牛乳販売
私達は牛乳パックを配り終わり、帰宅した。そのまま、夕食になる。
「いや~、皆、物珍しい顏をしてたけど、喜んでくれたからよかった~」
「お姉ちゃん! 牛乳をお替り!」
シャインは鼻の下に白い髭を作りながら大きな声をあげる。
「僕も!」
ライトもコップの中身を空にして、私の方に突き出した。
「二人ともちょっと飲みすぎじゃない……。飲み過ぎはお腹を壊すよ」
私はシャインとライトに軽く注意して自分たち用の牛乳パックを持ち、二人のコップに牛乳をそそぐ。
「ホントにおいしいわね……。でもモークルの乳って確か凄く腐りやすいんでしょ。大丈夫なの?」
お母さんは私に訊いてきた。
「気温が低いなら一日くらい置いても問題ないよ。牛乳の中にある雑菌……て言ってもわからないか。え~と、牛乳の中にある汚い物質はライトの魔法『消滅』で全部消しているから簡単に腐らないよ。本当は冷やしておきたいんだけどね」
――まぁ、案の定……私の家に冷蔵庫なんて言う大層な品は無い。
「牛乳パックを渡した人たちにも『一日で飲んでください』って伝えたからお腹を壊す人は現れないと思う」
「そう……、なら良いのよ。私もおかわりを貰えるかしら」
お母さんはコップを空にして、私の目の前に置く。
「お母さんまで……」
「あ、あれぇ、お父さんの分は?」
お父さんの分の牛乳はシャインとライトに飲まれていた。
家族に大好評だった牛乳の味は本物だ。そう確信し、明日も頑張って仕事をしようと心に決め、ベッドで眠る。
ただ、牛乳パックを配った次の日、私が想定していなかった事態に陥る。
「あわわわ……、ど、どういうこと。まだ早朝だよ! なのに何でこんなに村の人たちがいっぱいいるの!」
「キララ! いったい何をしたんだ。多くの人が集まったせいで動物たちが驚いてしまっているじゃないか」
「ごめんなさい、お爺ちゃん。私にもよくわからないの」
牧場の入り口に多くの村人が鎮座していた。
私を見つけるや否や大勢で私に押し寄せてくる。
餌を持った状態で鯉の居る池に近寄った時のように『ドドドドっ』という音が聞こえてきそうなほど人が集まる。
「あ、あの! キララちゃん! お願いがあるんだけど、昨日の牛乳っていう飲み物また貰えないかしら。今日はちゃんとお金も払うから」
「え……、えっと、まだ準備できてなくて……」
「あら……、そうなの残念。なら今日の夜にもう一度家に来てもらってもいいかしら。その時にお金も払うは。銀貨二枚でどうかしら?」
「ぎ……、銀貨二枚! そそそそんなにもらえませんよ!」
私は両手と顔を横に振る。
――えっと確か銀貨一枚が日本円で一〇〇〇円くらい。じゃあ、牛乳も日本の物価くらいにするか。いや、それじゃあ、モークルの数的に少し安すぎるかな。
「とりあえず……銅貨五枚で良いです。皆にも飲んでもらいやすいように、これくらいの値段にします」
「あら! そんなに安くて良いの。それじゃあ、三本買うわ!」
「私の家にも三本お願い!」
「こっちは四本だ!」
私はこの状況を全く予想していなかった。まさか牛乳が異世界人にこんなに人気になるとは……。日本じゃ牛乳が余って問題になるくらい飲まれていない品なのに……。
そもそも、初めは売るつもりではなかった。「お菓子で使えるかもしれない、使わない時は家族だけで飲めばいいかな。余ったら皆にお裾分けしよう」と、それくらいの軽い気持ちで配った。
――甘味が強い牛乳は多くの村人の胸を打ち抜いてしまったのかな。
「お爺ちゃん……。お爺ちゃんが育てているモークルにも手伝ってもらってもいいかな?」
私は隣で茫然としているお爺ちゃんに訊く。
ミルクとチーズだけでは回せないほどの発注を受けてしまった。その為、お爺ちゃんが育てているモークルにも手伝ってもらわなければならなかったのだ。
「まさか……、モークルの乳がこんなに人気がある品だったとはな。別にわしのモークルを使っても構わんよ、売上金もいらん、キララが全部持っておきなさい」
「いや! そんなことできないよ。半分くらいの金額を……」
「わしは金なんていらん。こうやって、動物たちと生活できるだけで満足だ。エサ代もわしの備蓄から余裕で賄えるくらいはあるから心配せんでいい。それよりも、稼いだお金でキララの好きなものでも買いなさい」
――お爺ちゃん、優しすぎて惚れそうだよ~。
「お爺ちゃん……、ありがとう。私、お爺ちゃんにすっごいお礼を絶対にするから。待っててね!」
「そうか。なら気長に待っとるよ」
お爺ちゃんが育てているモークルにも手伝ってもらうことが出来た。
ライトが『クリア』を使える限界まで牛乳を綺麗にして牛乳パックに入れる。その後は『クリア』を使わず、時間は掛かるものの前世の知識を使った処理方法で牛乳を殺菌し、牛乳瓶に入れる。
「よし! 結構な量を作ることが出来たぞ。牛乳瓶の値段は銅貨三枚にしよう」
私は村の人々にとあるサービスを持ち掛けながら配達していった。
簡単に言うと牛乳瓶を毎日買ってくれるなら銅貨二枚にすると言うサービスだ。毎日買ってくれた方が一本の値段がお得になるという話しを聞いた村人はサービスを二つ返事で受け入れてくれた。
牛乳が美味しいと言う噂が村に広がっていき、二日目三日目と牛乳を買う人が増えていった。
「もう川の中、牛乳瓶でいっぱいになっちゃったよ。どうするのお姉ちゃん!」
シャインは私に訊いてくる。
注文が増えると、どうしても在庫を保存しておかないと商品を回していくことが出来ない。
「本格的に保存することが難しくなってきちゃったな。どうしよう、大きな倉庫でもあれば……」
「キララ様! またお困りのようですね。私、良いことを思いつきました!」
私が困っていると、頭上を飛んでいたベスパが話しかけてきた。
「え……、何を思いついたの?」
「今からお見せしますので、少しお待ちください!」
ベスパは山の方に飛んで行ってしまった。
山の方からざわざわと何かが蠢く音が聞こえるが、風で木々の葉が揺れているだけだろうと私は気にもしなかった。
八分後、ベスパは帰ってきた。
「キララ様、完成しました。こちらです」
ベスパに連れられ私は山の方向に歩いていく。すると厩舎の近くに見覚えが無い建物が増えていた。
「え……、でっか。もしかしてビー達で作ったの? ビーの巣の素材でこんな建物まで作れるなんて……」
レンガ倉庫のような建物がビーの巣の素材で建てられていた。
「この巣は二重構造になってまして、冷気が外に逃げにくい構造となっております」
ベスパは胸を張り、堂々と話す。
「いや……、すごい……。でも、ベスパはどうしてこんな倉庫が作れたの?」
「キララ様の頭の中にあった記憶から作成いたしました。今回の問題に最も効果的な品かと思いますがどうでしょうか?」
「ベスパ……、ほんとは凄かったんだね。ちょっと見直した」
「お褒めいただきありがとうございます」
ベスパは胸に手を置き、紳士らしく一礼する。
「よし!それじゃあ、一気に全部運んじゃおう」
私たちは牛乳瓶と牛乳パックを倉庫に全て入れた。
「それじゃあ、ライト。ここに氷を出せる?」
私はベスパに作ってもらった大きな桶を倉庫内の床に置いた。
「氷くらい簡単だよ」
ライトは手をかざすと一メートル四方の氷が出現した。
「無詠唱で……」
「これくらいなら余裕だよ。あと何個か出しておくね」
ライトは倉庫内に置かれている桶の中に氷を出現させていった。
「すごい……、氷が出現しただけで建物内の温度が物凄く冷えた。これなら、八日は持つはず……」
牛乳を売り始めてから八日が経ち、売上額は金貨八枚を超えていた。
「凄い、凄いよ……、まさか売上額が金貨八枚になるなんて……。お父さんの給料四カ月分を八日で稼いじゃった」
――金貨八枚がどれだけ凄いことか……。金貨一枚を日本円で考えると約八万円。この世界の多くの大人が三〇日頑張って働いて金貨二枚が平均らしいから、金貨八枚がどれだけ破格なのかお分かりいただけるだろう。
私はすぐさま一緒に手伝ってくれている二人にお駄賃を渡すことにした。
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