騎士達にとって暴風雨は好機
「これはローブか? すでに着ているんだが……」
騎士はカッパを受け取ってくれたが、羽織ろうとしなかった。
「でも、今着ているローブは雨用ではないですよね。これは雨用のローブです。なので簡単には濡れませんよ」
「そ、そうなのか。こんな薄いのに大丈夫なのか……」
騎士はカッパの薄さを気にしていた。確かに、今騎士が着ているローブの厚さは五ミリメートルから一センチメートルくらいの革製品。カッパの方は一ミリメートルから二ミリメートルほどしかない。薄いと感じるのも仕方ないだろう。
「問題ありません。何か引っかいたり、刃物で切り付けたりしなければ簡単には破れません。革製のローブより、水を弾きますし、軽いので着心地がいいと思いますよ」
「そこまで言うなら……」
騎士は着ている革製のローブを脱ぎ、木製のカッパを羽織る。
「では、騎士さんの体についた水を乾かしますね」
私は騎士の立っている地面に魔法陣を展開し、魔力を注ぎ込む。
魔法陣が騎士の体に付着した水分を吸い取り、速乾させる。
「うわぁ……、体が一気に軽くなったんだが……。いったい何をしたんだ?」
「魔法陣に水分を吸い取らせただけですよ」
「そんな魔法があるのか?」
「えっと、水分を浮かせて別の空間に送りました」
「?」
騎士は首を傾げよく分かっていない様子だった。私はいちいち説明するのが面倒なので、詳しい説明はせず、簡単に伝える。
「騎士さんの体に付着していた水分だけを魔力が感知して、魔法陣が吸い出したんです。魔法陣の簡単な応用だと思ってください」
「俺には魔法の知識が乏しいからよく分からんが、助かった。ありがとう」
騎士は子供の私にも頭を下げてきた。
「いえいえ。たいしたことはしていませんよ」
私はウシ君のもとに戻り、騎士のもとに連れて行く。
騎士はウシ君を見て驚き、少したじろいでいたが、私がウシ君の頭を撫でて宥めている姿を見て安心したのか、荷台の後ろへと回る。
「この中に物資があるのか?」
「はい。茶色い箱の中に物資が入っています」
「分かった。すぐに調べよう」
騎士は帆の入り口を緩め、荷台の中に体を突っ込む。すべての紐を解くと風が強すぎて帆を止め直すのが大変だと思ったのか、上半身が入れられるくらいにしておいたようだ。
騎士はクーラーボックスを見つけ、中を確認する。
「よし、危険物は入っていないようだな。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
私は騎士に許しを貰い、騎士団の入り口をウシ君と共に通る。
「さすがに今日は鍛錬していないよな。こんな大雨の中でも騎士達が鍛錬をしていたら、さすがにやりすぎだと思うし……」
私はそう思っていたのだが、グラウンドの方をよく見ると騎士が薄着で懸命に走っていた。
この大雨、強風の中を走るなんていったい何を考えているのだろうか。だが、誰も嫌々走っている訳ではない。
「走れ走れ! 向かい風など気にするな! 雨など走りながら水が飲めるのだからありがたいと思え! こんな悪天候は滅多に経験できないぞ! 今、最悪な天候を十分に経験しておけ! この天候がお前らを更に強くする!」
「うぉおおおおおおおおお~!」×騎士達
教官の大声を機に、騎士達はこの天候は好機だ! とでも言わんばかりに大声を上げ、ドロドロのグラウンドを駆けだす。
私が騎士団の敷地に入るまで、走っている騎士達が見えなかった。きっと今、鍛錬を始めたところだろう。もちろん、女騎士四人の姿もあった。
「あの人達、何であんなに走っているんだろうな……」
ウシ君は素朴な疑問を口から出す。
「体を鍛えるのが好きなんだよ。だから、こんな日でも運動しているんだと思う」
「そうなのか? 変わってるな」
ウシ君は自分も雨の日はドロドロになるまで遊んでいるのを自覚していないのか、ブーメランのような発言をしていた。
私は突っ込まず、はは……と笑って誤魔化す。
ウシ君は私と荷台を騎士団の入り口まで運んでくれた。この辺りは大きな建物に囲まれているので、街中よりは風が強くないが、雨は変わらず降り続けているのでウシ君を出来るだけ建物側に寄せておく。
――ベスパ、騎士団の基地は補強した方がいい?
「そうですね、この暴風雨の影響で街の住民がすでに数多く騎士団の建物に避難していますから、建物が崩壊したら多くの犠牲者が出てしまうはずです。なので補強するべきだと思います」
――分かった。じゃあ、補強を進めてくれる。
「了解です」
ベスパは光り、ネアちゃんと他のビー、アラーネア達が集まってきた。どうやら大きな建物なので、多くの者達で補強を進めないと終わらないようだ。
「じゃあ、ベスパはクーラーボックスを持って私に付いてきて」
「了解です」
私は覚えた通路を辿り、スグルさんの研究室まで歩いて行く。
建物内部では、人々が集まり震えていた。
家が倒壊しそうなほどの悪天候を経験するのが初めてなのか、未だにブラックベアーの恐怖心が残っているのか……。どちらにせよ、街の人たちが苦悩しているのは間違いない。天気が早くよくなってくれるのを望む。
ただの子供に、この先の天候がどうなるのかなんて予測が出来るわけがない。
なんせ、相手は巨大な自然現象なのだ。天気予報なんてあるわけないし、人工衛星だってもちろんない。
雲の性質が地球と同じなら、地上から高さ五〇〇〇メートルから一三〇〇〇メートルくらいの間に存在しているはずだ。
雲の存在している高さ的にビー達が行けなくもないが……、強風の吹き荒れる中を飛び続けられるのはベスパくらいだろう。
「今のベスパは地上から何メートルまで行ける?」
「そうですね、高さは相変わら八八八八メートルが限界ですが、移動速度は以前より早まっているので、すぐに戻ってくることは可能ですよ」
「そうなんだ。それじゃあ、最高高度まで飛んで行って、街に迫ってきている大本が、どれくらいの勢力か見てきてくれる。最悪、何かいるかもしれないし、出来るだけ気づかれないよう実体化して行った方がいいかもしれない。悪魔がいたら魔力で気づかれるかも」
「悪魔が魔力を感知できる体質かは知りませんが、実体化しておけば怪しまれずに済みそうですね。では、少し見てきます。到着したら合図しますから『視覚共有』を発動してください」
「うん、分かった。お願いね」
ベスパは窓から外に飛び出し、ロケットのようにほぼ垂直に空へ飛んで行った。
数秒で合図が来ると思ったのだが、私がスグルさんの実験室に向う途中には合図が来なかった。
どうやら苦戦しているらしい。
台風のような強風の中を小さなビーが飛ぶなんて無謀だとは思ったが、流石に実体化した状態ではベスパでも飛び続けるのはきついみたいだ。ただ、着実に進んでいるようなので、私は他のビーにお願いしてクーラーボックスを運んでもらいながら、スグルさんの研究室の前にまでやってきた。
『コンコンコン』
私はスグルさんの研究室の扉を叩く。
「キララ・マンダリニアです。スグルさんはいますか?」
私が名前を言うと、扉が横に移動して開き、中から機嫌の良さそうなスグルさんが出てきた。
「キララちゃん。やったよ! これで王都でも牛乳が売れる!」
「うわっ! ちょ、スグルさん、高い、高いです!」
スグルさんは私の両脇に手を入れて高く持ち上げた。私の体は赤子のように軽いので大人の男性には簡単に持ち上げられてしまう。
私は手足をばたつかせ、恐怖心を掻き消そうと試みるも、スグルさんの身長は一八五センチメートほどあり、両手を上に掲げれば二メートルは優に超える。加えて、私の眼の高さになると身長二メートル五〇センチくらいの人の目線になっていた。
天井が一気に近づき、頭が当たってしまいそう。
いつもと違う視線は恐怖なので、早く下ろしてほしいのだが、機嫌の良いスグルさんは私をなかなか下ろしてくれなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。スグルさん、今日は一段と機嫌がいいですね。外の天気は最悪ですけど……」
私が大声で叫んだあと、スグルさんは私を床にようやく下ろしてくれた。
「ごめんごめん、気分が高揚してしまったんだ。王都にある、食品安全委員会から書類が届いたよ」
「こんな大雨の中、書類を届けてくれた人がいるんですか?」
「いや、天気の良かった昨日に届いたんだ。ただ、キララちゃんが来る日に見ようかなと思って取っておいたんだ。キララちゃんがもうそろそろ来るころだと思って書類の内容を確認したら、ほら」
スグルさんは高級そうな紙に書かれた文章を私に見せる。
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