モークルの肉
八月七日の朝っぱらから、ルドラさんはカイリさんとフロックさんの二人と一緒に牧場の手助けをしてくれた。男手があると、とてつもなくありがたい。お父さんとお爺ちゃん、まぁ、シャインもだけど力の仕事は、私以外の人に任せっきりなので助かると言っていた。
ルドラさん達は村の牧場を見て回っていたのだが、モークルの質の良さとバートンの異常な強さ、また、脚の速さを評価していた。メークルたちは毛を狩り取られているので、モフモフできないと嘆いてもいた。
「キララ、バートンは買えるのか?」
Sランク冒険者のフロックさんがバートンの厩舎の方を見ながら聞いてくる。
「昔は販売してたみたいですけど、最近はしてないですね。個体数も売れるほど多くないので販売は出来かねます。貸出はしているんですけどね。まぁ、売ってほしいというのならお爺ちゃんに相談して検討してみます」
「本当か。じゃあ、少し見て、乗ってきてもいいか?」
「どうぞ。好きなだけ見てください。あ、でも真っ黒なバートンと真っ白なバートンは売れないので、それ以外の個体なら考慮します」
「わかった」
フロックさんは厩舎の方に走って行った。
「レディー。少しいいかい?」
こんどはSランク冒険者のカイリさんが話しかけてきた。
「はい。何でしょうか?」
「これだけモークルがいるのに、肉の販売はしないのかい? モークルの乳で国王の献上品になるほど美味しいのだから、肉はもっと美味しいと思うのだけど……。見たところ、どの子も肉付きがいいし、王都なら一頭金貨数一〇○枚はくだらないかもしれないよ」
牧場をしているのだから、肉を売らないというのもおかしな話だ。
だが、私にはモークル達の声が聞こえる。
モークル達の父親や子共を精肉店に引き離し、殺して食肉にするなんて私には出来ない。
最近思ったが、心的外傷がないからこそ最高に美味しいモークルの乳が取れるのではないだろうか。また、ストレスが無いからこそ、モークル達が健やかに大きく育っているような気さえする。
「えっと……。モークルは肉にしません。もちろん、亡くなったら今までの感謝の気持ちを込めて食そうと思っていますけど、まだまだ先の話ですから、ちゃんと考えてませんね。私達の牧場で捕れるモークルの乳の美味しさは、彼女らに心的外傷をなるべく与えないようにしているからこその味なんです」
「心的外傷……。それが美味しさに関係あるのかい?」
「大ありだと思います。心が健やかだからこそ、美味しいモークルの乳が取れるんです。心がズタズタなのに美味しい乳が出るわけがありません。なので、モークル達は肉にして売る気はありませんよ」
「なるほど……。まぁ、これだけの数を管理できているのなら、肉を売る必要もないからね」
カイリさんはモークルの厩舎を見て呟いた。
「はい。今のところ、モークル達は一律して牧草だけで育てていますし、お金が色々と掛からないので牛乳だけの収益だけでも牧場が成り立っています」
「そうか、一度、彼らのステーキを食べてみたかったが……、仕方ないね」
カイリさんは凄く残念そうな顔をした。
まぁ、わからなくもない。私も日本にいるときは仕事の疲れをいやすため、国産和牛のステーキを食べるのが大の楽しみだった。
牛肉が、頬が蕩けそうになるほど美味しいのだから、モークルも相当美味しいに決まっている。
でも、ウシ君との約束もあるし、この子達を食肉として育てている訳ではない。
雌は乳牛として育てているし、雄は動力として育てている。
まぁ、年齢を重ねたら子供は埋めないし、力も衰える。でも、そうなったら寿命で死ぬまで別の牧草地でのびのびと暮らしてもらおうかな。
私は牧場を一通り回って管理者っぽく振舞う。
子供達はとてもよく働いていた。
――そろそろ、給料を支給する頃かな。子供達にはいくら支払おう。皆、一日平均して八時間くらい働いてくれているからなぁ。確か、レイニーの時給は銀貨一枚って言っていた。じゃあ、この牧場でも同じくらいの値段にするべきだろうか。はたまた高時給にすべきだろうか……。
「ルドラさん。王都で働く人の時給って平均でいくらくらいかわかりますか?」
私は牧場を見て回っていたルドラさんに話かける。
「ん~。大小の差が本当に大きいので一概には言えないですけど……。高時給とされている王都の騎士は一時間で金貨一枚くらい何じゃないですかね。近衛騎士などになれば時給はさらに跳ね上がります。でも、王都は物価が高いので、総じて時給や給料は多くなる傾向があります」
「なるほど……」
村ではお金使う場所があまりないし、給料が高すぎても皆困るだろうから、前に考えていた金額でいいか。村と街の金銭感覚は違う。ましてや王都はもっと違うだろう。
村の平均月収は金貨一、二枚で良くて三枚。街に行くといい仕事をしている人は金貨二○枚くらい。王都は金貨二○○枚という具合に違う。
――お父さんの昔の給料と同じ金貨二枚くらいでいいよな。この金額でも十分生きて行けるし、買いたいものはお金を溜めて買ってもらったらいい。二四人分ちゃんと集めておかないとな。いや、子供達が来てから一ヶ月半くらい経ってるし、金貨三枚の方がいいか。
「あの、ルドラさん、カイリさん、私は用事を思い出したので手が足りない所に入ってもらえると助かります」
「わかった。貴族としての実践的教養をしっかりと身につける為にも全身全霊で働くよ」
カイリさんは胸に手を当ててお辞儀した。それが貴族の挨拶というか敬意の表明なのだろうか。日本で言う会釈かな。
「じゃあ、私も頑張ります。なんせ、国王にどういった場所でどういった方法を使ってと言った具合に説明するかもしれませんからね。知識は現地の観察兼実習が一番頭に入ります」
ルドラさんもやる気らしく、すごくありがたい。
「じゃあ、私は実家にいますから、何かあったら手をあげて連絡してください」
私はカイリさんとルドラさんのもとを離れ、実家に戻る。
「さてと、子供達に給料を渡さないといけないから準備しないとな」
私はお母さんの作った小袋を二四枚集め、キャッシュカードから金貨を七二枚取り出す。一枚の小袋に金貨三枚を入れて紐口をぎゅっと縛る。
小さな子から、歳が比較的高い子達と同じ値段でいいのかと一瞬思ったが、年功序列というわけではないのでお金を一律に与える。
頭角を現す子がいたらその子にお金を増やしていく方針がよさそうだ。
私はあっという間に給料の準備が出来た。時間は昼前なので渡すには少し早い。今から、子供達の喜ぶ顔が眼に浮かび、にやけが止まらない。
私は余っている仕事がなかったので畑仕事に精を出す。何と、畑に芽が生えていたのだ。
「おぉ……、ちゃんと育ってる。雑草が生えそうになってもズミちゃんがしっかりと食べてくれるから、無駄な栄養を取られなくて済む。大きく育つんだぞ~」
私は『ウォーター』を使って畑に水を散布していく。
八月に入り、日差しが強くなって気温も高くなってきた。ミンミンと鳴くアブラゼミの声が聞こえないが今は夏。逆にブンブンと音を鳴らしながら空を飛ぶ虫は、とんでもなくよく見る季節になっていた。
私が畑に水を撒き終わると、金髪の魔力体が翅をブンブンと鳴らしながら私の頭上に飛んでくる。そう、ビー達の管理者兼私のスキルであるベスパだ。
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