雨と冒険者
八月に入り、少し蒸し暑い朝。
七日に一度の配達日。
今日は八月三日。街がブラックベアーに襲われて二八日が経った。
「ん~。はぁ~。今日は配達の日。もう少し寝てたいけど起きないとな~」
私は重い体を起こし、ベッドから降りて窓を開けて外を見る。
『ザーーーー』
八月だと言うのに、朝の空が真っ暗で大粒の雨が私の顔に叩きつけられる。
「うわ……、大雨。もう、雨というだけで私の行く気がそがれる……。でも、行かないとな。ベスパ、起きて。朝の牛乳配達と、街のお店に牛乳を配達しに行くよ」
「ふぁぁあいぃ……。おきま~す」
ベスパは木の穴からナメクジのように這い出てきた。そのまま翅を伸ばし、飛び上がる。
「ベスパ。荷台にいつもの商品を積んで来て」
「了解しました。すぐに終わらせてきます」
ベスパは雨の中でも気にする素振りを見せず、窓から飛び出していった。
「さてと、今日は長靴と雨具を着ないと。こんな大雨の中を何もせず歩いていたら風邪をひいちゃう」
私はいつも通りの服(長袖の上着とオーバーオール)を着て棚から雨具を取り出す。
「ベスパに作ってもらったカッパを使う時がようやく来た。大雨がなかなか降らなかったから使う機会がなかったんだよな。傘より使いやすいし、まぁ、色はダサいけど……」
ベスパの作ったカッパなので、着心地は最高の一言に尽きる。雨ももちろん弾き、ナイロンのような合成樹脂みたく引っ張っても伸びなかった。ただ、色が木の色なので自然と言えば自然なのだが、黒いローブや白いローブなどの方がカッコいいなー。と思ってしまう。
「まぁ、雨に濡れて風邪をひくよりはましか。牧場で外作業をする皆にも着てもらわないといけないな」
私は服の上からカッパを着て居間に向った。
私は居間で男性の二人が何か作業をしている場面に遭遇する。
「フロックさん、カイリさん、早いお目覚めですね。何をしているんですか?」
「あ、レディー。おはよう。いや、今日は雨だから、鎧が湿気で錆びないよう油をさしているんだよ」
カイリさんは一つ一つの鎧を手に取り、油をさして綺麗な布で磨いていた。
鎧はもとから綺麗なのにさらに光沢がまし、新品のようになっていく。
「あ、キララか。お前も朝が早いんだな。いい心がけだ」
「フロックさんの方は……、大剣に何をしているんですか?」
「俺もカイリとほぼ同じだ。大剣が錆びると刃の切れ味が落ちるからな。そうなる前に油を塗って、磨いてるんだ。というか、キララが着ているのは何だ? ローブか?」
フロックさんは私の着ているカッパを指さして聞いてくる。
「これは雨具です。雨に濡れないようにするための服ですよ。ローブは体温調節と砂塵から身を守るための物ですよね。なので、役割は全く違います」
「その服を着ていたら、雨が降っていても体が濡れないのか?」
「まだ、試作なので何とも言えませんけど、試しに水を被ってみたくらいでは全く濡れませんでした」
「試作って……。その雨具もキララが作ったのか?」
フロックさんは苦笑いをしながら聞いてくる。
「まぁ、必要だと思ったので前々から作ってました。私は服が雨に濡れるのが嫌いなんですよ。なので、前まで傘をさしていたんですけど、配達に行くときに雨が降ると荷台の前座席で傘をさしていけないのでびちょぬれになるんです。それが嫌で嫌で……。なので濡れない服を作りました」
――まぁ、作ってもらったというのが正しい表現なんだけどね。
「キララが作った雨具は買えるのか?」
「え、別に売る気はないですけど……。なぜですか?」
「いや、単純にすごくほしい。雨の日の朝、武器にいちいち油を塗って守らなくてもいいじゃねえか。まぁ、俺の武器は大きいから難しいがカイリなんかは鎧の上から着れるくらい大きいローブの形にすれば、絶対に売れるぞ」
「はぁ……。でも、雨の日でも街中を普通に出歩いている人達ばかりじゃないですか。雨具なんて誰が買うんですか?」
「一般の人間は買わないかもしれない。だが、冒険者や騎士達には重宝されるぞ。な、カイリ」
フロックさんは顎に手を置いて考えているカイリさんに話を振る。
「そうだね。冒険者にとって天候の被害は結構大きいんだよ。晴の時には簡単にこなせる依頼でも、雨が降ると一気に難しくなったりする。その原因が体温と武器の不調だよ」
「へぇ……。そうなんですね。いつもはどうしているんですか?」
「いつもはなるべく早く行動し、依頼を終わらせる時間との勝負になる。なので長距離の依頼は成功率が一気に下がるんだ。依頼中の雨によって体温が下がり、武器が錆びる。鎧を着ている者は動きにくさから体力を奪われる。まぁ、冒険者は皆、雨が好きではないんだよ」
「でも、カイリさんはバリアで雨を防げますよね」
「常に魔力を使いながら移動していたら依頼中にどうなるか分からない。強敵が現れた時、対処しかねるし、最悪、味方の足手まといになる。だから、スキルでも無駄に使えないんだ」
「なるほど……。私はずっと一般人向けに作品を考えていたので売れないだろうなっておもっていたんですけど、使う人が変われば売れる可能性が出てくるのか……。じゃあ、お試しに二人用の雨具を作りますね」
「そんな簡単に作れるのか?」
フロックさんは驚いた様子で聞いてくる。
「素材さえあれば、作れますよ。なので、すぐ作りますね」
「あ、ああ。頼む」
――ベスパ、聞こえてる?
「はい。聞こえています。フロックさんとカイリさんの用の雨具を作製すればいいんですね?」
――うん。お願いできるかな?
「はい、可能です。大きさはすでに測ってありますので体型にあった雨具を作製できます」
――なら、すぐに作って。あと、雨具の柄だけど深い緑にしてくれるかな。その方が遣いやすいから。
「了解です。深緑なら森の中で調達可能なので、すぐに作成を開始します」
ベスパとの念話が途切れ、数分後。
家の窓からベスパが入ってきた。二着の雨具を持ち、私の頭上に止まる。
「お待たせしましたキララ様。雨具です」
――ありがとう。うん、やっぱり深緑の方がカッコいい。迷彩色だから森の中でも隠れやすいし、普段使いもよさそう。
私は浮いている雨具を掴み、小さい雨具をフロックさんに、ローブ型の大きな雨具をカイリさんに手渡す。
「どうぞ、私の着ている服と同じ品です」
「ああ。ありがとう」
フロックさんは私から雨具を受け取り、羽織った。
「うん。悪くないな。動きにくさが感じられない。俺の体形にぴったりだ」
「はい。そうなるように作ったので」
「はは……。いつの間に測られてたんだ……」
フロックさんはカッパを着るとそこそこ似合っていた。まぁ、雨の日に自転車通学する男子中校生にしか見えないけど……。
「カイリさんの方も問題なさそうですね」
「はい。鎧を丁度隠せる大きさで着やすいですね。ありがとうございます」
カイリさんは鎧を着ているせいで少々着ぶくれしているが、本人が着やすいと言っているので着心地は悪くないのだろう。
「じゃあ、二人は試作を試してくれる方と言うことでお代は無しと言うことにしておきます。もし、使い勝手がよかったら、他の冒険者さんに宣伝してください。あと、何か至らぬ点があったら私に相談してください。どんな要望でも聞き入れますから」
「ほんと……、一〇歳児とは思えないな……」
「ほんとだよね……。怖いくらいだよ」
フロックさんとカイリさんは両者共に私のことを引いていた。
「わ、私はどう見ても可愛らしい一〇歳児ですよ。二人の眼は節穴ですか?」
「はは、煽るなって。俺は別に悪い意味で言ってねえよ」
フロックさんは私の頭に手を置いて微笑む。
「じゃあ、どういう意味で言っているんですか?」
「そうだなぁ……。言うなれば、俺達と年が近しい感じがするってだけだ」
「そうだね。フロックの答えが一番しっくりくる回答だと思う。レディーは本当に一〇歳なのかと疑うくらい、大人びているということだね」
「年が近い……。ま、まぁ、別にお二人と年が近いからと言って特に何も利点があるわけじゃないですし……」
精神年齢がフロックさんとカイリさんにそこはかとなく見抜かれている現状に私は動揺し、あたふたしてしまった。ボロが出る前に会話を切り上る。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
毎日更新できるように頑張っていきます。
これからもどうぞよろしくお願いします。