甘すぎるゴンリパイ
「えっと、これがゴンリのパイ。こっちがショウのケーキです」
白いお皿に乗っていたのはアップルパイにそっくりなゴンリパイ。その隣には生クリームとベリーが使われているケーキだった。ショートケーキに激似で涎が止まらない。
――ショウさんのケーキだからショウのケーキなのか。名前まで似てる。どうしよう、早く食べたい……。
パイとケーキの大きさは一ホールではなく、六分の一くらいの品が皿に乗っており、キラキラと輝いて見えた。
私は初めにゴンリパイの方を食べようと思ったのだが……。どこからか視線を感じる。
「あぁ…………」
ベスパがものすごい眼力で私の方を見てきていた。涎がすでに垂れまくりで、まるで滝のようにドバドバと出ている。もう、口のどこから出ているのか、わからないくらいだった。
――ベスパ、ゴンリパイが食べたいの?
「た、食べたいです」
ベスパは頭を縦に動かし、答える。
――どれくらい食べたいの?
「い、いっぱい……。食べたいです」
ベスパの思考が鈍っているか、催眠術にかかった被験者のような反応をしており、私は少し驚く。
仕方がないのでベスパにゴンリパイを半分あげることにした。
私はゴンリパイをフォークとナイフを使って半分に切ってベスパのいるほうに移動させる。
――ベスパはこっちのゴンリパイを食べていいからね。それ以上はあげられないから味わって食べるんだよ。
「ありがとうございます。貰えるだけでもうれしいです!」
ベスパは両手でゴンリパイを持ち、一気に口に運んだ。味わって食べるんだよって言ったのに……。
「うぐぅう!」
ベスパはゴンリパイを食べた途端に後方へパタリと倒れた。そのまま動かなくなり、魔力となって消えた……。どうやら死んだみたいだ。
――し、死んだ。ゴンリパイを食べた瞬間に死んじゃった……。もしかしてこのゴンリパイ、毒物なんじゃ。
私が食べるのを躊躇していると、後方から大粒の涙を流しているベスパが現れた。
――ど、どうしたんのベスパ。そんなに泣いて。
「うぅぅ。ゴンリパイを味わう前に窒息死しをしてしまいました……」
――うわぁ、ださい。ちょっとおバカすぎて笑っちゃいそう。何でもっとよく噛まなかったの?
「勢い余って飲み込んでしまったんです。ちゃんと噛んでから食べればよかったですよぉ~」
ベスパの食べていたゴンリパイは先ほどのベスパと共に消えてしまい、既になくなっていた。
私はベスパに味覚共有で味だけでも共有してあげる話になった。
「いただきます」
私はゴンリパイにフォークを刺す。
今回、私が食べるゴンリパイは屋根のない作りだ。ドロドロのゴンリがパイ生地の上に載っているだけのお菓子で、地球の品とは少々異なる。
フォークをゴンリパイに刺すとドロドロのゴンリがくにっと潰れ、容易に割けていく。下のパイ生地も簡単に切れた。
私はフォークに乗ったゴンリパイのにおいを嗅いでゴンリ特有の甘酸っぱい香りとウトサだろうか、少し高級感の溢れる甘い香りが感じられる。においを嗅いだ後、フォークを口に運び、ゴンリパイを食べて驚愕する。
「あ、甘ぁ……。なんじゃこりゃぁ……」
口の中が甘さで一杯になった。
よくも悪くも甘い。お菓子を久々に食べたからか、クッキーの何十倍もの甘さが感じられる。それだけ味覚が研ぎ澄まされているようだ。
ゴンリの酸味がなければ水あめをそのまま食べているようなしつこい甘さが口に残り、素材の美味しさを消している。
私は感想に迷った。美味い! と口に出して言うつもりだったが躊躇する。
お菓子は甘ければ美味しいという訳ではない。私にとって甘すぎるだけなのか、この世界の甘さの基準がこれなのか……、わらない。でも、私にはあまりにも味が濃すぎた。
「ショウさん。このゴンリパイに使われているウトサの量はどれくらいなんですか?」
「そうですね、今回はウトサを三〇〇グラムほど使ってゴンリを煮詰めています」
「私の意見ですけど、もう少し甘さを控えた方がいい気がします。ゴンリの味が消えてもったいないですよ」
「そうですよね。私もそう思っていたところなんですよ。王都で作られているパイを参考に試作したんですけど、さすがに甘すぎるなと思っていたんです。ただ、他の菓子職人やお客さんは美味しいというので、私の味覚がおかしいのかと思っていました」
「ショウさんの味覚は正しいと思います。私には甘すぎてすぐに胃もたれしそうです。というか、ゴンリのパイは試作だったんですね」
「はい。そうです。僕の店にパイ系があまりなかったので導入してみようと思っていたんですよ。市民に出すまで評判が分かりませんけど、甘さを少し控えるべきか、がっつり甘くするか迷いどころだったんです」
「貴族とかはがっつり甘い方が好きなんですかね?」
「まぁ、貴族は味の濃い料理が好きですからね。ウトサはほぼ全ての料理に使われます。紅茶にはもちろん角ウトサを入れますし、すでに甘いお菓子に、もっと甘さが欲しいと言ってウトサを直接振りかける者もいるんです。そう考えると貴族にとっては丁度いい甘さなのかもしれません。でも私はウトサを最小限で使っていきたいんです」
「何か理由とかってあるんですか?」
「単純に金貨の節約、加えて味覚の保護などのためですよ。ウトサは刺激が強すぎますから、少し食べただけでも幸福感を得られる食材です。魔造ウトサより依存性は低いですが多少は依存する可能性のある商品なのも確かで、王都の貴族は甘いものに依存気味なんですよ。だから、少しでも体の健康を考えてウトサは控えめにした方がいいと思うんです」
「ショウさんはウトサが体に悪い物だと思っているんですか?」
「私はそうです。ただ、多くの貴族は健康的になれると考えています」
「その理由って……」
「体が太り、裕福に見えるからです。裕福な貴族は大概太っており、上級貴族であればあるほどぽっちゃりした体形の方が多い傾向にあります。いずれああなりたいと思う貴族は多いんですよ」
――いや、完全にメタボっているだけなんだが。そりゃぁ、こんな甘いお菓子食べまくっていたら体が太るのも無理ないよ。
「じゃ、じゃあ。王様とか凄く太っているんですか?」
「いえ。国王は暴飲暴食を控え、嗜好品をほどよく楽しむ方なのでとても健康的な体型をしていますよ。私も国王にお菓子を献上するのが夢なんです。なのでルークス王国の王都でお菓子を学んだんですが、王城での仕事は勝ち取れませんでしたね。貴族に気に入られたところまでは良かったんですけど……」
ショウさんは過去に何かあったのか、少し落ち込んでいた。
「えっと……。私は王様からこんな証明書を貰ったんですけど、引き受けた方がいいですかね?」
「え?」
私はスグルさんから受け取った王都で牛乳の販売許可書と王様への献上品に認定されたという証明書をショウさんに見せた。
「な、なな……。ななな……」
ショウさんはぷるぷると震えながらメークル皮紙を持ち、いったいどんな顔をしているのか私の方からは見えない。だが、動きからして相当驚いているみたいで、声が出ておらず、三度、四度見くらいして書いてある文章が本当かどうか私に問いかけてきた。
「き、キララさん……、これは本当なんですか?」
「はい。さっきスグルさんから貰いました。なので本当だと思います。でも、月に王城に牛乳パックを一〇〇〇本も送れませんし……、困っていたところなんです」
「まぁ、キララさんの牧場が小さいというのが問題なのは献上品も同じですか。と言うか! 王に献上する品に選ばれるなんてとんでもない快挙ですよ!」
ショウさんはメークル皮紙を天井に掲げ、ことの重大さを私に表現してくる。
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