勉強を断る
私は成長しているセチアさんに嫉妬して熱った体が魔法陣が生み出した冷気によって冷まされている状況に気づく。
「あ、そうだった。セチアさん、ここの小屋、涼しくなっていますよね?」
「え? あぁ、そう言えば涼しいかも。もしかしてこれ、ずっと涼しいの?」
「はい。皆さんが働いている間は涼しいので夏の間も仕事を頑張ってくださいね」
「夏に涼しい場所で仕事が出来るなんて……。夢みたいだよ! こうなったら、もっともっと仕事しないといけないね! よ~し、ラルフのためにも頑張るぞ~!」
セチアさんは右の拳を天に掲げ、ラルフさんに宣言した。
私はモークルの小屋をあとにする。
「あと、行っていない場所は……。屋台の方かな」
私は牛乳などを販売している屋台へと向かった。その場所はいつもながらに大盛況中だ。熱気が悶々としており、夏の暑さを感じさせる。だが、屋台にいるシャインはとても涼しげな表情で村人をさばいていた。
モークルの厩舎で泣き崩れていたガンマ君も一緒だ。
――ガンマ君、さっきはテリアちゃんの危機を察知して駆けつけてきたのかな。危機察知能力が優れすぎなのでは……。兄ゆえか……。
私は村人が少なくなるのを木陰でまち、二人の仕事ぶりを見守る。
「シャインさん、牛乳瓶三本です」
ガンマ君はシャインに銀貨一枚を渡した。
「わ、わかった。えっと、えっと……。一本銅貨三枚だから……、おつりは銅貨五枚!」
「いや、銅貨一枚ですよ」
「そ、そうだよね! 私もそう思ってた!」
シャインはぶっきらぼうに大声を出し、村人に銅貨一枚と牛乳瓶三本を渡す。
――シャイン、ガンマ君に助けてもらってるんだ。というか、ガンマ君は足し算引き算がもうできるようになったんだ。さすが~。シャインは、足し算は出来るけど、引き算はまだうまく出来ないんだよなぁ。
ライトは私の知らない数式を作り出していたので、もう次元がわからない。ほんと、困る。姉さん、この数式どう思う? なんて聞かれても、うん、いいんじゃない? くらいしか私は言えなくなっていた……。
私は木陰で物寂しく呟いていると、ガンマ君のお手柄によってお客さんをさばききった。
「ふぅ~。今日も大盛況ですね。ん? シャインさん、どうしたんですか?」
ガンマ君は伸びをしたあと、少し俯いているシャインを見た。
「いや、ちょっとね……。ガンマ君も勉強できるんだ、と思って……」
「算数ですか? まぁ、ライトさんに教えてもらっているので足し算引き算くらいは出来るようになりました」
「凄いなぁ。私、引き算が出てきてからライトの勉強を逃げ出しちゃって……」
「そうなんですか。でも、引き算が出来た方がお金の計算は簡単になりますから、覚えた方がいいですよ」
「でも……。私には勉強の才能がないし。お姉ちゃんとか、ライトと比べられるのは嫌だし……。私に出来る剣を頑張った方がいいかなって。ライトに教わるのは何か癪だし……。お姉ちゃんは忙しそうだし……」
シャインは屋台の下で塞ぎこんでしまった。
シャインが私の知らない所であんなに弱弱しい姿を見せていたとは知らなかった。
弱みを見せていいる相手がシスコンのガンマ君なのがちょっと悔しいが、まぁ、いいだろう。
――お姉ちゃんがガンマ君のシスコンを何とか治すからね……。ん? あの子は……。
私の視界の先にある木陰からシャインとガンマ君の姿を覗いているテリアちゃんがいた。
どうやらテリアちゃんはガンマ君のシスコンを自ら治そうと企て、先ほど逃げたようだ。私に気づいて唇に立てた人差し指を当てる。静かにの合図だ。
――四歳で兄のことまで考えられるなんて。本当に出来た子だ。
「この村で算数が出来るの人ほとんどいないし、誰にも教われないから、このままでいるしかないんだよ」
シャインはブツブツと呟く。
「じゃあ、僕がいっぱい勉強してシャインさんに算数を教えますよ」
「え? でも、ガンマ君、仕事も鍛錬も頑張ってるのに勉強もするの?」
「僕はテリアのために何でも出来る兄になりたいんです。だから、仕事も出来るようになりたいですし、守るために強くなりたい。賢く成ればテリアをもっと守れるじゃないですか。だから、自分の時間を全部使ってでも頑張りたいんです」
「そ、それじゃあ、なおさら……、私に勉強を教えている時間なんてないよ……」
「何を言っているんですか。シャインさんのそんな悲しそうな顔を見たら放っておけませんよ。僕はシャインさんに凄くお世話になっているんです。だから、僕にも何か手伝わせてください」
ガンマ君は七歳とは思えない凛々しい表情でシャインの前にひざまずき、手を取った。
――なになに~。もぅ~。ガンマ君、カッコいいじゃん。あぁ、これでシスコンじゃなければなぁ……。いや、妹を大切に思う兄の気持ちが大きすぎるだけだ。テリアちゃんが大きくなっていけば少しずつ気持ちが落ち着くはずだ。そうなれば……。
「嫌……」
「え?」
――え?
シャインはガンマ君の申し出を断った。
――なぜ、どうして。シャインはガンマ君が気になってるはずなのに、一緒にいられる時間が増えてキャッキャフフってなるはずなのに……。
「私、ガンマ君に教わらなくても算数くらい、出来るようになれる。ガンマ君が頑張ってるのに、私が頑張らないとかあり得ない。ガンマ君が私に時間を使わなくてもいいように、勉強も一通りできるようになって見せるんだから!」
どうやらシャインはガンマ君が相当好きらしい……。
――だが、妹よその判断でいいのか。その判断はシャインに相当な負荷が掛かる道なのに……。いや、シャインだからこそ、自分で進む道を選んだんだ。
シャインは簡単な道より険しい道の方を好んで走る変わった子だ。ほんと、いったい誰に似たんだろう。私は簡単な道へふらふら~っと流れて生きてきたというのに。
「でも……、たまには一緒に勉強しようね」
「そ、そうですね。僕もシャインさんに負けないよう、運動だけじゃなく勉強も頑張ります!」
「うぉ~、私だって負けないよ! 今のところ全部の勝負で私が勝ってるんだから。勉強だって絶対に負けない!」
シャインは立ち上がり、両手を天に伸ばした。どうやら、やる気になっているみたいだ。
「あ、シャイン。今日の牛乳瓶の売り上げ本数を教えてくれる?」
二人が盛り上がっているところに、記録係も担当しているライトが歩いてきた。
「え、えっと。えっと……。七九本」
「了解、売上金は金貨二枚と銀貨三枚、銅貨七枚だね。ありがとう」
ライトは紙に記録し、その場を去っていった。計算時間は多分一秒にも満たない。
「あんなのになりたくないなぁ……」
「いや、簡単にはならないと思いますよ」
シャインとガンマ君は苦笑いを浮かべながらライトの後ろ姿を見ていた。
私は木陰から出て屋台に向う。
「二人ともお仕事お疲れ様」
「あ、お姉ちゃん。何しに来たの?」
「何しに来たって……、あ、そうそう。魔法陣がちゃんと発動しているか見に来たんだよ」
「魔法陣?」
私は屋台の近くに移動する。すると、辺りとは全く気温が違った。
「うん。ちゃんと利いてるね。シャインたち、何か気づかない?」
「え……。ん~、なんだろう。全然分からないよ」
シャインはいろんな刺激に鈍感なため、暑さや寒さにも気付いていなかった。
「なんか涼しいって思っていましたけど、もしかして……」
ガンマ君は屋台から少し離れる。
「うわっ! 暑い!」
ガンマ君は逆に敏感なのでいろいろと気づく。特に妹に起こりうる災難に敏感で先ほどもカイリさんにいち早く気づいていた。
「ほんと?」
シャインはガンマ君の反応に疑問を持ち、自分も屋台から離れた。
「ん~、あんまり変わらないんじゃないかな。全然暑くないよ」
「はは……、それはシャインの感覚が少しおかしいんだよ。今の気温は三六度くらいあると思う。相当暑いから水分補給を忘れないようにね」
「わ、わかった。注意するよ」
「あとシャイン。もっと積極的にならないと駄目だよ。ガンマ君がせっかく誘ってくれたんだからさ、うん! 私、ガンマ君に勉強教えてもらいた~い、くらい言わないと」
私はシャインの声を誇張しながら真似した。
「ちょっ! お姉ちゃん、もしかして見てたの!」
シャインは頬を赤くして驚いていた。どうやら敵意にすぐ気づける索敵範囲外に私がいたので見られているとわからなかったらしい。シャインはプルプルと震え、私の背中を押してガンマ君から距離を取る。
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