王食と言う味爆弾
「よし! ささやかだが、一食、俺に振舞わせてくれ。丁度朝食の時間だ。キララも腹が減っているだろ」
「え……。いいんですか!」
「ああ。ここまでされちゃあ、俺も黙っていられない。感謝の気持ちは料理で返す。今日は客がいないからな。存分に研究をしようと買い込んだ食材があるんだ。今回は調味料も使う。それくらいの価値がある仕事をしてくれたからな」
「そ、そんな……。調味料だなんて……」
「なんだ、味付けは無しでいいのか?」
「欲しいです! おねがいします!」
「分かった。おっと、料理の前にキララの商品を仕入れないとな」
「あ、そうですね。さっきの時間に終わらせておけばよかったんですけど、話が盛り上がってしまいましたから、商品を卸すの忘れていました」
私はウロトさんと共に、食堂に戻る。
「今日は新しい商品を二種類、持ってきました。ウロトさんが使うかどうか分かりませんが、乳油とバターミルクです」
「バター……。そうか。牛乳はモークルの乳から作られているんだもんな。バターも作れるのか。ちょっと嗅がせてもらってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
私はクーラーボックスを開けてウロトさんにバターの入った紙箱を渡す。
「スンスン……。ん? 全く臭くないんだが……」
ウロトさんは箱に鼻を近づけ、恐る恐るにおいを嗅いでいた。
「そりゃあそうですよ。臭いバターなんて売り出せません。私が作った特製バターなんですよ。原料は牛乳なんですから、いい匂いに決まっています。まだ、大量生産できる商品ではないので、売れるのはほんの数個だけですから、すごく貴重な品ですよ」
「あの牛乳から作ったバター。そのまま食べてもいいのか?」
「まぁ、食べたいのならどうぞ」
ウロトさんは紙箱を開けて包装紙を取り、バターを見て眼を大きく開き、言葉を失っていた。
「う、嘘だろ……。これがバターなのか? 紙箱と包を開けても臭くないだと……。加えて色も綺麗だ。ここまでカスタードに色の近いバターを見た覚えがない……」
「もちろん鮮度にはこだわっていますからね。臭いわけありません。一口食べたら包み込まれるような芳醇な香りと、うま味、とろけるような甘みを感じ取れますよ」
「そ、そうか。じゃあ、ナイフでバターの一部を切り取って……」
ウロトさんはどこから取り出したのか分からないが、手元から小さなナイフを出し、柄を握る。そのまま、バターを一センチメートルほど切って口に運んだ。
「がはっ!!」
ウロトさんは手で口を押え、椅子に座り込む。
いったい何が起こったのか分からず、私は困惑した。ウロトさんに毒薬でも飲まされた反応をされて焦る。
「あ、あぁ……。こ、これが……、バターだと言うのか……。こんなのうま味の爆弾じゃないか。気絶するところだったぞ……」
ウロトさんは両手をテーブルに置き、息を整えながら話す。
「えっと、バターを食べて気絶する人なんていますかね……。でも、それだけ美味しいと言うことですよね。よかった……。一生懸命に作った甲斐があります」
「美味いなんて言葉で表していいのか……俺は疑問だ。だが、こんな食材を料理に入れたら何段階先の領域に行けてしまうのか……。俺は気になる。今、牛乳の料金を払う。えっと……このバターはいったいいくらなんだ?」
「まだ決めてません。ただ、牛乳の使用量から計算すると、そのバター一本で金貨五○枚くらいになってしまいます」
「金貨五○枚! それはもう……、ウトサと同類の食材じゃないか。だが、確かにその領域に達している。王都の料理人なら確実に買う。なんなら、金貨五○枚じゃ論争が起こる可能性すらあるぞ。よく考えて売れよ。俺はもちろん買わせてもらうんだがな」
「えっと……、失礼かもしれませんけどウロトさんはそんなにお金を持っているんですか?」
「お、なんだキララ。俺が食材に金額を躊躇するとでも思ったか? たとえどれだけ高くてもいい素材を使って美味い料理を作るのが料理人だろ」
「す、凄い……料理人の鏡みたいな人ですね。えっとまだ金額を決めていないのではっきりと言えないんで今日は試しに使ってもらって今度金額を決めた時に購入するか検討してください」
「そうか。分かった。よし。とりあえず、このバターミルクとか言う牛乳を飲んで口の中を潤すか」
ウロトさんはバターミルクと牛乳を一緒の物と考え口にした。
「ごあはっ!」
ウロトさんは椅子に座っていたのだが、後方に倒れ、床に打ち付けられる。牛乳とバターミルクを比べたら、バターミルクの方が何倍も味が濃い。
「な、何だ、この牛乳……。力が強すぎるだろ……」
ウロトさんは後方で、眼を回しながらバターミルクを一滴も零さずに飲み干していた。
「それはバターミルクと言って、牛乳とはまた違う商品です。バターを作る際に出てくる副産物みたいなものなんですけど、牛乳よりも栄養価が高くて味も濃い。少しずつ飲んだほうが良かったと思うんですけど……」
「いや、バターとバターミルクが口内で爆発した。もう、この味を忘れられない。早く料理に使いたくて仕方がなくなった。キララ、少し待っていてくれ。今すぐに、一食を作る。その後に支払いを済ませる!」
ウロトさんの料理人魂に火をつけてしまったのか、私はウロトさんの覇気に押されて了承する。
「よ、よろしくお願いします」
私はお見合いかと言うほど背筋を伸ばし、椅子に座った。何が出てくるのかあまりにも楽しみだ。私も気絶しないよう気を付けなければ。
「よし……、やるか」
ウロトさんは頭に布を巻いて気合いを入れる。
調理場の方から火の粉がバチバチと弾ける音がする。何かがジュウ、ジュウと焼ける音がする。
快音と共に食堂へ広がるのは焼かれたバターの甘い香り。すでに朝食で得ていいのか分からないほど豪勢な料理になっていないかと想像が止まらない。
私は手を握りしめながら待った。
――いったいどのような料理が出てくるのだろう。もう、高級レストランでフランス料理のフルコースを食べる前よりも緊張しているよ……。
私が待ち続けて三○分ほど経った頃。
「よし、出来たぞ」
ウロトさんは大きなお盆を持って私の目の前に置いた。
「ソラルムソースあえ麦飯のエッグル閉じだ。あと、野菜とキノコのバター合え。ピッグの干し肉入りソラルムのスープ」
「お、おぉ……。す、凄い。この短時間でこんな豪勢な洋食が作れるなんて……」
「洋食? これは王食だぞ」
「お、王食?」
「主にルークス王国の王都で食されている料理だ。色鮮やかでふんだんに調味料が使われている料理を指す場合が多いな」
「な、なるほど。王食。もうすでに食べた覚えのない食材の名前が入っていたのでとってもとっても楽しみです! いただきます!」
私は朝食からがっつり食べられる人間なので昼食ほどあるウロトさんの料理も余裕で食べきれるはずだ。
私が一番に手を付けたのはオムライスにそっくりな料理。ソラルムと言う単語が初めてなので、少し恐怖心を持ったが、見た目が真っ赤なのできっとトマトだろう。エッグルはまさしく卵。もう、ご飯が麦なだけで中身までほぼオムライスそのままだ。
私は木製のスプーンを持ち、エッグル閉じを少し掬って口に運ぶ。
『ボカンッツ!』
口の中が爆発した。もう、そう思うほどの味爆弾。私達がどれだけ薄味の料理を食べてきたのかが分かるほど、エッグル閉じにはしっかりとした味が付いている。
ソラルムはトマトで間違いない。ほどよい酸味の中にうま味がある。ただ、私の知っている素材より若干酸っぱさが強い気がした。それでも、ソラルムソースと言う調味料がいい味を引き出していた。実際、ケチャップとほぼ同じ味がする。
ソラルムソースとは果実や野菜、キノコ、ソウル、ウトサ、元々混ぜ込んだ万能調味料なのだろう。そのあまりの美味さに口の中がおかしくなるかと思った。
「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、味って、爆発するんですね……」
「そうだろ。初めての時はそんな感覚に陥る。少しずつ慣らしていくとやっと味本来の美味さが感じられるぞ」
どうやら私はこっちの世界の薄味になれてしまっていたみたいで洋食ならぬ、調味料をふんだんに使った料理、王食を得て味覚がおかしくなっていた。
とりあえず水を一杯飲んで口の中をもとに戻したあと、もう一度オムライス似の料理を食べる。味わうために少量を口に含み、唾液でしっかりと薄めてから久々の味覚を楽しんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。