暴風雨が悪魔のせいだとしたら……。
「よし! じゃあ、ベスパは横から見ていて。私は荷台の前座席に乗ってどういう感じか体験してみるよ」
「了解しました」
私は荷台の前座席にのり、手綱を握る。
「ウシ君。普通に歩いてみて」
「分かった」
ウシ君が動き出す。すると先ほどよりも格段に安定している。地面がぬかるんでいるので地面に着く車輪の跡は目立たない。
『ブオオオオオオーー!!』
私の体を荷台に押し付けるくらい強い風が吹く。
「くっ……。強い風。あれ、荷台が全然びくともしないよ。凄い。横転しない荷台になった」
「キララ様。魔法陣が完璧に作動しているようです。爆発の危険性はありません」
ベスパは車輪を横から見ており、状態を確認していた。
「そう、よかった。じゃあ、ベスパは車輪に魔力を一気に注ぎこんでおいて。ウシ君はカロネさんのお店に向ってくれる」
「了解です」
「分かった」
ベスパは四つの車輪に魔力を注ぎ込み、今日中は魔力が尽きないほどの量を入れていた。
ネアちゃんの糸を巻き付けた車輪を付けている荷台に乗って数十分後……。私はいつもと違うと気づく。
「何か振動が減った気がする……。揺れがさっきまでと明らかに違うんだけど……。もしかしてネアちゃんの糸のおかげなのかな」
「ネアちゃんの糸が振動を分散してくれているみたいですね。そのお陰でキララ様に伝わる振動が極微量になっているのだと思われます」
「ほんと便利な糸だね……。凄い快適な荷台になったよ。大きく揺れないし細かな振動が少ない。もう、至れり尽くせりの荷台になっちゃった。まぁ、この雨がなければだけど……」
私の体に容赦なく打ち付ける雨の量は一向に収まらず、きっとカッパを着ていなければ全身びしょ濡れで下着のパンツまで洗濯した後と同じになっていただろう。
ベスパの作ったカッパと長靴の性能はあまりによくて、着心地もさることながら、どれだけ大量の水が当たっても絶対に水を通さない。逆に体から出た汗は速乾するようになっており、体の中が蒸れたりしなかった。
まるでカッパ自体が息をするように内側の湿気を排除してくれている。それは長靴も同様で水が入らないし、私の足の大きさにあっている、蒸れてもすぐに速乾して水虫にもならなそうだ。ただ一つ嫌なのが、ビー達が作ったという過程だけ……。実質ビー達を身に纏っていると言っても過言じゃなさそうだ。
私が雨具の性能と心の起伏を感じていると、ウシ君はカロネさんのお店に到着した。
お店の周りに飾られていた花は全てなくなっており、テーブルや椅子もなく寂しい露台になっていた。
「じゃあ、ウシ君は道の端で待っていて。ベスパはクーラーボックスを持って来て」
「分かった」
「了解です」
私は荷台から降りてカロネさんの喫茶店に向う。
『ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ……』
私は喫茶店の近くに歩いて行くとカロネさんのお店が強風によってきしんでいた。木材の建物なので力を逃がしていると考えれば問題ないのだが、このまま崩壊してもおかしくない。
「ネアちゃん、このお店も補強をお願い」
「分かりました」
ネアちゃんは他のビーに連れられてお店の屋根に飛んで行く。
「よし。これでカロネさんのお店も倒壊の心配はない」
私は安心して喫茶店の扉を開けようとするも、鍵が掛かっており開かなかった。
『ドンドン、ドンドン……』
扉を少し叩き、カロネさんを呼ぶ。
「すみませーん。キララですけど。カロネさんはいますか?」
窓ガラスから見える店内は暗く、どう考えても臨時休業だった。
「あ、キララちゃん。来てくれたんだ。うぅぅ……」
お店の奥から出てきたのはカンテラに似た道具を持ったカロネさんだった。
お店が暗いので灯りをともしてくれるのはありがたい。私が『光』の魔法を使えば明るく出来るが、弟のライトの様に光りを球体にして浮遊させておくことはできないため、使い勝手が悪いのだ。ただ単に私の力量不足なのだが仕方がない。
窓から店内を覗いている私に気づいたカロネさんは小走りで移動し、お店の扉を開けた。
「うぅ、キララちゃん。来てくれてありがとう……」
カロネさんは涙を流し、私に抱き着いてくる。
「カロネさん。どうして泣いているんですか?」
「どうしてって……。こんな天気初めてだし、お店がギシギシ言ってるし、雨漏りもするし、何でこんな不運が続くんだろうって考えてたら怖くなっちゃって……」
「カロネさん。落ち着いてください。異常気象なので仕方がないですし、街の皆同じことを思っていますよ。カロネさんだけが不運じゃありません。たまたま不運が重なってしまっただけです。とりあえず中に入りましょう、風が強いので扉が吹き飛んでしまいます」
「そ、そうだね」
私とカロネさんは店内に入る。
――ブラックベアーがこの街を壊しかけてから約一ヶ月、またしても壊しにやってきたのが大型の台風なんて、たまたま重なってるだけだよね……。もしかして悪魔とか……。
私は門を守っていた兵士のおじさんが言っていた悪魔の話が頭からどうしても抜けなかった。それはブラックベアーの体内にいた悪魔が言っていた発言と一緒に思い起こされる。
『悪魔たちが目覚める』と言う一言で頭がいっぱいなのだ。
――この風と雨が悪魔の影響なのだとしたら、いやいや……。さすがに迷信だよ。でも、ブラックベアーの体内から聞こえた声は悪魔と言っていたし、マザーたちの意識が戻らないのは魂を抜かれたからとしか説明のしようがない。悪魔の証明なんて必要もないくらい堂々と会話していたし、意思疎通が出来ていた……。つまり、悪魔はいる。
「キララ様、顔が険しくなっていますよ。少し落ち着いてください。たとえ今回の件が悪魔の仕業だったとしても、奴らが危害を加えてくるかどうかは分かりません。何なら、このまま通り過ぎてくれるかもしれないじゃないですか。逆に刺激しないよう、ただの景色のように身を潜めておくべきです」
ベスパは冷静に物事を考え、私に助言する。
――そ、そうだね。ブラックベアーみたいに直接攻めてきている感はしない。ほんとに通り道と思って行動しているのかも。私達はただの木。悪魔に干渉されないよう静かに待っていた方が得策かな。
「キララちゃん、こんな天気なのによく来たね……。荷台とか横転して吹き飛んでるところを見たんだけど、キララちゃんの荷台は大丈夫なの?」
「はい。問題ありません。特別製なので」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと待っててね。今、紅茶を入れるよ」
「いいんですか? 今日はお休みですよね」
「そうだけど、キララちゃんがせっかく来てくれたし、何かお礼をしないと」
「いやいや、私はただいつも通りの配達を行いに来ただけですよ。感謝される筋合いは有りません」
「ううん。私が感謝したいから紅茶を出すんだよ。一人身だとこういう日はどうしても怖くて……。毛布にくるまって一日を過ごすっていう情けない大人なんだよ、私は……」
カロネさんの顔は私の心的外傷が発症している時の表情と同じだった。きっとカロネさんにもトラウマがあるのだろう。カロネさんのトラウマが暴風雨の天候の時なのか、一人の恐怖心なのか分からないが、克服するのはとても難しい問題だ。
「キララちゃんが来てくれて心に少し余裕が出来たよ。ありがとうね」
カロネさんはいつも通りの完璧な紅茶を入れてくれた。
私は香良し、色良し、味良し、文句の付け所がないくらい美味しい紅茶を啜り、一服する。この一時は天候が大荒れだとしても健やかな時間となり、私の心を癒した。
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