求める食材を探して3000里
姉さんとレクーの激戦から八日後。
「まさか、競争がこんなに盛り上がるとは……」
お爺ちゃんの牧場で飼っていたバートン達が姉さんとレクーの走りを見て感化されたのか『自分たちもレースをしてみたい!』と言い出してしまい、数頭ずつではあるが運動不足解消のためにレースに出してあげていたら、いつの間にか多くの村人が見に来るようになった。
――村人たちはレースを見て牛乳を買ってくれるから凄くありがたいんだけど……、ただ、このまま行ったら牧場が競バートン場になっちゃうよ。
☆☆☆☆
数日前から試したいことがあり、ベスパにお願いしていた。
「ベスパ、頼んでおいたものは用意できてる?」
「はい、もちろん用意できてます、結構な量になりましたよ~。キララ様こちらに来てください」
ベスパは私の頭上に飛び、身をひるがえして山の方向に飛ぶ。
――今回、私がお願いした内容は数が多ければ多いほど期待値が膨らむ。その点からいえば量が多いことは私にとってうれしいことだ。
ベスパは私を山中の少し開けた場所まで案内した。
「うわ……、こんなにいっぱい」
木々が開けた部分に、見た覚えが無い木の実や果物が一種類ずつ山状に並べられていた。
――いったいどれだけの数があるのだろうか。でも、これだけあれば私のお目当てがあるかもしれない。
「お願いします、この中にあってください」
私は手を合わせ、斜め四五度を意識して軽くお辞儀した。
私が住んでいる村に手を合わせてお辞儀をするといった風習は無い。
だが、元日本人として一礼すると運が良くなる気がするのだ。お辞儀はもう、元日本人の癖なのかもしれない。
これほどまでして私が何を願っているかというと『酸』である。
頭に疑問符を浮かべた人がいるかもしれない。要するに酸っぱい物が欲しい。別に私が酸っぱいのが大好きなわけではない。私はどうしても『チーズ』を作りたいのだ。
お母さんに凄く酸っぱい食べ物や果物があるかどうか聞いてみたけど……。
「酸っぱい食べ物、うーん、知らないわね。街に行ったら知ってる人がいるかもしれないけど……」
街にあるかもしれないと言われたがチーズを作る際に毎度通っていては時間がもったいない。
街に行くしかないと判断したら仕方なく行こうと思うが、どうせなら近場で済ませたい。そう考え、この広大な山の中に酸を含む食べ物が無いか調べるてみることにしたのだ。
チーズを作ると言ってもチーズには色々な種類がある。
チーズの主な作り方は三種類あり『一、乳酸菌や酸による凝固で作るもの』『二、レンネットによって作るもの』『三、熱による凝固で作るもの』の三種類だ。菌やカビ類を使う方法は今の私じゃ不可能なので却下。
二の『レンネット』はきっとモークルから取れるだろうが殺して採取しなければならないので、これまた却下。
一と三の方法で作ろうと考えているのだが、どうしても『レモン汁』のような酸性の液体が必要なのだ。
その為、私はベスパに山の中で食べられるものを集めてもらったわけだ。
「私はこの中から一種類ずつ食べていく。何か美味しい食べ物があれば儲けもの、レモン汁みたいな酸っぱい食べ物があれば大当たり。私のお腹が壊れたら大当たり……。なんてね、はは……」
私はお腹を壊す可能性を考えて腹をくくる。
「キララ様、ここにある食べ物は全て食べることが出来るので安心してください。私達には味というものがわかりませんから、酸っぱいものがよくわからないのです。キララ様の味覚で覚えさせていただければいいのですが……」
ベスパは舌を出しているものの、酸っぱい品を食べた覚えが無いからか味がわからないようだ。
「ふぅ。これだけ集めてもらったんだから、後は私が体を張るだけ」
――アイドル時代、流されるがまま流され続けて体をどれだけ張ってきたと思ってるの。ゲテモノ、激辛、大盛り、グラサンプロデューサーに言われるがまま受け続けてきた仕打ちに比べれば……。
私は手始めに一番近くにあった、いかにも不味そうなブドウ状の実を手に取る。
「真緑の果実をいただきます」
一粒を口に放り込む。嚙んだ瞬間に口の中が一気に狭まり唾液が持って行かれる。
「まっず……。こりゃ食べれても食べようとは思えないな」
――言うなれば渋柿のブドウ版。乾せば美味しくなる可能性がある。でも、今回は目的が違うため見送った。
二種類目、三種類目と違う実に手を付けていき先ほどと同じ顔をする。
「これも不味い。これも不味い……。不味すぎて舌がおかしくなってる……」
無味無臭な物もあれば、苦いものまである。だが、酸っぱい実は一個も無い。
「どうしてどうして、こんなにもいっぱいあるのに……。苦いか、無味か、渋い物しかないの……。辛いとか、甘いとか、そんな素敵な味がどうして無いの……」
気づけば、山のようにあった実や食べられそうな果物が既に最後の一個になっていた。
「お願い……。一番レモンに似ていたから最後まで残したけどこれが私の求めていた物じゃなかった場合、この山にもう可能性が無い……」
私は最後の一個に齧り付く。
「う、うう、ううう…………苦い」
――どうして、どうしてなの。こんなにレモンに似てるのに苦すぎるでしょ! 中身もレモンみたいなのに! 苦い! 苦い、苦い~~!
私はその場で赤ちゃんのように駄々をこね、日が真上に差し掛かり白みがかっている空を見上げた。
「キララ様……、この中にキララ様が求めている物が無かったということでしょうか?」
ベスパは私の食いかけた実を全て食しながら訊いてきた。
「そうみたい。はぁ、収穫は無しか。まぁ、うまいことが連続して起こる訳ないよね……」
私は食べ過ぎてパンパンになったお腹を支え、一気に立ち上がる。
「よし、クヨクヨしてても仕方ない。ベスパ、今から街に行くよ!」
「え、今からですか? 乗り物を待っていたら帰りが遅くなってしまいますよ」
「レクーに乗せてもらえばすぐに出発できるよ」
私は山から出て、レクーのもとに走って行く。
「え、今から街にですか……。まあ、僕は問題ないですよ」
レクーは気楽に言う。
「良かった。それじゃあ、お爺ちゃんに伝えてくるから、ちょっと待ってて!」
私はお爺ちゃんに街に行くことを伝え、一応ライトとシャインにも伝えておいた。
「よし、これで万が一遅くなっても問題ない。例え『ブラックベアー』に襲われても、姉さんに勝ったレクーなら追いつかれることは無いでしょう。ベスパも一応いるし……」
私は戦闘面に対してあまりにも頼りないベスパを見る。
「一応って何ですか、一応って! 私だけでも『ブラックベアー』くらい問題ありませんよ!」
ベスパは胸を張り、大見えを切る。
「ほんとかな……」
「ほんとです! いざとなれば、私だってすごいんですから!」
ベスパは私の真上で八の字にくるくる飛び回る。
「まぁ、期待はしてないけど、いないよりはましだしね……」
私は手綱を持ち、レクーが待っている厩舎へと急いだ。
「お待たせレクー、それじゃあ街に行こうか」
私はレクーを厩舎から出し、背中にまたがると……。
「よし! 行きます!」
「ちょ、安全にね……てっ、うわっ~~~~!」
レクーは一気に加速し、土道を勢いよく走り出した。
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