王への献上品
『貴殿の牧場で作られたモークルの乳をルークス王国の王都で販売することを許可する』
高級そうな紙にルークス語の文章が達筆な文字で書かれていた。
「おぉ、許可されたんですね。よかったよかった」
「ああ。許可されることはもう、分かっていた。そのまま続きの文を読んで見てほしい」
「わ、分かりました」
私は文章の続きを読む。
『貴殿の作ったモークルの乳は王都で売る際に定められた基準で全て満点を叩きだし、王に献上するに相応しい商品として認定する』
「ん? どういう意味でしょうか……」
「キララちゃんの作った牛乳が王への献上品に認められたんだ。つまり、王城に挨拶に行く際、牛乳を持っていけば王に挨拶できる。返礼金なんかも凄い額を貰える場合がある。加えて、王に送られる献上品くらい良い品だと世間に知られるきっかけにもなる」
「へ、へぇ……。ちょ! それって凄いことですよね!」
「凄いことだよ! 王への献上品に指定されるなんてなかなか起こり得ない。でも、よく献上品になったなぁ……。確かに凄い美味しいけど、ほぼ情報を隠しての提出だったのに……」
私は身元が気づかれるのが嫌だったので場所や誰が作っていると言った個人情報を一切出さなかった。それにも拘らず、牛乳が献上品に選ばれるのはあり得ないと言われそうだが、実際、委員会で話題になっていたころ、審査のために送った牛乳を王が飲んでしまったらしく凄く気に入ったらしい。
「月、一〇〇〇本の供給を求む……。いや、さすがに無理がある!」
「ま、求むだから、強制ではないはずだ」
「でも、送らないと叩き潰されるかもしれないじゃないですか」
「いや、それはない。なんせ、献上品になるほど美味しい飲み物を作れる者がいるのに、わざわざ潰そうなんて考えはしない。王だって飲みたい品がなくなったら嫌だと思うし、俺が資料に希少な食材だと記載しておいたから、あっちも分かってくれるはずだ」
「一〇〇〇本は無理だけど、一〇〇本くらいなら何とかなるんだけどな……」
「なら、一〇〇本送ればいい。送らないよりも送った方がいいに決まっている」
「そうですよね。まぁ、王都への管は有るのでその人に頼んでみます」
「その方がいい。その者が御者なら相当喜ぶはずだ。毎月、王への挨拶が出来るんだからな」
――ルドラさんなら大喜びで引き受けてくれそう。でも、そうか……。モークルの乳が王への献上品になってしまうくらい美味しいのか。そう言われると凄く嬉しいな。モークル達の皆も自分たちの乳が王に飲まれているなんて思わないはずだ。皆に話しても実感が湧かなそうだな~。
「じゃあ、スグルさん。今回で牛乳の配達は終わりですか?」
私は出来れば終わらせたくなかった。常連さんが離れるのは何としてでも阻止したい。そう思って私は猫撫で声を出しながらスグルさんに上目遣いを使い、声を掛ける。
「いや、終わらない。俺が飲む。と言うか飲みたい。だから、教官に牛乳を飲ませて購入の了承を得たんだ。教官が言うには、月に牛乳パック六〇〇本の入荷を頼みたいそうだ」
「月、六〇〇本……。なぜ六〇〇本も必要なんですか?」
「牛乳は一日で約二〇〇ミリリットル飲むのが健康に良いと分かった。牛乳パックは一リットル入りだから五人分だ。騎士団の人数は八八人ほど。騎士以外も含めるとざっと一〇〇人くらいだ。つまり一日で二〇リットル必要になる。牛乳パックがニ〇本分だ。一月が約三〇日だから、毎日飲むとして六〇〇本となるわけだ」
「なるほど、でもそうなると牛乳瓶の方が楽ですね。毎回毎回注ぐ必要がないですから。朝食時に牛乳瓶を一本添えおきすれば仲間内での喧嘩もなくなると思います」
「なるほど! 牛乳が美味しすぎてお前の方が多いだろ論争に発展するのを見越しているのか。確かにありうるな。じゃあ、牛乳瓶で計算し直すか」
スグルさんは研究室に戻り、紙に計算式を書いて牛乳瓶の本数を計算し始めた。私もスグルさんの後を追い、研究室に入る。
「一月で三〇〇〇本だな」
今さらだけど、こっちの世界の計算式は地球とほぼ同じ。いや、全て同じという訳ではない。
記号や数字は若干違う。ただ、計算の考え方はほぼ同じなので、概念自体は変わらないだろう。この世界の数学者はどういった経緯で数字を見つけたのだろうか……。結構気になる。
「三〇〇〇本……。なるほど、でも一日一〇〇本と考えると妥当ですね。分かりました。その依頼受けましょう」
「本当か! ありがたい! 価格は今までの牛乳の値段でいいか?」
「そうなると、牛乳パック一〇本で金貨五枚だったから、六〇〇本分となると金貨三〇〇枚?」
「そうなるな」
「え……、今の騎士団に一ヶ月金貨三〇〇枚も出せるだけのお金があるんですか?」
素朴な疑問だった。ただでさえ街の人々が苦労しているのに騎士団は牛乳のために金貨を三〇〇枚も出せるのかが分からなかった。
「大丈夫だ。今まで無償だった食事代を、騎士の皆から取ることにしたんだ。実際は騎士団に勤めていれば食事や衣類、家賃など、王都にある騎士団本部が全ての代金を負担してくれた。だが、今はそういう訳にもいかない。本部との連絡は取れているから、資金の供給が止まると言う訳ではないが無償の分を街に還元すれば景気をもっと上げられるという判断になったんだ」
「なるほど……。騎士団の本部からお金を貰って、さらに自分達のお金を使えば牛乳の料金を賄えるんですね」
「そう言うことだ。今までは騎士団から送られてきた資金と給料は別々だったからな。言わば、資金が二倍になったようなものだ。俺達は元から金を使わない性格になってるから、生活費に金を出すくらいどうってことない」
「じゃ、じゃぁ……。今度、一ヶ月分の牛乳を運んできますから……。えっと、その……、金貨三百枚の準備をお願いします」
「分かった。いやぁ、毎日牛乳が飲めるようになるなんて嬉しすぎる……」
ウロトさんは研究室の中に運び込まれたクーラーボックスを撫でながら微笑む。
数ヶ月前まで死にそうな顔をしていたのに、牛乳を飲んでここまで回復したなんて……。まぁ、ブラック企業からホワイト企業になっただけでもあるか。
――でも、月に金貨三〇〇枚の契約が取れたのは牧場にとってすごく大きな利益だ。契約先が騎士団だからお金や騎士団自体が無くなると言う心配もなさそうだし、上手くいけば長く契約し続けてくれるかも。
騎士団とは言わば、地球の自衛隊のような場所だ。役割はすごく似ていおり、欠かせない部分が一つある。そう、給食制度だ。
つまり、私の牧場は騎士達に毎日振舞われる食事に欠かせない一品を賄わせてもらえるわけだ。
騎士団はほぼ一定の人数がいるので、急激に減ったり増えたりしない。安定した職場のはず……。そうなれば私達の牛乳の収入も安定するはずだ。
この嬉しさをベスパと共に分かち合いたかったのだが、ベスパは未だに戻ってきていない。
心配になった私はベスパに念話をする。
――もしもし、ベスパ。私の声が聞こえたら返事をして。
だが、ベスパからの返答はない。
ベスパが死んでいるのなら、私の元に戻ってくるはずなので死んではいないはずだ。つまり、声の届きづらい場所にいる。
私とベスパは魔力でつながっているので、どれだけ離れていても魔力の繋がりさえあれば会話が出来る。でも、魔力のつながりを絶たれると会話が出来ない。
――もしかして、会話が出来ない場所にいるの……。えっと、今までも会話が出来ない場所がいくつかあったな。強力な結界内と転移魔法陣内の異空間。両方とも魔力が繋がらない場所だから、同じような現象が空にも起こっている。そう考えると今、上空には大量の魔力がひしめき合ってるのか。じゃあ、普通の暴風雨じゃないってこと……。この異常気象を何者かが引き起こしているんだ。
私の背中に怖気が走る。
異常気象を起こせる存在なんて、訳が分からない。それこそ神様か何かなのではないかと思った。
天変地異を起こせるのは神か隕石か、はたまた星自体の内部エネルギーによる地殻変動か……。
私はアイドルの時、出演していた教育番組で恐竜たちの絶滅を議論していたことがある。火山の噴火、地震、津波、その他諸々……。
私は自然に恐怖しながら教育番組に出演していたなと思い出す。なぜ今更、思い出すのかと言えば、今までに経験した覚えのない異常気象に見舞われているからだ。
異世界なんて何があるか分からない。
地球の常識が通用しない世界に放りこまれた日本人が異常事態に恐怖しない訳がなかった。
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