妻と子供は大切にしろ
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
(喰いたい食いたい食いたい食いたい! 肉! 食いたい!)
「グラア! グラアア! グラアア! グララ!」
(あなた! どうしちゃったの! 正気に戻って! おねがい!)
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
(雌! 雌! 食う、食う、食う! 子供食う!)
巨大なブラックベアー同士が牧場で吠え合っている。
初めに来たブラックベアーがもう一頭の大きなブラックベアーを抑え込もうと抱き着くも、狂暴化した個体は抱き着いてきた個体を容易に投げ飛ばした。だが、投げ飛ばされた方もめげずに、狂暴化したブラックベアーを抑え込みにかかる。
「こんなところに二頭も出てくるとは、俺がいるとも知らずにな! まとめて片付けてやる!」
フロックさんは暴走しているブラックベアーの方を先に倒そうと踏んだのか、大剣を構えて攻撃しようとしていた。
「フロックさん! ちょっと待ってください! その個体、様子がおかしいです!」
私は大声を出し、フロックさんを呼び止めた。
「そんなことを言っていると、また殺されかけるぞ。さっさと殺した方が安全だ」
「その二頭、夫婦みたいです! 夫の方がおかしくなっていると投げ飛ばされた方が言っていました!」
「なに? なぜ奴らの言葉がキララにわかる? あいつらは叫んでいるだけだろ。ただの人間に魔物の言葉なんてわからないはずだ」
「私にはわかるんです。今、理由はどうでもいいので、殺すのは少し待ってください」
「キララの言葉が本当だとすると確かにおかしい。ブラックベアーは愛妻家のはずだ……。妻を投げ飛ばすとかあり得ない」
フロックさんは二頭のブラックベアーをしっかりと観察し始める。
「え、ブラックベアーは愛妻家なんですか?」
「私達が狩ってきたブラックベアーは皆、雌に選ばれず狂暴化した雄だけなんだ。この個体は妻子がいるにも拘わらず、狂暴化している……。何かありそうだ。フロック、殺したらだめだよ」
カイリさんは顎に手を当ててフロックさんに命令する。
「ちっ! わかったよ。捕まえる方は専門じゃねえから、俺は苦手だぞ」
「私の方も素早い相手にはバリアで閉じ込めにくい。同じ方向に移動しているか、じっとしていてくれれば閉じ込められるのだけど……」
フロックさんとカイリさんはブラックベアーを殺す専門、つまり魔物を倒すプロだが捕獲するのは経験が浅い、素人。そうなると、二人に期待しすぎても駄目だ。モークル達を逃がすためにも、ライトを早く呼ばないと。
――ベスパ、ライトはどこ?
「今、ライトさんはキララ様の誕生日パーティーの準備中です。集中し過ぎてこの騒動が耳に全く入っていないようですね」
――もう、肝心な時に……。ビー通信で私の声をライトにとどけて。
「了解です」
ベスパが光ると私の前に一匹のビーが飛んでくる。マイクの代わりの子だ。一瞬叫びそうになったが、ぐっと堪えて私の声をライトに届ける。
「キララ様、準備が出来ました。ライトさんの近くにビーを待機させていますから声を出せば聞こえるはずです」
――わかった。ありがとう。
「ライト、ライト! 聞こえる!」
(え……。姉さん。どうしたの? あとちょっとで終わるから、もう少し待っていてよ)
「今、牧場の方でブラックベアーが二頭現れたの。すぐに着て。モークル達が恐怖で暴れているし、私達は本気で戦えないの。シャインの木剣が折れちゃってて抑制もできない」
(まさか、僕が飾りつけに集中してたらそんな事態になってるなんて。不覚……。すぐに行くよ)
ライトの声が消えたと同時に地面が潰れるような低い音がした。すると、上空に浮かぶ一人の少年がこっちに飛んでくる。それと同時にアラーネアを連れたビー達が森の中から集まってくる。ビー達は気を利かせてシャイン用の木剣まで持ってきた。
「おい、ブラックベアー共。姉さんの誕生日に何しに来た! ぶっ殺すぞ!」
ライトは魔力を身に纏い、だいぶお怒りの様子。このままじゃ、殺しかねない。
「ライト君! この個体は殺したらだめだ。生け捕りにして、色々調べたい! 周りにいるモークルが邪魔で本気で戦えないんだ。どうにかできるかい?」
カイリさんは機転を聞かせ、ライトに叫ぶ。
「なるほど……。なら、丁度いい。厩舎の中であらぶっている個体がいるから、その子にお願いしよう。その間に僕がモークルを厩舎に戻します。皆さんは危ないので下がっていてください」
「おい、ライト。何をする気だ!」
フロックさんはライトに叫ぶ。
「気が立っている雄のモークルがいるんですよ。このままだと、厩舎を破壊しかねないので……」
硬い木材が吹き飛ぶ音が厩舎の方から聞こえた。
「あぁ……、遅かった」
モークルの厩舎が破壊され、何かがものすごい速度で走ってくる。
「あ、あなた!」
私のすぐ近くにいる特に怖がっていないミルクが叫んだ。ミルクの旦那さんと言ったら、あの子しかいない。
「うぅぅ……。あなたぁ……」
逆にチーズの方は泣き崩れている。
「おい、おい、おい、おい……。俺のチーズをなに泣かせてるんだごら……」
ここらにいる雌モークルの夫である、ウシ君がものすごく怒った形相で厩舎から駆けてきたのだ。
「グラ……、グラァ……」
(あ、あなた……。正気に……、戻って……)
雌のブラックベアーは雄に勝てず、黒い血を大量の流しながら地面に倒れていた。
「グラアアアアアアアアアアアアアア!!」
(食いたい食いたい食いたい食いたい!!)
雄のブラックベアーは天空に叫び、鼓膜が破れそうなほどの大声をあげている。その八○メートルほど先に足裏で地面を強く掻き、今にも突進しそうなウシ君がいた。
「グラアアアアアアアアアアアア!!」
(食う食う食う食う食う食う食う!!)
狂暴になっているブラックベアーが動きだした。体長は五メートルほど。他の個体より、明らかに大きい。
「食ってみろやおらあああああああ! 妻を泣かされて黙ってられるかよ!」
対するウシ君は体長二メートル五○センチくらい。体格の違いは歴然だ。ウシ君もブラックベアーに向けて走り続けており、助走が長かったおかげか思いっきり加速し、頭を低く低く下げる。
「グラアアアアアアアアアアア!」
(食わせろおおおおおおおおおお!)
ブラックベアーは巨大な右腕をあげ、ウシ君に鋭い爪を食い込ませようと振りかざす。
「おらあああああああ! 懐ががら空きなんだよ! 妻と子供は大事にしろやぼけえええええ!!」
ウシ君がブラックベアーの懐に入り、腹に突進を決めた。そのまま思いっきり走り、森の大木に目掛けて突き進む。ブラックベアーの巨体を押し込める力がウシ君には備わっていた。さすがの潜在能力だ。加えてチーズを泣かされてぶち切れの状態なので、全身の筋力が相当上がっている。
「グラッ!!」
巨木が折れたのか、爆発音のような鈍い音が聞こえたと同時にブラックベアーはウシ君と木に挟まれ、口から黒い血を噴出す。
ウシ君はのそのそと後退し、チーズのもとへと走ってきた。ブラックベアーの雄は突進が効いたのか真面に動けなくなっている。
「チーズ、大丈夫か。すまない、厩舎の中で寝てた……」
「うぅ、遅いよぉ……」
ウシ君とチーズは頭をこすりつけ合い、無事を祝っていた。
「ちょっと、ウシ君。何で私の方には来ないの! チーズばっかりズルいじゃない!」
「あ……、み、ミルク。いや、その~、これはぁ……」
雌のモークル達が恐怖によって暴れている中、それほど怖がる様子を見せていないミルクがずけずけとウシ君のもとに歩いてくる。
「私だってウシ君の奥さんなのに、チーズばっかり構っちゃってさ~! どういうつもり!」
「あ、えっと……、その……、ミルクは泣いてなかったから……」
あの巨大なブラックベアーにも恐れおののかなかったウシ君がミルクにとんでもなく怖がっていた。どうやら、ウシ君にとってはミルクの方がブラックベアーよりも怖いらしい。
「ライト! モークル達の方をお願いできる!」
「任せてよ、姉さん。皆、厩舎に避難させるから『フロウ』」
ライトは巨大な魔法陣を牧場いっぱいに広げ、モークル達を浮かび上がらせる。
「な……、これほどまで大きな魔法陣、見た覚えがありません!」
カイリさんは地面に映る魔法陣に驚いていた。どうやら、ライトの巨大な魔法陣は規格外らしい。
ライトはモークルだけを浮かせ、厩舎にスーッと移動させる。もう、フォークリフトのようにスーッとだ。
牧場からモークルがいなくなり、私達は本気で戦えるようになった。
でも、ウシ君の突進で内臓をやられたのか、ブラックベアーの雄は立てずにいる。
「カイリ、今のうちだ。ブラックベアーをバリアで捕獲しろ」
「捕獲と言っても一時凌ぎにしかならないのは知っているだろ。私の魔力が切れたらバリアも消える」
「そうだな。じゃあ、四肢でも切り落としておくか……」
フロックさんが大剣を構え、ブラックベアーのもとに向う。
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