悪魔の向かう先
「はぁ、はぁ、私……お店の中を走り過ぎだよね。これ、今回の料金と紅茶の茶葉、コーヒー豆」
カロネさんはお金の入った袋と茶葉の入った紙袋、コーヒー豆の入った紙袋を渡してきた。
「え、ええ……。こんなに貰っても、いいんですか?」
「だって、バターとバターミルクのお返しはまだしてないでしょ。全然釣り合わないけど、貰ってくれる?」
カロネさんは一袋金貨一枚以上する高級な茶葉とコーヒー豆を私にくれた。
「あ、ありがとうございます。大切に飲みますね。私、カロネさんの配合した紅茶とコーヒーが大好きなんですよ」
「ありがとう。凄く嬉しいよ。いや~、キララちゃんならきっと王宮の貴族にも気に入られちゃうんだろうな~。王子たちがメロメロになってる姿が眼に浮かぶよ」
「べ、別に私は興味ないですけどね……。ドキドキ……」
私は王子と言う言葉に胸を躍らせる。性格の良い人ならいいな~、などと甘い考えをしていた。
「王宮なら甘いお菓子が食べ放題だよ」
「そ、それは……、凄く興味がありますね……。じゅるり……」
私はウトサの甘さを思い出し、唾液が舌の裏からあふれ出て来た。
「ふっ。キララちゃん、がめついな~。私と一緒だよ。私が王宮で働いていた理由はお給料とお菓子目当てだからね」
「はは……、私は甘い物に目がないので」
私は小袋を開け、金貨七枚と銀貨一枚入っているのをしっかりと確認した。レモネや紙コップなどもお店のテーブルに並べておく。
「確かに料金は受け取りました。では、また七日後に来ますね」
「うん。楽しみにしているよ」
私はカロネさんから貰ったトランク型の鞄を持ち、外に向かう。私には鞄がまだ少し大きいが何とか持って動けた。大型犬を移動させるように両手で抱きかかえながら鞄を持っている。
――学園に入学する頃にはカッコよく持てるようになってるといいな~。ベスパ、扉を開けてくれる。
「了解」
ベスパはお店の扉を開ける。
『ビュウウウウウウウーー!!』
風は未だに強く、雨は大量に降り注いでいた。私はトランクを庇うように走り、ウシ君の待つ荷台に向っていく。
こけないよう、足下をしっかりと見て脚を動かしたのでドジを踏まずに済んだ。
「はぁはぁ、お待たせウシ君。って、カッパがはだけてるよ」
「別に気にしないでください。俺にはどうってことないんで」
「強気だね。でも風邪をひいたらいけないし、カッパをちゃんと着ていないと体が冷えちゃうよ」
私は鞄を荷台に積み込み、帆をしっかりと張り直す。その後、ウシ君のはだけたカッパをもとに戻した。
「よし。これで大丈夫」
「ありがとうございます」
私は荷台の前座席に座った。そのまま、ウシ君に次に向かう場所を教える。
「じゃあ、ウシ君。次は騎士団に向ってくれる」
「分かった」
私が手綱を握るとウシ君は動きだす。
少し移動しているとあまりの風の強さに私の着ているカッパのフードがはためき、耳にあたって痛くなってしまった。
「痛たた……。これだけ風が強いと、留め具がないフードが脱げちゃう。ネアちゃん、応急処置だけど、伸縮性のある糸で顎紐みたいにフードを止めてくれないかな」
「お安い御用です」
カロネさんのお店を補強して戻ってきたネアちゃんは、私の前髪を止めるヘアピンに擬態していたが、脚を動かして、フードにのそのそと移動する。そのままお尻から糸を出して手に巻き付けたあと、三本の糸をフードにサササッと着けて顎紐を作ってくれた。
「ありがとう、ネアちゃん。これでいちいち手で押さえなくて済むよ」
「いえいえ。応急処置ですから、商品にする時は考慮しないといけません。ありがたい意見をありがとうございます」
ネアちゃんはペコリと頭を下げて感謝してきた。
「え、あ、ああ。そう……」
――ネアちゃん、カッパで商売をしようと改良品を考えてるよ……。でも、アラーネア達がお金を持ってどうするんだろうか。まぁ、ネアちゃんたちが稼いだお金は私達のお金にもなるわけだから、儲かってくれればその分ありがたい。まさか私が会社を二社も持つキャリアウーマンになるとは。へへへ~。私は大して活躍してないけどね。
「キララ様。顔が悪いですよ……」
「おっと……。いけないいけない。出来る女は笑顔が大事。に~ってね」
私はベスパに表情を指摘され、顔を横に振って口角に人差し指を置き、ぐっと上にあげるようにして笑う。別に誰が見ているわけでもないので表情など気にしなくてもいいのだが、職業病のようなものでいつでも笑顔でいないと気がすまなくなってる。
「さてと、こんな大雨の中じゃ一般の人は仕事が出来ないし、買い物にも行けないよなぁ。というか、全然人を見かけないから、家の中に引きこもっているのか。普通のバートン車は走れないし、ルドラさんも帰ってくるのが遅れるだろうな」
この大雨と風が悪魔の仕業なら、間違いなくルークス王国の王都の方に向っていくだろう。悪魔も無意識で動いているわけでもなさそうだし、こんな大きな台風と同じ強さの勢力を保ったまま王都に到着したらどうなっちゃうんだろか。
そう考えると、王都の人たちも恐怖するに違いない。私達で立ち向かうか……。いや、ちっぽけなビー達では台風に抗うなんて出来る訳がないので、自分たちの命を優先せざるを得ない。
「キララ様。街の補強が半分ほど終わりました。体調の方はお変わりないですか?」
ベスパは私の体調を気にして話かけて来た。
「うん。大丈夫。余裕がまだまだあるよ。もう少し早めてもいいくらいだから、私の魔力をどんどん使って」
「了解です。では、もう少し作業を速めるためにキララ様の魔力使用量を二倍にします」
ベスパが光ると、私の体がズンッと重くなる。
魔力が抜き取られているようだ。だが、重たいリュックを背負っているような感覚に似ているので、それほどきつくはない。
私の体調はよくも悪くもなく、ちょっと眠たいな~と思うくらい。眠たい時の運転は危険極まりないが、ウシ君は自動運転の車のように自分で考えて移動してくれるので私が操作する必要が無く、寝ていても問題なかった。さすがに寝ないけど……。
私は少し眠気に襲われながら、ウシ君の手綱を握っている。ときおり頭がカックンと落ちそうになる時があるが、頭を振って眠気を覚ます。
ウシ君は数分間走り、私達は騎士団に到着した。
騎士団の入り口には騎士がしっかりと立っている。だが、寒いのかガクガクブルブルと震えており、唇が真っ青だ。今の季節が夏とはいえ、長い間雨に打たれ続けていたら風邪をひてしまう。
騎士は革製のローブを羽織っていたが、すでに水浸しで効果はほぼないみたいだ。
かわいそうだとおもい、私はベスパにお願いする。
「ベスパ、カイリさんに作ってあげた雨具をもう一枚作ってくれる」
「了解しました」
ベスパとネアちゃんは森の方に飛んで行き、すぐに戻ってくる。
「どの方でも合うよう、少し大きめに作りました」
ベスパは深緑のローブ式カッパを持ってきた。私はベスパからカッパを受け取り、頭を下げる。
「ありがとう。それじゃあ、ウシ君。私はちょっと行ってくるね。了承がもらえたらすぐに戻ってくるから、ここで待っていて」
「分かった」
私はウシ君と荷台を大通の端に寄せて止め、カッパを持って騎士団の入り口に立っている騎士に話しかける。
「こんにちは! 今日は酷い天気ですね!」
暴風雨なので声が届きにくいと思い、私は大きな声で話した。
「こんにちは。今日はほんとうに酷い天気だ。雨風は我慢すればいいが、体調が悪くなる一方なのが辛いな。って、嬢ちゃん。こんな所にいたら危ないだろ。早く家に帰りなさい」
「いえ、今日は物資をとどけに来たのでまだ帰れません。スグルさんへの物資です。資料を確認してもらえますか?」
「あ、ああ。分かった」
騎士はローブの内側から物資の資料を取り出し、探していた。だが、その手は寒さからか震え、手もとがおぼつかない。加えて資料の紙が風と雨でバサバサっとあらぶり、今にも飛んで行きそうだ
「あ、あったあった。スグルへの物資だな。確かに今日になっているが……、嬢ちゃん、こんな日によく届けようと思ったな。他の業者は皆、来ていないぞ。と言うか、普通来れないぞ」
「まぁ、私は特別な荷台を使っているので……。あと、バートンじゃなくてモークルの雄に運んでもらっていますから」
「な、なんかよく分からないが、嬢ちゃんが普通ではないというのは分かった。物資の確認をするから見せてもらえるか?」
「分かりました。えっと、荷台を確認する前にこの上着を羽織ってください」
私は騎士にカッパを手渡す。
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