ミルクのミルク
私とレクーは沢山練習して頑張っていた。ただ、先に目標を達成したのは乗バートンではなく乳牛の方だった。
「大きくなったね……、ミルク」
私は白と黒の毛が特徴的なミルクの体を優しく撫でる。
「いっぱい食べていっぱい寝たからね。もうミルクも大人の仲間入りだよ!」
ミルクのお腹にはウシ君との子供がいる。
ウシ君は乗り気ではなかったが、ミルクがぐいぐい押していき、いつの間にか子供ができていたのだ。
「キララ、モークルを本当に綺麗に育てたな。わしが育てたモークルより良く育っとるかもしれん。だが、モークルの出産は中々成功しない。いつ生まれるかもわからん。モークルたちはわしたちが手助けすることを許してくれん。いざとなったら子供を引き出さねばならんのだがな。ミルクの調子を見ると出産は夜中付近だろうな……」
お爺ちゃんは険しい顔をしながら言っていた。
「キララさん! 生まれそうになったら叫ぶから! もし、私に何かあったら赤ちゃんをすぐ助けてね!」
ミルクは、私達に助けられることを気にしてないみたいだ。
「うん! わかった。お爺ちゃんと一緒に無事元気な赤ちゃんを生もうね」
牧場は何とも言えない緊張感に包まれる。
――いつ産まれるかわからないと言うのは、神経を結構削られるんだ。私は子供を出産した経験が無いから妊婦の気持ちは全然わからない……。ミルクはいったいどういう気持ちなんだろうか。
私のそわそわした気持ちは他の動物たちにも伝染してしまっているらしく、いつもならすぐ無くなってしまう干し草が、未だに余っている。
「キララ、そんなに緊張していたらミルクにも緊張が伝わってしまうぞ。緊張は天敵だからな、感情が少しでもぶれてしまえば、出産は上手く行かない。モークルは人の感情を的確に読み取ってしまうところがあるからな、出来るだけミルクには近づかない方が良い。出来るだけ自然な形で出産させるんだ」
「わ、わかった。私、ちょっと走ってくる」
気持ちを落ちつかせるために何もない草原まで一気に走り込む。
走っていると周りの風を切るような音が聞こえてくる。すると、頭の中に渦巻いていた緊張感が解けていくような感じがした。
「ふ~」
私は深呼吸を行い、心拍数を正常に戻す。
「キララ様、いきなり走り出していったいどうされたんですか?」
ベスパは私の頭上を飛び、訊いてきた。
「ちょっとね、私も初めての経験だから緊張してるんだよ」
「あ~、ミルクさんの出産ですね。でもミルクさんなら心配いりませんよ。あれほど図太い性格の方は中々おられませんから」
「まぁ、私もそう思いたいんだけど何があるかわからないからね。ここは熟練のお爺ちゃんに耳を傾けてみた方が良いと思って」
「なるほど、納得ですね。賢人に耳を傾けよってやつですか」
ベスパは短い腕を上げ、手を耳に当てる。
「そういうこと。よし! 心も落ち着いたし、牧場に戻ってお爺ちゃんの手伝いを再開しよう」
あっという間に時間が経ち、大人までもが寝静まる夜中になった。
夜の気温は大分低い。現在の季節は冬よりの春。三月の中旬だ。長そでの服を着ていても流石に冷えてしまう。
「キララ様、いつまで起きているつもりですか? いざとなれば、私が起こしますから。少しでも眠った方がいいですよ」
ベスパは部屋の中をブンブン飛びながら話し掛けてきた。
「だって……、ミルクの初めての出産なんだよ。私が育ててきたんだから、子供の出産を見逃す親はいないでしょ」
「は~、わかりましたよ」
ベスパは机にくっ付き、眠り始めた。既にお爺ちゃんが言っていた夜中なのだがミルクの声が聞こえてくることはない。
夜中をとっくに過ぎ、日が差してきたころ。
牧場に取り付けられた、管理室の机にへたばりながら椅子に座っていた私は、視界がうつらうつらとしていた。
その時。
「痛った~~~~~~い! あ~~~~~~! キララさ~~~~~~ん!」
「は! ミルク!」
あまりに大きな声に驚き、私は椅子から転げ落ちる。
地面に強く叩きつけられた私は一気に目が覚め、これでもかという速さでミルクのもとに向う。
「へ? ああ! キララ様! 待ってください!」
ベスパも飛び上がり、私の後方からついてきた。
「ミルク! 大丈夫!」
私が駆けつけたころにはすでに破水していた。
「破水したか! 赤子を早く出してやらんと窒息してしまう」
お爺ちゃんも駆けつけ、ミルクの様子をうかがう。
「うぐぐぐぐぐぐ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミルクは頑張って力んでいるが赤ちゃんが一向に出てこない。
「あ! 何か出てきた……。足でもなんか向きがおかしいような……」
「まずいぞ! 逆子だ!」
お爺ちゃんは叫ぶ。
「逆子?」
「今は説明している場合じゃない。早く引き出さんと窒息死するぞ!」
「窒息、そんな! ど、どうしたら」
ミルクは頑張っているが、中々出てこない。お爺ちゃんは助けに行こうか迷っている様子だ。
「ミルク! このままじゃ、赤ちゃんが死んじゃう!」
私はミルクに叫んだ。
「キララさん……、お願い……。赤ちゃんを引っ張り出して……」
ミルクは弱々しく呟いた。
「お爺ちゃん! ミルクが赤ちゃんを引っ張り出してほしいって言ってる!」
「そうか! わかった!」
お爺ちゃんは小屋の中にすぐさま入り、赤ちゃんの足を迷わず持ち、ぐっと引っ張り出した。
「痛~~~~~~い! う……、うぅ……、はぁ、はぁ、はぁ……」
ミルクは赤子を出産し、痛みが少し引いたのか、呼吸を整えていた。
全身の力が一瞬にして解き放たれたような……、また、燃え尽きて真っ白になった木炭のように私はその場に膝から崩れ落ちて座り込む。
「はぁはぁ……、私まで疲れちゃったよ」
ミルクの赤ちゃんは無事生まれた。初めは全く立てない様子だったが、少しするとすぐさま立ち始めた。
「もう立ち上がるの!」
「そりゃ、一番狙われやすい時だからな。早く立ち上がって逃げられるようにならんと」
「は~、凄いな…」
私が感心している間に赤子はもう立ち上がってミルクのミルクを飲んでいる。
「お爺ちゃん、私、ミルクが出すミルクが欲しいの。赤ちゃんが飲む以外のミルクを取ってもいい?」
「ミルク……。まぁ、キララが育てたんだ、好きにしなさい」
「ありがとうお爺ちゃん! ミルク! 明日からお願いね!」
「うん! 任せといて!」
――よし! これで私の夢に一歩近づけるぞ。それにしても、ミルクのミルクってなんかややこしいな。モークルが出したミルクを牛乳って名前で呼ぶ事にしようかな。
ミルクの出産は上手く行った。だが問題はここからだった。
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