決着
今、私はとある戦いに立ち会っている。
――とうとうこの時が来たのだ。
「レクー、お爺ちゃんと姉さんを倒しに行くよ! 姉さんにレクーの成長を見せよう!」
「はい、今なら絶対に勝てます!」
私とレクーは、今までどんなに忙しくても毎日欠かさず、走行の練習を行っていた。
お爺ちゃんと姉さんに勝負を何度も挑んだが、惨敗続きで一向に勝てなかった。
だが、最近はレクーの体格がさらに大きくなり、持久力もついた。私も毎日行っている牛乳運びなどで体力が少しは付いていた。
今の私ならレクーを完璧までとは行かないが、少しだけ乗りこなせる。そう、感じる日が多くなった。
今日、お爺ちゃんと姉さんにざっと一〇〇回目の戦いを挑もうとしているところだ。
九九対〇というとんでもない数負け続けてきた。昔のレクーならすぐに諦めていただろう。なんなら、惨めになって走るのすら嫌いになっていたかもしれない。でも、今のレクーは違う。何もかもが違う。
体格や精神、持久力が何もかも昔と違うのだ。
「来たか、キララ」
お爺ちゃんは強者の風格を出し、私の顔を見た。
「お爺ちゃん、今日は勝つよ!」
私は大きな声を出して気合いを入れる。
「また負けに来たのね、レク!」
姉さんは凛々しく立っていた。真っ黒な巨体が際立ち、威圧感が半端ではない。
「母さん、僕はあなたに勝つ! 絶対に勝つ!」
レクーも気持ちを高ぶらせ、身を引き締めていた。
空気は早朝の為とんでもなく冷たい。でも、私たちの心と瞳は氷を溶かすのではないかと言うほど燃えていた。
私たちの戦いは村の一大行事として盛り上がりを見せるまでに大きくなっていた。
バートンに乗った私とお爺ちゃんのどちらが勝つかを予想するのだ。勝った方を選んだ人に、牛乳パック一本を無料でプレゼントする話しになっている。
さすがに九九回勝っているお爺ちゃんを応援する人は多いが、レクーの頑張りに感化される人も多くいるため、いつも予想は半分半分になる。
「今日も勝ってね! ビオタイト!」
「レクティタ! 今日こそは勝てるぞ!」
村人たちの熱い声援が飛ぶ。
「皆さん、ビオタイトとレクティタの試合を、牛乳を飲みながら応援しませんか!」
ライトとシャインはビールの売り子のように牛乳瓶を木箱に入れ、売り歩いていた。
「シャインちゃん! こっちに牛乳瓶二本!」
「ライト君! こっちに牛乳瓶三本追加で!」
「はい! ただいま!」
ライトとシャインは息を合わせ、声がした方向に散らばる。
もともと娯楽が少なかったこの村では、バートンの試合が日々の鬱憤を発散するのに丁度良い刺激だったようだ。
――えっと、競馬みたいになっちゃってるけど、お金は賭けていないから問題ないよね……。
観客が増え、集客が十分終わった後、私とお爺ちゃんはバートン場に設置された開始位置に付く。
ライトの魔法を合図に一〇〇回目の試合が始まろうとしていた。
「ただいまより、第一〇〇回レクティタ対ビオタイトの試合を開始します。僕の魔法が打ち上がりますので打ち上がったと同時に走りだしてください。それでは……行きます!」
ライトは台に乗り、右手を高く持ち上げる。
私とレクーは身構えた。
お爺ちゃんと姉さんはいつも通り、冷静だ。
「『ファイア!』」
ライトの魔法が上空に上がる。爆風が私の髪とレクーの鬣を靡かせた。
私は真っ赤な『ファイア』を瞳で確認したと同時に手綱を引き、レクーに合図を送る。
――お爺ちゃんはさすがに早い!
お爺ちゃんとビオタイトは息が合いまくっており、誤差ゼロ秒で走り出していた。走り出しが綺麗すぎてすでに負けた気分になる。だが、ここで諦めたら負け濃厚だ。気持ちを切り替えて姉さんのお尻に着いていく。
先頭はお爺ちゃんと姉さんが悠々と走っていく。姉さんの体力ならば一周一八〇〇メートルのダートを疲れることなく二周走り切ることが余裕で出来るだろう。このバートン場はあまり大きくないため、どこかで仕掛けないと決着がすぐについてしまう。
「レクー、今は足を溜めて最後の直線で勝負をかけるよ!」
「わかりました!」
私は自動二輪に乗っているような感覚に陥るほど、強風を顔に受けている。それだけ、レクーの足が速いと言うことだ。
私は体を揺らさないように細心の注意を払う。レーンの内側へと少しずつ入って行き、わざと姉さんの後ろ側についた。
「私を風よけにしようってか……。そんな簡単にやらせないよ!」
姉さんは後ろ脚で地面を蹴り上げるさい、土を根こそぎ彫り上げる。
彫り上げられた土はレクーに向って飛んで行き、片目に当たったのか大きくふら付く!
「レクー! 耐えて!」
私は手綱を引き、レクーの首を誘導したままコーナーに差し掛かった。
「大丈夫、レクー!」
「は、はい。問題ないです……。視界が一瞬悪くなっただけなのでまだ追いつけます!」
姉さんに大分離されてしまったが、レクーはまだ諦めていない。私の心が火傷しそうなほど、レクーの燃え盛る気持ちが伝わってくる。
「それなら、私だって諦めない!」
私は心の炎を更に燃やし、レクーの熱と合わせあい、姉さんに勝ちたいというエネルギーに変換させた。
私は更に姿勢を低くし、レクーの体力を少しでも削らないように試みる。
「何度も練習してきた。お爺ちゃんの動きだって何度も見てきた。私の体は今動いていないはず……」
「はい、何も乗っていないみたいです。僕だって何度も練習してきたんだ、絶対に勝つ!」
レクーは首を下げ、速度をさらに上げる。二週目に差し掛かり、姉さんとの距離は四バートンほど離れている。
村人が息をのみ、決着の瞬間を見つめる。大きな声を出す人はいなかった。
皆、レクーと姉さんの走りに見とれていたのだ。力強く、しなやかに動く足。それでいて速度を落とすことなく走り抜ける肉体。何もかもが目を引き付ける。
レクーの勝ちたいと思う気持ちが言葉は伝わらずとも、村の人たちに伝わっているはずだ。
――勝て、勝て、勝て、勝て……。
「皆の心の声が聞こてくる……」
レクーは皆の熱い眼差しを受け、加速する。
「さぁ、来い! レク!」
姉さんはレクーが上がってくるとわかるのか、叫んだ。
最後の三週目に差し掛かる。
私たちは姉さんの後ろに再度つく。
――姉さんが同じことをするとは考えづらい、もう一度後ろに着いて最後の直線で追い抜く。万が一同じことをやってきたとしても、その隙をついて姉さんの前に出る。レクーも相当無理してる、姉さんだってずっと追われているんだ、少しくらい疲れが残っているはず。
最後の直線に入る最終コーナー、姉さんはコースギリギリを責め、私たちが内側から抜くのを阻止してくる。
――こうなったらもう、外側から差し込むしかない。
最後の直線、外側から差し込んだレクーは姉さんと並ぶ……、いやギリギリ並べていない。
どちらも全力、どちらも手を抜いていない。そんなこと誰が見てもわかるほど、接戦を繰り広げていた。
――追い抜いて引き離せない! でも、ここが正念場だ。冷静になれ。
皆が息をしていないように見えるほど周りの時間がゆっくりと流れていた。
私は呼吸を忘れ、ただただ目の前を見続ける。
最後までどちらが勝つかわからない。
レクーと姉さんは横並びになり、体をぶつけ合う。
私達は村人の熱い眼差しによって熱波と化した風を切り開いていく。
私たちは叫んでいた。きっと叫んでいたのに叫び声が聞こえない。
声にして出した音は私たちの耳に届く寸前、風によって後ろに流れて行っているのだろう。
誰の声も聞こえない。ただ、ゴールだけを見て、見て、見て、見続けていた。レクーと走る感覚だけが体にしっかりと伝わってくる。
隣を見る余裕なんてない、その白い線を先に踏み越える。ただそれだけ、ただそれだけを考えろ!
「行け―――――――――――!」
「グおおおおおおおおおおおお!」
私達は音や風を置き去りにして走る。
「ふっ……、やるじゃないか……」
最後の瞬間、私たちはお爺ちゃんと姉さんの笑う顔を垣間見た。
「勝った……。レクティタが勝ったぞ……。ほんの鼻先の差だったが確かに勝った……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
大歓声が田舎の村で起こった。
「勝った……。ねえレクー、私達は勝ったみたいだよ。姉さんとお爺ちゃんに勝ったんだって」
「はい、実感がわきません」
レクーは空気を震わせる大歓声を浴び、身震いしていた。
「キララ、レクティタ、よく頑張ったな。いい走りだったぞ」
お爺ちゃんは姉さんから降り、共に歩いてきた。
「あ、ありがとうお爺ちゃん……。はは、実感が全然わかないや……」
私は後頭部に手を置き、苦笑いを浮かべる。
「レク、貴方がここまで成長するなんて全く思ってなかった。たったの一勝だって譲る気は無かったのに、貴方は私を抜いた、立派になったわね」
姉さんはレクーの首に自身の首を擦りつけていた。
「お母さん……」
レクーは子供に戻ったように姉さんに身を寄せる。
その日はお祭り騒ぎだった。
――牛乳もいっぱい売れたし、姉さんにも勝てたし、凄い濃い一日だったな。
一〇〇回目の試合が終わった後、姉さんは試合に二度と出ることは無かった。
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