カロネさんの熱愛秘話
「ふぅー。さすがカロネさんの紅茶ですね。すっごく美味しいです」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「カロネさん、今日、私は新しい商品の試作を二種類持ってきました。少し食べてもらえませんか?」
「もちろんだよ。キララちゃんの試作が食べられるなんて……。こんな暴風雨でもいい日になるんだね」
カロネさんの恐怖心が少々弱まっているのか、いつもの眩しい笑顔を見せてくれた。
「別に大した商品じゃあないですよ。すでに販売されている品を私が作っただけですから。でも、味は保証しますよ」
「まあ、キララちゃんが作った品なら、味が良いのは分かってるから、すごく楽しみ」
カロネさんはテーブルに置かれたカンテラの光に当てられながら、微笑みを浮かべていた。
私の作った商品を試食できるのがそんなに嬉しいなんて……。そう思ってくれるのなら私も凄く嬉しいな。
「私が作ってきたのは乳油とバターミルクです」
「バター!」
「うわっ!」
カロネさんは私が商品名を言うと椅子がガタンと後ろに吹き飛ぶ勢いで立ち上がった。加えてカップに入っている紅茶が揺れて波紋を作るほどの力でテーブルをバンっと一度叩く。
「き、キララちゃん。バターって言った?」
「は、はい。バターって言いました……。その、バターがどうかしたんですか?」
「バターって言ったら高級食材だよ。もしかして、バターが食べられるの……」
カロネさんは子供のようなキラキラした瞳で私を見てくる。
――瞳を輝かせるほどバターが食べたくて仕方がないのか……。すごい期待してくれているけど期待を越えられるかな。
「そりゃあ……食べられますよ。バターはそのまま食べるような食材じゃないですけど」
「そ、そだよね。でも、バターを作っちゃうなんてキララちゃんは凄いね。作るにはいろいろな工程が必要なんでしょ?」
「はい。なので一個のバターを作るだけでも手間と時間が掛かってしまうんです。まだ値段すら決まっていません。なので本当にただ試してもらうだけなんです」
「そうなんだ……」
「私の作ったバターを他の場所で販売しても良い物なのか少し確かめてもらえませんか? ウロトさんは絶賛してくれたので不味くはありませんよ」
「ウロトさんの絶賛したバター。わ、分かったよ。私にも試させて」
カロネさんは先ほどの恐怖心など今はみじんも感じておらず、ただただ私の作ったバターを使ってみたいと言う料理人としての感情が沸き立って来ていた。
こうなればだれにもカロネさんを止められず、私ですら話を聞いてもらえないだろう。
――ベスパ、テーブルの上にクーラーボックスを置いてくれる。
「了解です」
ベスパはもっていたクーラーボックスをテーブルにそっと置く。私は蓋を取って、中かからバターの入った紙箱とバターミルクを手に取り、カロネさんに手渡した。
「この紙箱がバターでこっちの牛乳瓶に入っているのがバターミルクと言う牛乳よりも甘みの強い飲み物になります」
「こ、これがバター。私がバターを見たのはルークス王国の王都にある王城で開かれた夜会でお茶を入れていた時くらいだよ」
「お、王城……?」
「あ、言ってなかった? 昔、私は王都にある王城でお茶を入れていたんだよ。貴族たちにお茶をずっと振舞っていたんだけど、皆に美味しいお茶をのんで欲しかったから王城での仕事を止めてこの街でお店を開いたの」
「そ、そうだったんですか。えっと……普通は王城で簡単に働けるんですか?」
「いやいや。簡単には働けないよ。私は大学院まで行って学園の先生が王城でお茶を出していた方がいたから、私が王城で働けるように推薦してくれたの。仕事を止めるって言った時は分かっていたわと言ってくれるような素晴らしい先生だった」
「へ、へぇ……」
――大学院なんて施設もあるんだ。どういった枠組み何だろう。学園は一二歳から通えるから、多分日本の中学校みたいなところだよね。高等部や大学もあるらしいし、大学院があってもおかしくないか……。どうしよう、私、そんなにお金貯められるのかな……。
「あの、カロネさんはそんなにお金持ちだったんですか? 大学院に行くまでにはお金が相当掛かりますよね?」
「あー。その点は働いて何とか賄っていたよ。私、勉強は苦手だけど、お茶の知識に関しては誰にも負けない自信がある。それくらい好きだった。大学院は結構自由だったし、学費は王城の給料で賄っていたよ。仕事しながらでも学業は両立出来たの。王城では大学を出ていれば働けるし、大学院生なら研修先としても働かせてもらえたから幸運だったよ」
「へぇー。なるほど……。えっと、一応聞いておきますけど、カロネさんは貴族なんですか?」
「そうだね。でも、下級の下級、上流貴族が息を拭けばふって消えちゃうような弱小貴族だよ。私の家系は地方で頑張っているみたいだけど、最近は帰ってないな~。ま、兄さんが家を継ぐし、別にどうでもいいんだけどね」
カロネさんは笑いながら話した。
「何か、気軽ですね……。貴族だともっとビシってしないといけないと勝手に思っていました」
「そう言うのは本当に位の高い貴族だけだよ。中流階級でも、結構気楽な性格の子達は多いよ。あ……、でも、私の周りの女の子たちは一五歳を過ぎてからの結婚願望は凄かったなぁ……。上流階級の男子を我先に食い漁ろうとする獣の眼をしてたよ……」
「そうなんですか。やっぱりその年齢になると貰い手がいなくなるとかですかね?」
「まぁ、それもあるし、年齢の高い人女性が結婚していないのは何かしらの理由があるって思われて距離を取られがちなんだよ。それは男性も同じだけど、王都の女性は滅多に働かないし、どれだけいい男を見つけるかで自分の力を示せるの」
「うげぇ……。めんどくさい……」
「でしょ。私も面倒だったから大学院に行ったし。でも、ちょっとうらやましくはあったよ。楽しそうだなーとは思うけど、今、考えても私には縁遠い話だった。王城でいろいろあったけど、結局なかったことにしたし……」
カロネさんは紅茶を飲みながら遠い目をする。
「え、何があったんですか、すごく気になります!」
「別に大した話じゃないんだけど……、私は一度、第一王子に求婚されたの」
カロネさんはさらっと言ったが私の聞き間違いではないだろうか……。
「ええ! そ、そうなんですか! そ、それで、どうなったんですか!」
「もちろん断ったよ。だって、第一王子には許嫁がいたし、私に王妃なんて性格的に合わない。だから断った。嫌いじゃなかったけど、好きでもなかった。ただ、私の入れた紅茶を美味しいって言って飲んでくれている姿はどこか王子の役割を忘れて楽しんでいたように見て……って、なんか恥ずかしいな」
カロネさんの顔は少々赤らみ、未練がちょっとはあるみたい。
私は王子を知らないけど、カロネさんに惹かれるのはちょっと想像できるかも。女性だけどすごく話しやすいと言うか、きっと王子も一緒にいて楽だったんだろうな。
「ご、ごめんね。ちょっと話が長くなっちゃった。すぐにバターを使った温かい飲み物を入れてくるから、少し待っていてね」
「はい。お気遣いなく」
――まさかカロネさんに王子との熱愛秘話があったとは……。カロネさんはいくつくらいだっけ、三○歳にはなってないと思うから、王子もそこまでの年齢じゃないと思うんだよなぁ。でも、こっちの成人は一五歳って早めだし、もう王様になってるかも。まぁ、私には関係のない話しか。
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