皆で朝の勉強をする
カッコイイ人の隣で勉強した方が効率が上がると言われたら、私は逆に下がるだろうと答える。だって、隣にいる人が気になって仕方ないんだから……。逆もしかり、隣に美女がいて成績が上がるだろうか……。多分、気になって勉強に集中できないはずだ。
勉強とは集中力が命。例え一〇時間勉強しようとも、集中できず、中途半端な労力しか懸けていなかったら成長しない。でも、一時間の勉強に全てを懸けるといったくらいの集中をすればメキメキと成績が上がるはずだ。
何をするにも時間と集中力。この二つを掛け合わせて本当の力を発揮する。きっとどちらかが少なくても多くても成長しないだろう。二つが合わさって始めて成長に繋がるのだ。
初めは二メートルほど離れて勉強していたが、どうせならなるべく離れて勉強しようという話になり、私とシャイン、デイジーちゃん、ガンマ君の四人は四つ角に移動した。
ライトは中心で鎮座している。
問題や勉強が理解できなければライトに聴きに行けばいいという作戦だ。
シャインとデイジーちゃんは計算問題を、私は外国語や国語など、ガンマ君も読み書きと言った具合だ。勉強の難易度は簡単な問題でも小学校低学年くらいある。
でも、皆の集中力は小学生を凌駕している。なんせ、遊び盛りの小学生たちは授業をまともに聴いている子の方が少ない。まぁ、この場にいる子供達は皆、集中力の猛者たちだ。勉強をし始めたら全く喋らなくなり、家の近くを流れる川のせせらぎしか聞こえてこない。
勉強を開始してから何時間ほど経っただろうか。体感で二時間ほど経ったころ、集中力が切れた私はいったん休むことにした。
「ふぅ~。はぁ~。疲れた……」
私の書き込んだ魔法陣はざっと二○枚。一〇枚に一時間ほど掛かるとしてやはり二時間ほど描き続けていたようだ。
魔法陣の出来栄えは良くも悪くもない。文字は相変わらず汚いが、読めなくは程度だ。
私の魂に擦り込まれた日本語をルークス語と魔法陣の練習の繰り返しで少しずつ薄くしていく。目標はひらがなや漢字の形の癖を無くせるまでになりたい。
初めからルークス語を学んでいる子供達は皆、私よりも文字が綺麗だ。なので私は魔法陣や文章を皆に見せるのが少々恥ずかしいと思ってしまうことがしばしばある。でも、恥ずかしがっているだけでは上達しないのだから、練習あるのみだ。
私は席を立ち、外の空気を吸いにデイジーちゃんの家を出た。
「すぅ~はぁ~。うん、いい空気。まさかここが瘴気に満ちていたなんて思えないな。木々も植え直されてるし、川の水も綺麗。いや~、こんな綺麗な場所になるなんて、感激だよ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう、無理……。数字、見たくないよぉ~」
私が外の空気を吸っていると、シャインも家から出てきた。どうやら限界の限界だったらしい。でも、二時間もくもくと勉強していたのは彼女にとって初の体験だったかもしれない。
「シャイン、すごいじゃん。こんな長い時間、勉強できた覚えないでしょ」
「え……。た、確かに……。影が三○度傾いてるのからして、二時間経ったんだ。私、二時間も勉強していたの?」
シャインは眼を丸くして驚いていた。
「そうみたいだね。一日一〇分でも勉強出来たらいい方のシャインが二時間も勉強できるなんて快挙だよ。良く頑張ったね。凄い凄い」
私はシャインの頭を撫でた。なんならシャイン自身が一番驚いており、驚愕している。いったい何が彼女をここまで追い込ませたのだろうか。
「シャイン、なんで二時間も頑張れたの? いつもならすぐ出ていくでしょ」
「えっと……、一番に出ていくのは何か恥ずかしくて……。ガンマ君がいるし、デイジーもいるし……」
どうやらシャインは自分が外に出るのが恥ずかしいから頑張っていたそうだ。
まぁ、自尊心の少々高いシャインならではの頑張り方だったんだな。私は頭が疲れたから出て来ただけで、疲れの現れた時間が一〇分だったとしても特に恥ずかしくない。
一〇分ほど外の景色を見ながら呼吸を整え、水分を取り、また家の中に戻る。
シャインはもう戻りたくなさそうな表情をしていたが、私があと一時間で勉強は終わるからもう少し頑張ろうと鼓舞すると、彼女は歯を食いしばって家の中に戻る。
私は自分の席に向かい、紙に魔法陣を描いていく。いつも通りの工程を少しずつ難しくしていく。一文字ずつ増やし、長文の呪文を書き込めるようになるのだ。
ライトは魔法陣いっぱいに文字をびっしりと詰められるが、私はまだまだ出来ない。文字を一周つなげるのだけでも難しいのに、何層にも分けられているとかあり得ない。
私は首を振る。ライトと比べても仕方ないのだ。
――自分の実力を向上させることの方が比べることなんかよりも大事。弟が天才なら姉の私も天才じゃなきゃいけないなんて、考える必要はないんだ。ライトとシャインに姉が頑張る姿勢を見せて努力を怠らないことの大切さを教えないと……、天才でも腐ったら意味がない。
私は背中で語る姉を目指し、努力し続ける。
部屋はライトの展開している魔法陣によって熱が吸収され、とても涼しい。そのおかげで勉強が捗って仕方がない。
電力のいらない冷房の効いた部屋で羽ペンと紙が擦れ合うカリカリと言う音とガタンッという誰か寝てたなとわかる振動、中央から発せられる神々しい魔力……。部屋の内部の雰囲気は超集中状態。
周りに感化された私は残り一時間の勉強を全力で行った。
私にはあまりにもあっという間の三時間で三○枚の魔法陣を描き終えた。一枚目から見ていくと、少しずつ文字が増えており、綺麗になっているような気がする。本当に気がするだけで上手くなっているのか実感がわかない。でも、呪文の文字数が増えているのは嬉しい。魔力を流して光らせないと文字が見えないので、ただの紙を眺めているおかしな人に周りからは見えるかもしれないが、れっきとした勉強なのだ。いわゆる見直しという最も大切な勉強を終えた私は、ライトの方に向かう。
「ライト、三時間経ったよ。朝の勉強はここまでにしよう。シャインとデイジーちゃんがもう、伸びきっちゃってる」
「え? もう、三時間経っちゃったの。まだ、三分くらいしか経ってないと思ってたよ」
「いや、さすがに三分はないでしょ……」
――ライトの時間感覚はどうなっているのだろうか。まぁ、実際の時間と感じている時間は速度が違うって言うし、時間そのものが曖昧だし。別に気にしなくてもいいか。
シャインは木の箱にぐで~っと倒れ込んでおり、デイジーちゃんは床に寝転がっている。
ガンマ君は正座をしながらもくもくと勉強し続けていた。もう、文武両道の優等生にしか見えない。
とりあえず皆で外に出て新鮮な空気を吸い、眠気を飛ばす。日差しも出てきて気温も上がってきた。
「グルルルルル~」
誰かのお腹が鳴り、シャインが赤面する。どうやら、彼女のお腹が鳴ったらしい。隣にガンマ君がいたので聞かれたのが恥ずかしかったのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ朝食にしよう。パンと牛乳はもってきたから、自分の好きなところで食べようね」
私達は朝五時から勉強を始めていたため、三時間経った今は午前八時頃だ。
私は村から持ってきた黒パンと牛乳瓶を子供達に配り、自分達の好きな場所で朝食をとることになった。
私は川に向かい、涼しい雰囲気に浸りながら勉強後の美味しい朝食を行う。いつもいつも朝が早くて仕事中の朝食なので、こんなにまったりとした朝食も七日ぶりだ。七日に一度くらいまったりした時間がないと仕事なんてやっていけない。何なら二日欲しいくらいだ。
――ほんと、働きっぱなしの子供時代でいいのだろうか……。でも、そうしないと生きていけないから、仕方ないな。
私は黒パンを手でちぎり、口の中に放りこむ。そのまま、牛乳を含み、黒パンを柔らかくして噛みやすくする。大麦の香りと牛乳の甘さが合わさって食べ応えのある朝食だった。
パンと牛乳しかないが、これだけでも十分贅沢な朝食である。ネード村に牛乳はないし、お金もない。皆ギリギリの生活をしているのに笑顔が絶えないのはなぜか。私にもわからない。でも、ネード村の雰囲気がいいだけで、私の心も軽くなる。
おまけ。勉強中の皆の頭の中。
キララ。
――ファイア、サンダー、フリーズ、ロックアップ、ウィンド、ライト、ダーク。
ライト。
――どうしたらデイジーちゃんは僕に振りむいてくれるのだろうか。ん~、恋の演算方式でも考えるか。
シャイン。
――うぅ、うぅぅ……、数字が、数字が迫ってくる……。倒しても倒しても永遠に追いかけてくる……。
デイジー。
――ガンマ君を見てるとなんか……、ドキドキするな。なんでだろう。って、駄目駄目。勉強勉強!
ガンマ。
――あ、い、う、え、お。ん~、いい感じに書けてる。いやいや、もっと頑張らないと。僕だけ勉強が物凄く遅れてるんだ。賢くなって学園に行ってテリアを楽させてやるんだ。




