魔物も動物と同じで温かい
「硬い……。これ、針が皮膚に通るのかな」
血で針が滑り、力が上手く伝わっていないと言うのもあるが、そもそもブラックベアーの皮が硬すぎる。
――子供のころからこんなゴムみたいな皮を持っているなんて……。そりゃあ、大人になるにつれて強靭な体になっていくよな。この皮膚を紙切れの如く引き裂いてしまう腕力と顎の力……恐ろしい。
私は針の周りに魔力を纏わせて指との接地面積を増やし、滑りにくくする。あわよくば貫通力も上がってくれないかと思ったが全く上がらず、力押で行うしかない。
皮膚が針の先に伸ばされているが少しずつ入っている感覚はある。私の筋力がもう少しあればもっと簡単に刺せただろう。
腕に力を長い間入れて針が皮を貫通した。
「や、やっと入った」
針が皮に突き刺さり、縫い始められる。何度も硬い皮に阻まれながら、時間をかけて縫い終わった。
ざっとニ○針くらい縫い合わせ、傷口を閉じた。一度縫い終わり、慣れた私はお腹の噛みつき傷や顔の引っかき傷を縫い合わせていった。
三○分以上かかった気がする。
「よし、あとは包帯を巻いておくだけだ」
――魔物も傷口が化膿とかするのかな。化膿するなら薬が必要になるのか。ブラックベアーには薬草くらいしか利かないのかな。どうなんだろう……。
私は魔物に対しての知識が無さすぎる。そのため、少しでも知ってそうなカイリさんに話かけた。
「カイリさん。ブラックベアーの体の回復速度はどれくらいですか?」
「そうだね……。リザードの尻尾の再生速度くらいかな。人よりは各段に早い。ただ、以前戦ったブラックベアーのような速度はあり得ない」
「そうですか。ありがとうございます」
――ブラックベアーは簡単に死なないと思うけど、病気に対してどういった反応を見せるのかわからないからな。実験じゃないけど、この子達の進行状況を見て調べてみよう。ベスパ、包帯はある?
「はい。すでに用意してあります」
私はベスパから受け取った包帯を子ブラックベアーの体にある傷口に巻き付けていった。だが、子供とは言え大きな体をしている。私の力では持ち上げられず、ベスパ達の力を借りようとしたが、あまりに近すぎるため、断念。
カイリさんは母親のブラックベアーにバリアを張っているため、子供の方に構っている余裕はなかった。
そんな時、厩舎の建物を治し終えたライトが私のもとに駆け付ける。
「姉さん、なにしてるの?」
ライトは私の行動を見て眼を丸くしていた。
「見たらわかるでしょ。この子を助けているの」
「え? 魔物を助けるって……、姉さん、正気?」
「正気、正気。私はいたって正常だよ。母親のブラックベアーが子供を助けてほしいと言ってきたから、助けてるの。ライトも手伝って。出来れば『身体強化』を行った状態で」
「わ、わかった。『身体強化』」
ライトは身体強化を使い、全身に淡い光を纏う。
「じゃあ、子供を持ち上げてくれる。包帯を胴体に巻きたいんだけど、重くて持ち上げられないの。身体強化を行ったライトなら、持ち上げられるでしょ」
「まぁ、でも、ブラックベアーの子供を抱きかかえるなんて普通しないよ。万が一起きて僕の腕が千切られたらどうするのさ」
「大丈夫。安心して。絶対に噛んでこないから。血液が大量に流れ出ているから眼を簡単に覚まさないよ」
ライトは子ブラックベアーにしぶしぶ抱き着くようにして掴み、ぐっと持ち上げる。
子ブラックベアーは雄だった。
特に気にせず、私は包帯を体に巻いていく。子ブラックベアーの体は見る見るうちに包帯塗れになっていき、黒い毛皮と茶色の包帯が合わさり、新種のクマのようだ。
――よし、口にネアちゃんの糸を巻き付けて噛みつきを防止。いきなり動かれても困るし、手を縛っておこう。後ろ脚だけじゃ、全力で走れないはずだから危険な手だけで十分。
「じゃあ、ライト。子供の方をよろしく。私は母ブラックベアーの方も治療するから、終わったらまた手伝って」
「う、うん。わかった」
ライトは潔く聞き入れ、私の行動に従ってくれる。
カイリさんは終始ヒヤヒヤとしていた。
「ぐぬぬぬぬ……」
後方から殺気のような威圧感が飛んでくる。どうやら、お母さんがまぁ~怒っているご様子で、私はお叱りが確定した。
――ネアちゃん、母ブラックベアーの方はどんな感じ?
「もう少しで終わります。体が大きいので血管も太く、縫う回数が多いんです。なので時間があと少し掛かるかと」
――わかった。私は皮膚の縫い付けを始めておくね。ネアちゃんの出られる大きさは開けておくから、最後に救出するよ。
「わかりました」
ネアちゃんは血管や筋肉を細くしなやかな糸でシュシュシュっと繋いでいた。手先が早すぎて見えない。だが、血管と血管の間に糸が伸び、いつの間にかくっ付いているのだ。
神業に近しい手腕に私は驚くしかなかった。
私は子ブラックベアーより遥かに硬い皮膚に苦戦していた。あまりにも硬くて、針が通らない。強化系魔法を付与できればいいのだが、生憎新しい魔法陣を構築している時間はない。
――ベスパの針でブラックベアーの皮膚に穴を開けられない?
「どうでしょう、おこなえるかどうかわかりませんが、試してみますね」
ベスパは魔力体から実物になってお尻からトッキントッキンの針を出し、傷口の周りに等間隔で穴をあけていった。本当に小さな穴で肉眼では見えにくいが、確かに開いている。
私は手に持っている針を穴に差し込み、ぐっと力を入れると先ほどよりも容易に貫通し、縫えるようになった。
「これなら……、行ける」
私は同じ工程を繰り返していき、ネアちゃんが丁度出られる五センチメートルほど隙間を開けたところで待機。八分後、ネアちゃんから声があった。
「キララさん、縫い終わりました。私を出してください」
――わかった。
私は傷の切れ目から手を突っ込み、ブラックベアーの体内からネアちゃんを探す。
――うぅ……。生暖かい、グチョグチョ……、気持ち悪い……。あ、いた。
私はネアちゃんをそっとつかみ、脱出させる。
「ありがとうございます、キララさん」
ネアちゃんの体が真っ黒になっており、悪者感が強い……。
――ネアちゃんもお疲れ様。今から傷口の縫合を行ってくれる? 私の手じゃ時間が掛かって仕方ないの。
「わかりました、お任せください」
私はネアちゃんを他の傷に持っていく。すると、ミシンで縫っているのかと思う速度で傷が塞がっていく。ネアちゃんの存在は手で隠しているので私が傷を縫っているように見えるかもしれない。
「ね、姉さん。いつの間にそんな裁縫が上手くなったの……」
「い、いやぁ~。これくらい、チョチョイのチョイだよ~。ライト、子供の方は大丈夫?」
「うん。安定してるよ。温かいから死んでないと思う。でも、魔物も普通の動物と同じで温かいんだね」
「確かにね。この子達も生きてるんだよ。だから暖かいの」
「そうだよね……。魔物は敵だって思っていたけど、こうやって寝ていたら特に害を感じないけどなぁ……」
「ライト君、あまり魔物に情を持ってはいけない。魔物は動物と違い、狂暴な種類が多いんだ。過去、魔物を家畜化しようとした研究者がブラックベアーの子供を育てていたんだけど、食われて死んだという事故もある。魔物は狼といっしょで人には懐かない」
「そ、そうですよね……。この子達は敵ですもんね」
ライトは子供のブラックベアーをぎゅっと抱きしめ、そのモフモフの体に顔を埋めていた。
――ベスパ。ブラックベアーは私と会話ができるから、頭が相当良いよね。
「そうですね。魔物の中でも頭のいい部類に入ると思いますよ。ゴブリンやウォーウルフ当たりと同等か、それ以上かもしれません。メークルより頭が良いのは確かです」
――あの子達は食欲旺盛なだけだと思うけど……。まぁ、頭が良い魔物で興奮状態じゃないのなら会話をして制御って出来るのかな?
「どうでしょう……。わかりませんね。でも、キララ様に仕えるということで何か利点があれば魔物でも使役できるかもしれませんよ。言葉が通じれば相手の欲しいものがわかりますからね」
――それもまた実験か……。
私は母ブラックベアーの傷を全てつなぎ合わせた。私じゃなくてネアちゃんが何だけど。
ネアちゃんは縫っている状態だと物凄く早く動けるようで、少々気持ちが悪い。でも、縫い終わると電池の抜けた玩具のようにスン……と動かなくなる。体力の限界か、ただただ天敵から身を守るための策か。とりあえず私はネアちゃんを優しく包み、髪留めに擬態してもらって前髪をかき分けながら付ける。
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