時間の有効活用
「よし、今の時間は……、午後三時くらいか。最後はオリーザさんのパン屋に行かないと。今は人が少ないはずだから、パパッと配達しちゃおう。ウシ君。オリーザさんのお店に向ってくれる」
「わかった」
私が前座席に座ると、ウシ君は動きだし、大通を進む。
視界の先には領主邸があり、今も一ヶ月ほど前の惨事を物語っているくらい崩壊していた。同じく、ブラックベアーが叩き潰したドリミア教会の建物があった場所は今も崩れた瓦礫が詰まれていた。
どうやら今は壊れた建物の廃棄所になっているみたいだ。ドリミア教会への信仰心など消え失せているらしい。私も全て燃やし尽くしてやりたいくらいだからな……。
私達が大通を移動していると人がちらほらと見えはじめた。誰もいなかったわけではないようだ。
食材を買いに行く主婦の方や、仕事場が気になって仕方がないと言ったおじさん、子供が元気過ぎて外であそばせている方もいる。少し前まで顔の頬がこけて体調が悪そうだったのに今はとても穏やかな表情になっていた。それだけ街の生活が変わったのだろう。
「うん、よかったよかった。街の人達の顔が前来た時よりも断然いい表情になってる」
私達は人が増えだす前にオリーザさんのパン屋さんに向った。だが、お店前のあまりの人の多さに荷台が上手く移動できないという事態になってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ。うぇぇ……。こんな時でも大盛況……。皆、オリーザさんのパンがどれだけ好きなの」
パン屋さんはオリーザさんのお店以外にも街中に沢山ある。だが、オリーザさんのお店は街一番と言ってもいいくらいに繁盛していた。
――私がオリーザさんのパン屋さんを見つけた時はお客さんがほぼいなかったのに……。
オリーザさんのお店は繁盛していたがお店自体があまり大きくないのでいつも大行列になってしまうのが少し難点だ。
もう少し広いお店を借りてもいいような気はする。でも、オリーザさんの夢は王都でパン屋を出すことなのできっといずれこの街から出ていくだろう。それを知った時の街の人たちが喪失感にさいなまれる姿が簡単に想像できた。
「はぁ、こんなに多いんじゃどうしようもない。並ぶのも面倒だし、裏から入るのも今は忙しいよな」
私はお店の窓から中を覗き、レイニーがいるかどうか見ようとしたが絶妙に見えなかった。
「ベスパ、お店の中にレイニーがいるかどうか見てきて」
「了解です」
ベスパは魔力体のまま、壁に頭から突き当り、お店の中に入って行く。数秒後、壁からベスパが出てきた。
「レイニーさんは今この場にはいないようです。ビー達に街を探させたところ、教会の中で子供達をなだめていると報告が入りました」
「そうなんだ。それじゃあ、お店がすくまでレイニーのいる教会に行って魔法を見てあげよう。時間は有効に使わないとね」
「そうですね。キララ様もずっと暇ではありませんし、うかがえる時に向うのが効率がいいと思います」
「決まりだね」
私はウシ君のもとに駆けていき、荷台の前座席に乗って手綱を握る。
「じゃあ、ウシ君。プロテスタントの教会に向ってくれる」
「わかった」
ウシ君は歩きだし、狭い道を抜けてレイニーの住んでいる教会にまでやってきた。
ボロボロだった教会もビー達とアラーネア達のおかげでひび割れなどが消えており、どっしりとその場に構えているように見える。どうやら、綺麗に補強されているみたいだ。
ウシ君を教会の前に止め、私は荷台から降りる。すると泥水がバシャリと跳ね、ウシ君の脚に掛かる。ウシ君は脚に泥水が掛かったことなど気にする様子を見せず、口を大きく開け、もぉ~っと鳴きながらあくびをした。
レクーなら少し怒るのだが、見かけに気をあまり張っていないおかげか、小さな粗相でイラつかないウシ君の方が楽な時もある。
私は教会の鉄格子の扉を開け、敷地内に入った。そのまま、入口まで歩き、教会の古めかしい大きな扉を叩いてレイニーの名前を呼ぶ。
「レイニー、キララだけど。中にいるのなら開けてくれる」
私が声をかけると、扉が開き、中からレイニーの頭が出てきた。
「キララか。あれ……、雨がやんでる」
レイニーは扉を小さく開け、空を見た。
「天候は回復傾向にあるよ。そんなに警戒しなくても心配いらない。レイニー、今日はオリーザさんのお店で働かなくてよかったの?」
「今日の午前中はとんでもない天気だっただろ。あんな状態で外を出歩けるわけない。俺が風邪を引いたら誰がこいつらを養うんだよ」
「まぁ、それもそうか。じゃあ、ちょっと中に入れてくれる」
「ああ、いいぞ」
レイニーは私が丁度入れるくらい扉を開けてくれた。私は身を横にして教会の中に忍び込む。
「あ~! キララお姉ちゃん! 来てくれたの!」
「うん、七日に一度来る約束だからね」
一人の子供が私に気づくと他の子供達も私のもとにゾロゾロと駆け寄ってきた。
教育番組を持っていた私にとって子供達との触れ合いは日常茶飯事で、手慣れたものだ。そのおかげか、教会の子供達ともすぐに仲良くなり、いつしか姉のようにしたってくれるようになっていた。まだ、四から五回くらいしかあった覚えがないのに……。それだけ信頼されているってことかな。
子供達は警戒心が強く、大人には懐こうとしない。ただ、私の容姿が子供なのですぐになついてくれたのかもしれない。
「今日はライトお兄ちゃん、いないの?」
「そうだね。今日は私一人かな。ライトに会いたかった?」
「ライトお兄ちゃん、カッコイイ良くて好き~。何もかも光って見えるの~」
――ライトの奴め。こんな小さな子を誑かすなんて悪い男だなぁ、全く。
私は一人の少女の頭を撫でて笑顔で接しておいた。
「キララ、俺の魔法を見に来てくれたんだろ。時間がもったいないから早くやろうぜ」
「わかった。それじゃあ皆、今から私はレイニーと話しがあるから、おとなしく待っていてね」
「はーい!」×子供達。
私とレイニーはマザーが寝泊まりしていた小さな部屋に入る。この場所は音が結構筒抜けで聞こうと思えば大広間からでも声が聴けた。
子供達が遊びで魔法を使えるようになっちゃった作戦を開始してから早四週間。と言っても四回しか聞かせていないのでどこまで理解しているかわからないが、レイニーの練習風景を見て自分で試してみると言った探求心を育てるとともにちょっとした読み書きや算数の計算方法などもほんのりと教えておく。
「ふぅ……。『熱』」
レイニーが詠唱を放つと両手に魔力が集まっていた。
「お、出来てるよ。レイニー、ちゃんと練習しているみたいだね」
「当たり前だろ。俺はやる時はやる男なんだよ。だが、あんまり持続できないんだ。発動してもすぐに切れちまう」
レイニーがそう言うと、手から熱が分散した。どうやら魔力の制御がまだうまくいっていないらしい。
「ん~っとね、レイニーがやっているのは溜めた水をただ流しているだけなの。簡単な魔法なら、器に水を注ぎ入れながら水を流していく動作を行える。つまり、二種類の魔力操作を同時に行って初めて魔法が維持できるんだよ」
「なるほど。じゃあ、指先に溜めるという魔力操作と魔力を体の中で循環させる魔力操作を同時に行えばいいってわけだな」
「理解が早いね。まさにその通りだよ」
「なら、一回やってみる……」
レイニーは両手に意識を向け、魔力を体内で練り込んだあと手に溜めていった。数秒の間が開き、レイニーは目を開けて詠唱を放つ。
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