トラウマでも肝の据わった母親だと思えば……
「フロックさん、ちょっと待ってください。私がブラックベアーを拘束します」
「キララが? お前、拘束魔法も出来るのかよ。でも、ブラックベアーに魔法の類は効果がないぞ」
「縄で縛るだけなので、ブラックベアーにも効果はあるはずです」
「縄なんて、あいつらの力ならすぐに千切られるぞ。鉄製の縄くらい硬くないと拘束なんて出来ない」
「なら、大丈夫ですね」
「ん? どうして大丈夫なんだ……」
――ベスパ、ネアちゃん、雄のブラックベアーを拘束して。
「了解です」
「わかりました!」
ベスパがネアちゃんを支え、動こうとしているブラックベアーを糸でぐるぐる巻きにしていく。少しキラキラしている糸で、私の魔力が練り込まれているとわかった。きっと簡単に切れはしないだろう。
数秒でブラックベアーは蚕の繭みたく、拘束され、身動きが全く取れないようになった。魔石を潰されていなければ魔物は死ににくいはずだ。このまま放置しても大丈夫。
問題は奥さんの方だ。
「グラ……、グラァ……」
(子供を、子供を……、助けて……)
倒れ込むブラックベアーは首元から大量の血を流し、牧場の地面を真っ黒に染めている。
ブラックベアーに魔法の類は利かない。つまり、回復魔法も使えない。人の血には赤血球が流れており、ヘモグロビンと言う物質のせいで赤く見えるそうだ。逆に魔物の血液が黒いのは魔力を多く流しているためだと思われる。
魔力の根本の色は多分白。だけど、瘴気は黒。きっと魔物の血には瘴気と似通った魔力が流れているのだろう。だから、黒くなるし、死ぬと瘴気が発生するのだ。
魔石は魔力がなければ動かない。つまり、魔物も大量の出血で死ぬ可能性がある。このブラックベアーは私たちを襲いに来たわけではなく、助けを求めて来たのだ。
魔物が人に助けを乞うなんて……、私がブラックベアーに助けてと言っている状況に等しい……。このブラックベアーのお母さんは殺される覚悟で人里に降りて来た。肝がそうとう据わっているようだ。
――ベスパ、子供の方を連れてきて。たとえトラウマだとしても、立派な母親だと思えば……。怖くない。
「了解です!」
ベスパは雌のブラックベアーが言う、子供のブラックベアーを連れてきた。
顔に大きな傷がついており、誰にやられたかは一目瞭然。きっと暴走していた父親にやられたのだろう。
母親同様、大量に血を流し、息をかろうじてしている。体長は一メートルほどでまだ生まれてから一年も経っていないと思われる。体には噛みつかれた痕があり、とても痛々しい。黒い血塗れで瀕死の状態だった。
「これは……。と、とりあえず血を止めないと。でもこんな大きな傷、圧迫止血じゃどうしようもない。魔物の血管の位置なんてわかるわけないし……、無理にでも傷を閉じさせて止血するしかない……」
「キララさん。私が体の中に入って血管をつなぎます」
私の頭にネアちゃんの声が聞こえた。
――ネアちゃん、血管をつなぐとかそんな荒業が出来るの?
「はい。管と管を繋ぎ合わせるなんて、私に掛かれば簡単な作業です。なので、私をお子さんの傷口においてください」
――わ、わかった。ベスパ、ネアちゃんを私のもとに運んで。
「了解」
ベスパは雄のブラックベアーを縛っていたネアちゃんを私の手の平に運ぶ。
私は片手でネアちゃんを持ち、子供の傷口に持って行った。そのさい、私は自身の体を使ってネアちゃんを隠す。
フロックさんは雄のブラックベアーを見張り、カイリさんは雌のブラックベアーをバリアで閉じ込めて私の近くにいた。見張る必要はないと思うが、万が一何かが起こるといけないからいるらしい。さすがの判断だ。
ライトはモークル達のあらぶりを止め、厩舎の修理、シャインは木剣を持って他の魔物が辺りをうろついていないか調べてくれている。
皆にビーが数匹ついているので情報がベスパに全て送られてくる。危険な状態ならすぐに知らせてくれるはずだ。
つまり、私の近くにいるのはカイリさんただ一人。お父さんやお母さん、お爺ちゃんは駆けつけてくれていたが、非戦闘員なので魔物から離れるようにカイリさん達に言われていた。
私は手を真っ黒に染めながらも、子供の生暖かい肉に触れている。だが、気持ち悪くなってきた。ほんと外科の医者は凄い。あんなグロテスクな体内を見ても、しり込みしないんだから……。
一分ほどして頭の中に声が響く。
「キララさん。ブラックベアーの子供の太い血管は繋ぎました。多分、ここさえ止めれば死にはしないと思います。あとは大まかに縫い付けて包帯を巻いておけば自然と治癒されるはずです」
――す、すごいね。ネアちゃん。こんなに早く手術出来るなんて……。
「私は手先だけは器用ですから。唯一の利点を見つけてくださりありがとうございます。さ、もう一頭の方にも私を移動させてください」
――う、うん。
「カイリさん、バリアを一瞬だけ解いてください。母親の方も助けます」
「え、助ける……。魔物をかい? 私はてっきり解体しているのかと思っていたんだけど……」
「解体なんてとんでもない。生きているんですから、簡単には殺しませんよ。魔物でも人を襲いに来たわけじゃないんです。この子達は悪くありません。早く開けてください」
「わ、わかった。でも、危険だと思ったらすぐに倒すよ」
「はい。それで構いません」
カイリさんはバリアを解除する。
私は雌のブラックベアーのもとに駆け寄り、ネアちゃんを大きな傷口に移動させ、潜り込ませた。
『グラァ……、グラァ……』
(子供は……、大丈夫なの……。私より、子供を……)
「安心して。子供は大丈夫。死にはしないよ。今はあなたの方が危険なの。じっとしていて」
『グラァ……、グラァ……』
(あなたは本当に人間なの……。私達は……、魔物なのに……)
雌のブラックベアーから声が途絶える。眠ったのか、気絶したのかどちらかだろう。まだ死んではいないはずだ。
「私が施術している間に、キララさんは私の糸を使って子供の傷口を縫っていってください」
――ネアちゃんの糸? そんなのどこにあるの。
「私の糸は既に糸巻き棒に巻き付けています。キララさんの裁縫箱に入っているはずです」
――裁縫箱……。いつの間に。とりあえず、ベスパ。私の裁縫箱を部屋の棚から持って来て。
「了解しました」
ベスパは裁縫箱をすぐさま持ってきた。
私は受け取り、箱を開ける。糸と針山、針数本、ナイフしか入っておらず、とても質素な裁縫箱だ。
「これか……」
私はドロドロの手だと扱いにくいので、いったん手を魔法『ウォーター』で洗い、綺麗にした。
子ブラックベアーの方も血でドロドロなのでいったん水を含ませた服で綺麗にしていく。
私は内着姿となりカイリさんに見られる訳だが、妹がいるとのことなので私の姿を見ても特段何も思わないはず。なので、私の方が我慢する。
水を含んだボロボロの服が真っ黒に染まるも、血は綺麗に拭きとれた。毛皮が邪魔でよくみえないが、内側の肉は人と同じようにピンク色っぽいため、縫い合わせるのはさほど難しくなさそうだ。
――ベスパ。子ブラックベアーが縫い付ける痛みで眼を覚まさないよう『ハルシオン』を強めに打って。
「了解です」
ブラックベアーに『ハルシオン』の効果があるかはわからないが、使わないよりは使ったほうがましだと思い、子ブラックベアーを完全に眠らせる。もとから死んだように眠っているので、起きないと願いたい。
私は手をもう一度綺麗に洗った後、無駄にキラキラと光っている糸が巻きつけられた棒と針を手に取る。針をしっかりと持ち、光る糸を針穴に入れる。珍しく一発で通り、魔力を流して切った。糸の切れ目に結び目を作る。
――私、裁縫が得意ではないけど、上手く縫えるだろうか……。
私はネアちゃんが繋いでくれた血管のある首元の傷を縫っていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




