牛乳は、がぶ飲みするのが一番美味しい
「じゃあ、ドラグニティ魔法学園の試験が遅いのは何でなの? 多くの人が受験しそうじゃない?」
「どうも、ドラグニティ魔法学園の試験は市民と貴族で受け方が違うみたいだ。貴族は優遇されているらしく、入学金を多く払えば入ることは可能らしい。ま、実力がなきゃ意味ないがな」
フロックさんは私にドラグニティ魔法学園の嫌な部分を聞かせてきた。どうやらこの世界にも裏口入学という言葉があるらしい。
有名な貴族はお金を叩いて有名な学園に通わせたがるそうだ。ドラグニティ魔法学園は裏口入学と入試を受けて入学する生徒ではあまりに力の差があるので学園内が分断されてしまう状態も多々あるらしい。
自分の子供が優秀だと思っている貴族の親が大金をはたいても、子供は期待しているほどの実力を持っていながために学園内で落ちこぼれになってしまうそうだ。何だろう。私も落ちこぼれになってしまいそうで気が気ではない。
「と、とりあえず、全学園を受験するのは可能みたい。それなら何ら問題ないね」
私はまずこの場を治めなければならなかった。
お母さんとお父さんは娘が学園に行くと言うだけでもうれしそうなのに、最も難しいと言われている学園に行こうとしているのだから、過度に期待している。
ライトとシャインはやはりお姉ちゃんは凄い、と言った眼差しを私に向け、もう心が痛い。
私は人生が二周目なんですと言いたい。
フロックさんとカイリさんは爺に手紙でも送っとくか、と軽い感じで学園長と連絡を取ろうとしている。
もし私が、自分が優秀だと勘違いしている馬鹿野郎だったらどうするの? 赤っ恥を掻くのは私だから別にいいのだけど、惨敗だった時、過度に期待させてしまったと言う罪悪感が生まれそうだ。
――私から皆に相談したのが間違いだったか……。
私は皆が持っている冊子を取り上げ、学園の話を終わらせる。
「はい。もう、学園の話は終わり。仕事の話に戻そう!」
「キララが話し始めたことじゃないか。いきなり何を怒っているんだ?」
お父さんはもっと娘の将来を考えたいと言う表情をしていたが、今の私は期待と不安で押しつぶされそうなので先送りにさせてもらう。
「怒ってないけど、この話はまた今度。今これ以上話しても頭が混乱するだけだから」
「そうか……。キララがそう言うなら仕方ないな」
お父さんはしょんぼりとして、少し寂しそうだった。
――そんな悲しそうな顔をされても私が困るよ。
「それで姉さん。仕事の話って何?」
ライトは思考を仕事の方にすぐに移した。やはりできる子だ……。
「ライト、七月の売り上げは六月の売り上げよりどうだった?」
「えっとね、順調に上がってたよ。確か一割くらい増えてた。これからもっと増えると思う。子供達が入って来てくれたおかげで作れる製品の数が増えたから、その分が加算されていくはずだよ」
「なるほど。牛乳パックを増やせる見込みはどれくらいある?」
「そうだなぁ。モークル達の数をもっと増やせば牛乳の量は単純に増やせる。でも、数だけ増やしても意味があまりない。今月の受注数から牛乳の量を計算すると今の数で丁度賄えるくらいなんだ。姉さんが新規の契約者を獲得してきたのなら、モークル達の数を増やすと言う行為も考えていいかもね」
「えっとね……。これを見てほしいの」
私は王都にある食品安全委員会から届いた販売許可書を見せた。
「あ、やっと届いたんだ。一ヶ月も待ったよ」
ライトは許可されるのがさも当たり前と言った発言をする。
フロックさんやカイリさんは中々取れないんだぞと言って驚いていた。やはり王都での販売を認める書類なだけになかなか発行されないらしい。
「まぁ、私も販売の許可が通るのはわかっていたんだけど……。これ……」
私はライトに牛乳が国王への献上品になってしまった証明書を見せた。
「えっと、なになに……。ふむふむ……。はぁはぁ……。へぇへぇ……」
ライトは何度も相槌をうち、文章を読んでいく。視線が進むたびに手が震えていた。どうやらライトでも想像していなかったみたいだ。
「おい、何が書いてあるんだよ」
フロックさんはライトの持っているメークル皮紙を取り、カイリさんと共に読み始めた。
「牛乳をルークス王への献上品と認める……。献上品……?」
「献上品……?」
フロックさんとカイリさんは献上品という言葉に引っかかったらしく、同じ単語を繰り返し発していた。
「なぁ、カイリ。献上品っていうのは国王への送り物だよな?」
「そうだね。簡単に言えば国王への送り物だよ」
「つまり、国王が欲しがった代物って意味だよな?」
「そうなるね」
「それってさ、すごくね?」
「凄いを通り越してあり得ないよね。何せモークルの乳を国王が欲しがるとは思えない。何かの罠か、もしかすると騙されてるんじゃ……」
フロックさんとカイリさんはあり得なさすぎて罠だと疑っている。
「でもこれってさ、ルークス王家というか国王直々の印章だろ……」
フロックさんは菱形が二つ重なり、星っぽく見える印を指さした。
「あ、あぁ。父上のもとにも同じ印章の手紙が届いていた……」
「つまりよぉ。本物なんじゃねえか?」
「可能性は高いよね……。でも、そうなったらどうなるんだ……」
フロックさんとカイリさんは動揺し、焦りまくっている。
「二人とも、なぜそんなに慌てているんですか?」
「慌てるなって言う方が無理だろ! だってよ! 国王への献上品がごく一般的な家庭のテーブルに大量に並んでんだぞ!」
フロックさんは牛乳瓶の空き瓶を指さす。
フロックさんは食事中にそれはそれは美味しそうにがぶ飲みしていた。
「国王への献上品なんて高級品なんてもんじゃねえ。超級品じゃねえかよ! 俺の貯金が胃の中に全て消えちまう!」
フロックさんは喉に指を突っ込んで吐き出そうとする。
「フロックさん、落ち着いてください。私達はフロックさん達に牛乳瓶を銅貨三枚でいいと言っているじゃないですか。そんなに焦らなくても散財するような値段じゃないですよ」
私は全てを吐き出そうとしているフロックさんを止める。家の広間で盛大に吐かれても困るって。
「超級品が銅貨三枚って……、おかしいだろ。王なら一本金貨一枚以上でも出すじゃねえか。そんな超級品を俺が銅貨三枚でがぶ飲みって、国王より国王らしいことをしてるぞ……」
「よかったですね。超級品の牛乳を銅貨三枚で飲めて。幸せ者じゃないですか」
私はフロックさんに微笑む。
「そ、そう言う考え方も出来るのか……。カ、カイリ。どうする。あと一〇本くらい飲んどくか?」
「父上のお土産に買って帰りますか……。大量には買わないので」
フロックさんとカイリさんは牛乳が国王への献上品と知っただけで、さっきまでがぶ飲みしていたのに高級な葡萄酒でも飲むようにチビチビと味わっていた。まぁ、そう言った飲み方も悪くないけど……。でも、牛乳はやっぱりがぶ飲みするのが一番美味しいと思う。
「フロックさん、カイリさん、そんなに遠慮せずぐびぐび飲んじゃってください」
二人は目を合わせ、牛乳瓶を一気に傾けごくごくと飲んだ。
「ぷは~! エールよりうまい!」
フロックさんはドンっと瓶をテーブルにたたきつけ、おじさんのような声を出した。鼻の下にはエールの泡のように白い髭が出来ている。
「もう、フロックさん、子供みたいに口周りを汚さないでくださいよ。もう二〇歳の大人ですよね?」
私は綺麗な布を使ってフロックさんの鼻の下についている牛乳を拭う。
「お、おい。キララ。俺を子ども扱いしてんじゃねえぞ!」
フロックさんは子供扱いされて少々照れていた。
「フロックさんが子供っぽいんだから仕方ないじゃないですか。大人だと言うのならカイリさんみたく、礼儀正しい食事を心がけるべきなんじゃないですかね?」
私はカイリさんの方に視線を向ける。
カイリさんは姿勢を正し、型にびしっとはまった食事をしている。
「フフ……。言われてますよ、フロック。まだ一〇歳のレディーに子供っぽいと言われるなんて貴族として恥ずかしい限りだね」
「う、うるせえ。俺はもう貴族でも何でもねえよ。今はだたの冒険者だ。冒険者の食事の仕方が汚いのは仕方ないだろ!」
「そうやってすぐ反発する。そいうところが子供っぽいんだよ。フロック」
カイリさんは完璧な回答をフロックさんに言い、黙らせた。
「二人が喋っている中申し訳ないんですけど……。姉さん。今、頭の中で計算したら、牛乳パックを月に一〇〇〇本も王城に献上するのは難しいよ。モークルの数をもう少し増やさないと、今のままじゃ仕事を回すのは無理だ」
ライトはずっと考えていたらしく、フロックさんが黙ったのと同時に喋り出した。どうやら、最後の文を読んでくれていたらしい。
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