ちょっと早めの誕生日ケーキ
「い、いったい何が凄いんですか……?」
私はショウさんに質問する。
「モークルの乳が国王への献上品になるなんて普通ありえません。そもそも、お菓子でも献上品になるのは難しいのに食材が献上品になるなんて……。田舎の牧場が国王への献上品を作り出すだけでも快挙ですよ。加えて、献上する品が食材なんてもう奇跡ですよ!」
「な、なんか……、すごく嬉しそうですね」
「そりゃあ、牛乳が献上品に選ばれるなんて思っていませんでしたからね。でも、私の舌は間違っていなかった。牛乳は国王への献上品に選ばれるくらい美味しいという断固たる証明になります。そんな牛乳を使わせてもらえるんですから私は幸せ者ですよ」
「私としては牛乳があまり有名になられても困ります。まぁ、匿名で申請しているので私の存在は気づかれていません。牛乳が知らないところで勝手に人気になってくれるだけならいいんですけどね……」
「キララさん、例え匿名でもいずれ気づかれます。そうなると不届き者も現れるのが世の中の摂理です。モークルや牧場をしっかり守ることをお勧めします。あと、キララさんが街に来るさい、護衛を着けるとか、そう言った話になってきますよ」
「何か物騒な話ですね……。でも、わかりました。私には沢山の仲間がいますから、皆に助けてもらおうと思います」
「はい。是非そうしてください」
私はショウさんと、たらたらと話しこんでしまっていた。でも、そのお陰で口の中に残る甘ったるい感じは無くなった。口が元に戻ったので、もう一方のショウのケーキを食べるため、皿を自分の前に持ってくる。
「いただきます」
私はフォークをホイップクリームに刺し、ぐっと押し込んでいく。あまり力を入れなくても、ふんわりとしたスポンジがとても柔らかく、空気がしっかりと入っていた。
ホイップクリームは真っ白と言う訳ではないが、キメが細かく嫌な臭いはしない。ショウさんが使う生クリームなのだから、きっといい素材なのだろう。私はケーキを口に含む。
「ん~! これこれ~! これが欲しかったの~!」
私の口の温度でホイップクリームが容易に蕩けた。ふんわりと軽い触感で口の中にウトサのほんわかした甘みが広がって行く。飲み込んだ後にモークルの乳臭がするのだが、あまり気にならない。ベリーの酸味が丁度いい具合に香りを誤魔化し、上手く調和している。
「ホイップクリームのキメの細かさが絶妙でスポンジとの絡み合いが最高です! 全体的にほどよく甘いおかげで個々の素材の良さが引き立っています。特に引き立っているのがベリーの自然な甘みと酸味。それを穏やかにしているのがホイップクリームに含まれているウトサの甘みですね。スポンジの空気の入り具合が完璧で噛まなくてもいいくらい、ふんわりしているおかげでとっても軽く食べられます。もう、すでに幸せいっぱいなんですけど~。ん~! フォークが止まりません!」
「な、なんかすごい美味しそうに食べますね……」
「だってすんごく美味しいんですもん。こんなに美味しいお菓子は初めて食べました。もしかしたらこれを超えるお菓子は今後食べられないんじゃないかって思うくらい美味しいんです。さすがショウさんですね。私の食材を使わなくてもこんだけ美味しいお菓子が作れるなんて尊敬します」
「あ、ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえると凄く嬉しいです」
ショウさんは照れくさそうに髪を掻き、笑っていた。
「ショウさん。このケーキは他の人も私みたいに笑顔にしているんです。なので、ショウさんが食材の有無で苦しむ必要ありません。お菓子を沢山作って、多くの人を笑顔にしてあげるのがショウさんの仕事ですよね。だから、どんな食材を使っても同じように作り続けてください。私の牧場で捕れた食材だけを使おうとせず、多くの人にどれだけ幸せを送れるかと言う根本を思い出してください」
「はは……。まさか、キララさんは私の心を読んでいるんですか?」
「いえ、読んでいませんけど、ショウさんが辛そうにしていたので、今のお菓子でもすっごく美味しいというのを伝えたかったんです。伝わりましたか?」
「はい。それはもう、沢山伝わりました。そうですよね。確かに素材にこだわるのも大事ですけど、お客さんの立場になって考えないといけません。キララさんの笑顔を見てそう思いました。少しずつ変えていけばいいですし、今すぐ全部を入れ換えるなんてことはやめにします」
「その方がいいと思います。私も売れる量の問題の解決策は少し考えていますから、もうちょっと待っていてください。きっと満足の行く形で体現します」
「キララさんがそう言うなら、私はいつまでも待ちますよ。いつか、お店の商品を国王に献上出来るくらいの高みへと仕上げて見せます。それにはキララさんの食材が必要不可欠です。でも、キララさんの食材が全国に広がるとなると好敵手も現れる訳ですから、私の腕をもっと磨かないといけませんね! スキルに甘んじることなく、自分の技術を身に付けなくては……」
ショウさんの瞳は燃えていた。どうやら、好敵手が現れる未来を想定し、戦う覚悟が出来ているようだ。
ショウさんが構想を練っている間に、私はショウのケーキを食べ終えた。
「ふぅ~。ごちそうさまでした。えっと、ショウさん。私の食べたショウのケーキなんですけど、正式名称って何ですか?」
「正式名称は単純にミルクケーキですね。ただ、私が勝手にベリーを添えています。あと、ウトサの量とか作り方とかは私が再考案したケーキなので、ショウのミルクケーキと言ったほうが正しいかもしれないですね」
「なるほど……。すっごく美味しかったので、きっと王様にも喜んでもらえると思います。これからも腕を頑張って磨いてくださいね」
「もちろんです。私は死ぬまで菓子職人を続けるつもりですから、菓子と言う貴族の嗜好品を世にもっと広げるために頑張っていきます」
「私も、目標は同じです。もっといろんな人に幸せになってもらいたい。と言う思いから牧場を始めました。最初は成り行きでしたけど、牛乳が献上品になったのはとても嬉しい限りです。これからもお互い頑張りましょうね」
「はい」
私はショウさんと握手をした。
ショウさんの手はとてもしなやかなで、指がピアノを弾いている人のようにとても細くて長い。手の写真集に乗っていても遜色ないくらい綺麗だった。
逆に私の手は指が短く小さい。まだ一〇歳なので仕方ないが料理はしにくい。
私はショウさんから証明書を返してもらい、懐にしまう。加えて牛乳の代金を貰い、同じように懐に収めた。
「では、私はそろそろ帰ります。私の牧場で取れた食材で作ったショウのケーキがどれだけ美味しいか、今度感想を聞かせてくださいね」
「わかりました。気絶しないよう、気を付けて味見しますね」
私がショウさんのお店を出ると雲の隙間から晴れ間が少し見える。
午前中は馬鹿みたいに雨と風が強かったのに、もう過ぎ去ってしまった。あの大雨が滞在していたらと思うと恐怖だが、不安が少し消える。
「でも、王都に向って未だに進んでいるんだよな……」
私は王都の方向の空を見た。鼠色の雲が渦巻き、よく見えないがもっと先に悪魔がいると何となくわかる。
「はぁ……。きっとドラグニティさんとか言う凄い人が何とかしてくれる。そう信じよう」
私はウシ君のもとに戻った。
「ウシ君、お待たせ。可愛い可愛い主が戻って来たよ。ずっと一頭で寂しかったでしょ」
「別に寂しくないけど……。というか何だよ、いきなり。やけに機嫌がいいな……」
「まぁね。今年は誕生日ケーキが食べられて幸せいっぱいなんだよ。だから、幸せのおすそわけをしようと思ってね~」
私はウシ君の大きな体をポンポンと叩く。触っただけで分かる。全身が筋肉の塊だった。筋肉の塊に突進されると思うと背中に怖気が走る。逆に味方だと思うととても安心出来た。
「あっそ。それはようござんしたね」
ウシ君はそっけない態度をとる。ウシ君なので当然だ。ただ、私がウシ君の頭を撫でてあげると細く短い尻尾を振っているので嬉しがってはいるようだ。
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