バターのお礼
「す、すみません。申し訳ないですが記憶が飛びました……」
ショウさんは頭を横に振り、苦笑いしている。
「スプーンで少量掬って飲んでください」
「わ、わかりました」
ショウさんは調理場から木製のスプーンを持って来て、生クリームを少量掬い、口に運んで味わう。口で長い間味わっていると、大粒の涙をボロボロと流し、水滴がテーブルに落ちまくっていた。
「うぅぅ……。なぜ何も入っていないのにこんなに美味しいんでしょうか。私の舌が肥えすぎてしまう……。このままでは私の作ってきたお菓子では満足できなくなってしまいそうです……」
ショウさんは椅子に深く座り、頭を抱えていた。
「ショウさん、一応……バターミルクもあるので試してみますか?」
「もちろんです……」
ショウさんはバターミルクを手に取り、蓋をバッと開けてごくごくと試飲した。もう、やけ酒の域に達しそうなほどの豪快な飲みっぷり。案の定、倒れるのだが、私は想定の内なので頭を打たないようビー達を床にすでに配備しておいた。
そのお陰かショウさんは数秒で目を覚まし、頭をさらに抱えることとなる。
「キララさん、この商品はいったいいくらで売るつもりなんですか……」
「そうですね。今はまだ値段を決めあぐねているところでして、はっきりと確定していないんですよ。安すぎても他の同業者さん達が困りますし、高すぎても市民の方に買ってもらえなくなります。高すぎず安過ぎない値段設定と言うのが難しくて……。私は毎回この値段設定に悩むんです」
私もショウさんと同じように頭を抱える。
「そうですよね。でも、ここまで質がいいと一般に売り出すのは厳しいと思いますよ。なんせ、値段が馬鹿にならないですからね」
「はい。私の考えだとバターは金貨五○枚、バターミルクは売り出す気はありません。生クリームは一リットル金貨五○枚くらいでしょうか。ウトサと同じくらいの値段になってしまっているのが凄く怖いんですけど……」
「なるほど、金貨五○枚は妥当ですかね。それくらいの価値は確実にあります。キララさんの村で捕れたモークルの乳を使って作られたお菓子がどれだけの値段になるのか怖いですが、どう考えても美味しくなるのが当たり前なので凄く気になります。では料金を持ってきますね。牛乳が金貨五枚、バターが金貨五○枚、生クリームも金貨五○枚ですね」
ショウさんは椅子から立ち上がろうとした。
「い、いえ。今回はお試しなのでバターと生クリームの値段は必要ありません。好きなように使ってもらって結構です」
「ほ、本当ですか……」
「はい。初めからお金を払わせるわけにはいきません。もし、私の卸した食品を使ったお菓子がお客さんに売れなかったら、食品を購入する意味がないじゃないですか。ショウさんにも生活がありますし、しっかりと考えてもらった方がいいともいます」
「確かにそうですね。使う量も馬鹿にならないです。ただ、王都から同じ食品を買うよりもキララさんから買ったほうが安いんですよ」
「え? そうなんですか」
「はい。モークルの乳を使って作られている品はほぼ高額で取引されています。量が増えれば増えるだけ高額になるわけです。王都の菓子職人もモークルの乳は必要不可欠なんですよ。だからか、地方の私のような菓子職人には割合よりも値段が高くなるんですよね……。本当は王都でもっと売れる訳ですから」
「なるほど、王都で売りたいけど横流ししてもらっている分、割増されていると……」
「そう言うことです。キララさんの作った食品を使えるのなら契約を切って乗り換えてしまいたいくらいですけど、そこまでするとキララさんの牧場の方に反感が向かうので慎重にしないといけない部分ですね」
「つまり、私の牧場で捕れた食品を使うとお菓子が美味しくなって値段も安くできるという訳ですか?」
「はい。そう考えられます。ただ……、そうなると色々問題が出てくるわけでして……」
ショウさんは頬を人差し指を掻く。
「営業妨害とかですかね?」
「まぁ、そういうこともよくあります。最近は騎士団が取り締まるようになってくれたのでとても助かってますよ。キララさんの牧場から食品を仕入れたいのはやまやまなんですが一番の問題は量なんですよね……」
「確かに……。私の牧場はそこまで大きくないですから取れる牛乳の量も一般的な牧場より少ないはずです。ショウさんのお店を賄えるだけの量を用意できるかどうか、分かりません。と言うか、多分無理ですね」
「そうですよね。はぁ、兼用するしかなくなるわけですか。私の気力がどこまで耐えられるか……」
ショウさんの両手はぶるぶると震えており、禁断症状を引き起こしたようになっていた。
――そんなに美味しくないお菓子を作るのが嫌なのか。まぁ、私も質の悪い食品を出すのは絶対に嫌だけど。ショウさんの店のお菓子はどれも美味しそうなのにな……。
「ショウさん。えっと、バターのお礼と言っては何ですがお菓子を食べさせてもらえませんか。おこがましいかもしれないんですけど、私はもうすぐ誕生日でして……。新作でも構いません。何か食べさせてくれたら感想とか言わせてもらいますし、駄目ですかね?」
「キララさんの誕生日はいつなんですか?」
「八月八日です」
「本当にもうすぐですね……。わかりました。バターと生クリームを無料でもらえたわけですから、私も何かお返ししなくてはと思っていたところです。少し待っていてくださいね」
「は、はい。あ、出来れば私の牧場の食材が使われていないお菓子にしてください」
「分かりました」
ショウさんは部屋を出て行った。
「キララ様、そこまでしてお菓子が食べたかったのですか?」
ベスパはテーブルに立ち、私に話掛けてきた。
「それもあったけど、ショウさんに今までのお菓子を作ってもらってもいいって教えてあげようと思って」
「どのようにして?」
「そりゃあ、最高の食レポと笑顔でだよ」
「食レポ?」
「食レポっていうのは食事の感想を言うこと。ま、美味しい料理を他の人にも美味しいと伝えることかな」
「なぜそのようなことをするのですか?」
「ショウさんに伝えるためだよ。ショウさんが作ったお菓子がどれだけ心の支えるになるのかと言うのを大げさに、かつ分かりやすく、丁寧に教えてあげるの。すっごく難しいけどショウさんが仕事をしやすくなるように私が一肌脱ぐよ!」
「よく分かりませんけど、気合十分ですね」
「何たってお菓子が食べられるんだからね。もう、楽しみで仕方ないよ!」
私は握り拳を作り、意欲を高める。
「実際はお菓子の方が本命なのでは?」
「う……。そ、そんなことないよ……」
「じぃーーーー」
ベスパはジト目で私を見てくる。心を見透かすような眼で見られ、私は視線を咄嗟にそらせた。
「ふっ、まぁ、キララ様のお誕生日が近いですし多めに見てもらっても大丈夫かと」
「私はお菓子が本当に食べたい……、じゃなくて、ショウさんに仕事を頑張ってもらおうと思っているだけだよ」
私は自分の心に正直になれず、ただただお菓子を食べたいと思ってしまっている自分がいる。
自分と葛藤している間に、ショウさんは二種類のお菓子を持ってきた。
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