ネアちゃんの性質
「ねえ、ネアちゃんは何でそんなに遅いの? 本当は早く動けたりするんじゃ……」
「はい。動けます。でも、早く動くと敵に見つかりやすいんですよ。なので私達はこうやってゆっくりまったり動くようになってしまったんです」
「なるほどね……」
どうやらネアちゃんの種族はナマケモノと同じような理由で動きが遅いらしい。
――敵に見つかりにくくするために遅い動きをしているのか。なるほどなるほど。でも、私のようなせっかちな人間には少し遅すぎる。
「えっと、私が持って移動させてもいいかな?」
「そうしていただけるのなら、私はありがたいです」
ネアちゃんの大きさは五センチメートルほど。蜘蛛にしては結構大きいが脚を含んだ全体の長さなので、脚を縮めたらもう少し小さくなりそうだ。
私はネアちゃんの体を持って前髪にくっ付ける。
私がネアちゃんを前髪にくっ付けた瞬間、ネアちゃんはお尻から透明な糸を出し、八本ある腕のうち、前足の二本に糸を巻き付けて行った。そこからは早かった。ゴキブリが床を這うほどの速度で髪が結われていく。
ただ伸ばしてただけの前髪がすっきりとした綺麗な髪型に変わった。
「す、凄い。前髪がすっきりした」
「雨に濡れても、風に仰がれても前髪の形が崩れないよう、糸で縛りました。時間が経てば容易に解れますから、気にしないでください」
「ありがとうネアちゃん。まさか髪を整えてくれる生き物がいるとは……」
私はネアちゃんに髪を整えてもらい強風の中でも、髪がぐしゃぐしゃにならず、いら立たなくなった。
気分が害されなくなっただけでも仕事の生産性は上がるはずだ。
「よし、さっさと仕事を終わらせちゃおう。ベスパはウシ君にウロトさんのお店に案内して」
「了解です」
ベスパはウシ君の前を飛び、先導した。加えて回りの状態を見ながら危険な人はいないか調べている。
その間、私はネアちゃんとの仲を深めるべく、ネアちゃんを手の平に乗せて話合っていた。
「ネアちゃんは何のためにこの街にいたの?」
「最近は森よりも人の多い場所の方が安全なんです。街中なら、野鳥や狂暴な魔物がいませんし、じっと隠れていれば人に倒される心配もありません。食事は狩りをして得たり人の出したゴミなんかを食べたりしていました」
「自分の身を守るために街に来ていたんだ。普段はどうやって狩りをするの?」
「七つの糸を使って狩りをします。狩りと言ってもほとんど罠を使った戦法なんですけどね」
ネアちゃんは綾取りをするように糸を巧みに操って四本の手で蜘蛛の巣状の罠を作って見せてくれた。
「これが罠です」
「へぇー。凄い、あみあみだね」
私はネアちゃんの作った罠に手袋越しから指で触れる。
アラーネアの巣は手袋にくっ付き、引っ張ると凄く伸びる。粘着性が強く、指から糸が全く離れない。
「糸がほぼ見えないくらい細いのに、こんなに切れにくいんだね」
「糸にはキララさんの魔力が練り込まれていますから通常より強くなっています。取り外すときには魔力を流せば容易に剥がれますよ」
「そうなんだ」
私はアラーネアの巣に魔力を流した。すると、手袋にくっ付いてた糸が離れ、巣はもとの形状に戻った。
「でも、魔力を流したら外れるなんて拘束力がないんじゃないの?」
「この糸は私かキララさんと同じ魔力を持つ者しか剥がれません。キララさんと関係のない者が触れれば半永久的にくっ付き続けます。あ、火には弱いのでご了承ください」
「ま、うすうす分かってたけど、やっぱりネアちゃんの糸も火に弱いんだね。でも、それ以外は弱点がほぼない万能な力だよね。そんな力を貸してもらえるなんて、本当に助かるよ。ありがとう」
「いえいえ、キララさんの魔力がないとここまで強い力を発揮できませんでしたから。あと、自給自足ではなくなりとても助かっているんです。キララさんの魔力を食せば済む話なので自分から危険な狩りに出向く必要が無くなりました」
「自分から危険な目にあおうとするのは怖いもんね。ネアちゃんは私達のために働いてくれれば、いいから。もし力を借りないといけない時が来たら、私に貸してくれる?」
「はい。もちろんです。私の力を存分に使ってください。他の仲間たちもキララさんのためならせっせと働きますよ。今働いている皆もキララさんをしたっていました。この街が無くなるのは私達にとっても住む場所が無くなるのと一緒なので全力で補強作業に取り掛かります」
「うん、いい心がけだね。じゃあ、ネアちゃんには私達が行くお店の補強作業をしてもらおうかな」
「お安い御用です。キララさんの近くにいると魔力が半永久的に放出されていますから、体に力がすごく湧いてきます。仕事がしたくてうずうずしているんですよ」
ネアちゃんは私の手の平の上でクルクルと回りながら体力の容量を表す。
動き方からするに体力が相当有り余っているらしい。
――仕事したくて体が疼くなんて……。相当仕事が好きなんだなぁ。それはもはや社畜と同類なのでは……。いや、社畜よりも厳しい条件の仕事を任されているのに、仕事をパパッと終わらせてしまう有能な社員だ。とても頼もしいのだが、私の掌の上で動かれると脚の体毛が擦れて結構擽ったい。
「キララ様、もうすぐ着きます。足下が悪いので気を付けてください」
ベスパは前方の方から声をかけて来た。
「分かった。じゃあ、ネアちゃんは私の髪飾りとして擬態してね」
「はい」
私は掌にいる五センチメートルほどの蜘蛛で前髪を止めるようにくっ付ける。
ウシ君は通路の端に止まり、向かい側にウロトさんのお店が見える。
ただ、視界がにじむほどの大雨なので地面はすでに水浸しになっており、くるぶしよりも上に水面が来るほど水が溜まっていた。
荷台を引くのがウシ君じゃなければ真面に移動できなかったかもしれない。それほどの雨が降っており、洪水ギリギリの状態だ。家の中やお店の中に水が入っている訳ではないが時間の問題かもしれない。
「よし。行こうか。ベスパはクーラーボックスを持って来て」
「了解です」
バターとバターミルクはクーラーボックスの中に入っているので変成の心配はない。加えて、雨に濡れてビチャビチャになるといった心配もない。私は今更クーラーボックスの偉大さに気づく。
『ダンダンダン』
私はウロトさんのお店の前に立ち、扉を数回叩いた。
「すみません。キララですけど! 扉を開けてもらえますか!」
私が強風の中、お腹の底から声を出して話かけると、扉がすぐに開いた。
「おいおい、キララ。こんな日にまで配達に来るのか……」
扉を開けたのはお店の中にいるのに、服だけでなく髪までビショビショのウロトさんだった。
「もちろんです。何たって仕事ですからね!」
「仕事熱心すぎるだろ。今日はこんな大荒れの天気だ。客は来ないから今日じゃなくてもよかったのに……」
「いえいえ。出来るだけ定期で納品する。私の仕事はお客さんの信用あってこその職ですから。こんな日でも無断で休むわけにはいきません!」
「そ、そうか。まぁ、信用はしてるがさすがにこんな時に来られると引くぞ……」
「では、牛乳を買って頂けないと言うことでしょうか……。こんな大雨の日にせっかく来たのに……」
私はあからさまに落ち込み、ウロトさんの誠実な心情に訴えかける。
「買わないとは言ってない。食材があればその分料理の研究に打ち込めるからな。って! そんなことを言っている場合じゃなかった。すまないキララ、扉を閉めて待っていてくれ」
「あ、はい。分かりました」
ウロトさんは何かを思い出したらしく、形相を変えてお店の奥へと走って行った。
「いったいどうしたんだろう。ウロトさん、すでにビショビショだったなぁ……」
私はカッパに着いた水滴をお店の前で払い、出来るだけお店の中に水滴を落とさないよう心掛けた。
お店に入った私は椅子に座り、ウロトさんを待つ。
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