コロネさんのおめでたい話
オリーザさんは私から紙箱を受け取った。
「その箱の中にバターが入っています。今回はお試しなのでお金は取りませんから、好きなようにお使いください」
「無料でもらってもいいのか? バターなんて高級な食材だろ」
「いいんですよ。オリーザさんには感謝してますからね。私がこの街に着て初めての顧客になってくれた人ですから。もう、オリーザさんのおかげで牧場が繁盛していると言ってもいいくらいなんです。バターの一本くらい多めに見ますよ」
「そうか。なら、ありがたくいただこう」
オリーザさんは箱を開け、中から紙に包まれているバターを取り出した。紙をおもむろにはがし、そのまま齧りつく。
私は少しだけ取って食べてもらいたかったのだが、オリーザさんは豪快にがぶっと口に含んでしまった。そのせいでバターに大きな歯形が出来ている。
「ぐはっつ!!」
オリーザさんは口の中で爆発が起きたのか、尻もちをつき、バターを食べながら気絶していた。
この世界の人はバターを食べたら気絶するという特異体質なのかと思うくらい大量に口にすると気絶する。当たり所が悪かったら死んでしまうのだから、ちゃんと座って食べてほしい。
オリーザさんは数分後に目を覚まし、何が起こったのかわからないといった様子だった。
「い、いったい何が起きたんだ……。嬢ちゃんの持ってきたバターを食ったらあまりの美味さに気絶しちまったのか。口の中が幸せで一杯になっているのだが……、これがバターなのか?」
「そうですよ。モークルの乳を何工程も踏んで、バターをようやく作り出せたんです。オリーザさんの感想を聞かせてもらえるととても嬉しいんですけど……」
「あ、ああ。そうだな。感想と言われてもなぁ。あまりにも初めての感覚だから表現のしようがねえな。とにかく気絶するほど美味い。もう、今まで見てきたどのバターよりも色が綺麗で匂いも良い。味も最高だ。文句の付け所がない。唯一いうのだとすれば値段が高くなるんだろうなという点だけだ」
「仰る通りで、バター一本の値段は金貨五〇枚相当なんですよ。なのでそうやすやすと買える代物じゃありません。私も試行錯誤して値段をもっと安く出来ないか頑張っていきたいと思っているので使用感の報告をよろしくお願いします」
「ああ、わかった。にしても、バターを口に入れた瞬間、牛乳の風味が一気に飛び込んできて気絶するとは思わなかったぞ。まさかここまでの品が出てくるとは……想像もしていなかった。牛乳だけでありがたいのにバターまで手に入るとは……。パンに早速混ぜ込んだり塗ったり、練ったり色々試してみたいとおもっている。絶対に上手いパンを作るから期待しておいてくれ」
オリーザさんの全身の筋肉が高揚し、震えている。
「はい。でも、気負わないでくださいね。バターはモークル達がいる間、ずっと作れる品なのでいつでも作れます。オリーザさんが買ってくれるというのなら毎回売らせてもらいますよ」
「ああ、もう、バターを口に入れた瞬間から新作のパンが思いついて仕方がないんだ。こんなにうまいんならどのパンに入れても美味いに決まっている。試したすぎてワクワクしてきたぞ!」
オリーザさんの着ている上着が筋肉の膨張で引き千切れそうになった。
「オリーザさん! 食材を無駄遣いしないようにしてくださいよ! 材料は無料じゃないんですからね!」
コロネさんはオリーザさんに向って叫ぶ。
「わ、わかってるよ。全部レイニーの教会に持っていくから気にするな。食材を無駄になんかしないさ」
「それなら良いんですけど……。私達の未来をちゃんと考えてくださいね……」
コロネさんはお腹を摩り、ちょっと恥ずかしそうな顔をしていた。
「お、おう。わかってる。当たり前だろ」
――え、なになに。コロネさん、食べ過ぎてお腹が太ったとか? いや、そんな訳ないか……。もしかすると、おめでたなのだろうか。でも、そうなったら普通に嬉しいかも。でも、オリーザさん、手を出すのが速すぎませんか……。コロネさんがオリーザさんのお店で働きだしてまだ半年も経っていないと思うのだが……。まぁ、別に私が気にする話じゃないんだけどさ、コロネさんも若いし、色々とね。でも、どっちもそう言う関係になりたかったっぽいし、幸せになってくれるといいな。
「じゃあ、俺は料金を持ってくる。少し待っていてくれ」
「はい。わかりました」
オリーザさんは調理場から離れていった。
「あの……、コロネさん。おめでたなんですか?」
私は気になったのでコロネさん本人に聞いてみた。
「え? ま、まぁ……、うん……」
コロネさんは子供の私に聞かれて恥ずかしかったのか小さくうなずく。
「コロネさん、おめでとうございます! オリーザさんはパンにしか興味がない人だと思ってましたけど、女性にもちゃんと興味あったんですね」
「はは……、私、オリーザさんのパンに惚れたと思ったら当の本人にも惚れちゃってたみたい。ちょっと早すぎるかもだけど、今の街でなら子供も健やかに育てられそうだから……、すごく楽しみなんだよ」
「そうなんですか。へぇ~。なんか羨ましいです。私、そういう経験がないですから」
「き、キララちゃんは流石に早すぎると思うよ……。あ、もし変な人に捕まったら大声で叫んで助けを呼ばないと駄目だからね!」
コロネさんは私の肩を掴み、真剣な表情で話しかけてくる。私が容姿端麗なので事件に巻き込まれるかもしれないと思ったのかも……。
「は、はい。もちろん叫びますよ。それか、相手の股間に強打を加えてやります。繁殖機能を無に帰してやります」
「キララちゃんならやりかねないかもしれないけど、子供と大人じゃ力が全然違うんだから、絶対に知らない人についていったらだめだからね。お姉さんと約束」
コロネさんは小指を出してきた。この世界にも指切りと言った約束方法があるのか……。
「わ、わかりました」
私はコロネさんの小指に自分の小指を掛けた。
『神の御心のもとに、約束事を承れよ……。約束を破りし時、かの者に鉄槌を……』
コロネさんは小さく呟き、小指を離す。どうやら、何かのおまじないらしい。
こっちの世界では神様が約束事を見てるから約束を破ったら神様にお仕置きされるそうだ。
――針を一〇〇〇本飲むのと、神様の鉄槌を食らうの……どっちが痛いのかな。
私とコロネさんが約束を終えたところでオリーザさんが戻ってきた。
「遅くなったな。これが今回の料金だ。確かめてくれ」
「わかりました。では確かめさせてもらいます」
私はオリーザさんから小袋を貰い、中身を確かめた。金貨五枚が確かに入っている。
「はい、しっかりと五枚入っています。では今日はこれでお暇させてもらいますね」
「そうか。すまないが今日はパンの余りがないんだ。持たせられなくてすまないな」
「まぁ、ちょっと残念ですけど、また来た時に貰います。あ、そうだ。今、コロネさんの体は弱りやすい時期ですから、病気には気を付けてくださいね。なんなら、これを持たせておきます」
私はコロネさんの身に何かが起こってしまうのを危惧して腰につけていた試験管ホルダーから、ライトの作り出した特効薬が入った試験管を一本手に取り、オリーザさんに手渡した。
「これは何だ?」
「ある物質の特効薬です。でも、万能薬としても効果は保証します。もし、疑うのであれば腹痛時などに数滴飲んでみてください。腹痛が治まるはずです」
「そんな、ポーションみたいな高い品をもらってもいいのか?」
「試験管は私の誕生日の送り物なので返してもらえると嬉しいんですけど、中身は自由に使ってください」
「え……。キララちゃんの誕生日っていつ?」
コロネさんはポツリと呟いた。
「八月八日です。もう少しで一一歳になります」
「八月八日って、本当にもうすぐじゃねえか。この試験管……、スグルに貰ったのか?」
「よくわかりましたね。その通りですよ。試験管と試験管ホルダーはスグルさんから頂いた品になります」
私は雨具を捲り、腰に巻いたホルダーをオリーザさんとコロネさんに見せる。
「オリーザさん。私達もキララちゃんに何か送り物しましょうよ」
「そうだな。貰ってばかりなのはいけすかない。バターも貰ってるんだ、いったい何を送れば……」
オリーザさんとコロネさんはあたふたとして家の中を動き回っていた。
別に私は送り物などコロネさんのおめでたという報告だけで十分なのだが……。
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