何この子、イケメンすぎ! さすが私の相棒!




