王都の女性と地方の女性
私は空になったグラスに葡萄酒を注ぐため、テーブルの上に置かれていた酒瓶を持ち、お父さんの位置まで移動する。
――この葡萄酒。ルドラさんから買った品だよな。お父さんのお小遣いで買ったのか。
私はお父さんのもとに到着し、空いたグラスを持ち、葡萄酒の匂いを嗅ぐ。
――うん。葡萄酒の匂いがする。これが良い品なのかは、匂だけじゃ判断できないけど……。ルドラさんが売っている品はどれも良い品が多いから、きっと高級品なんだよね。
私は葡萄酒をグラスに少量注ぎ、お父さんがグラスを置いていた箇所に戻す。
「はい、どうぞ。お父さん、お酒はほどほどにね」
いつも頑張って働いてくれているお父さんに、私は満面の笑みを向けた。
「ああ、ありがとう、キララ……。うぅ、もう酒を注げるくらい成長したんだなぁ……」
お父さんは何に感動して泣いているのか分からないが、目尻から涙を流して葡萄酒を少し飲む。
私はお父さんの涙を乾いた綺麗な布で拭いた。
「はぁ何だ、この夕食……。幸せ過ぎるだろ……。キララー、お父さんと結婚してくれぇー」
「ちょ、お父さん、お酒臭いよ……」
お父さんは私に抱き着き、頬擦りしてくる。
髭はそこまで濃くなく、痛くはないが周りに人がいるため、すごく恥ずかしい。
「もう、あなた。私と言う人がいながら、娘に求婚するなんて。今夜は寝かせませんからね……」
「んっ、んん……」
お母さんはお父さんに今晩の予約を決めた。酔ったお父さんは今夜、死ぬかもしれない。
私は知らないふりをしてフロックさん達の方に向う。
「やべぇー。丁度良すぎるくらいに酔っちまった……。人はここまで気持ちよく酔えるものなんだな……」
フロックさんは顔が少々赤くなり、子供っぽさが増した。加えて笑い上戸なのか常に笑顔で私まで嬉しくなる。
「そうだね。ここまで気持ちよく酔ったのは久しぶりだよ。それこそ、ルークス王国の王城で開かれたパーティーくらいだ。冒険者は皆、たらふく飲んで悪酔いしたあと、嘔吐しまくるのが落ちだから、気持よく酔えるなんて珍しいよ」
カイリさんは眼を細め、葡萄酒の入っているグラスを人差し指と親指で持ち、匂いを引き立たせるようにゆっくりと回しながら微笑んでいた。魔性の笑顔とでもいうのか、無駄にイケメンなのが腹立たしい。でも、万が一お持ち帰りされた際、同じベッドで隣にこんなイケメンがいたらキュン死する可能性は十分にありうるくらいカッコよかった。
――まぁ、私は全然好みじゃないけど……。どっちかと言うと、フロックさんの方が好みかな……なんて。よ、よし、ここでなら私の笑いの才能を見せられる時かもしれない。
「王都でお酒を飲んで嘔吐~。なんっちゃってー」
「……」
「……」
私は懇親のダジャレを言ったつもりだっのだが、あまりにも反応が薄く、場が氷ついてしまった。
「でた、姉さんの氷魔法。辺り一帯を凍結させる超高等魔法だ。今の魔法は僕にも出来ない魔法なんだよな~。凄いよ~、ねーさん」
ライトは私が滑ったのをいいように利用して弄ってきた。ここぞとばかりに私を弄ってくるんだから、小悪魔な弟だ。
「え、えっと。葡萄酒のおかわりはいりませんか?」
私は手に持っている葡萄酒の酒瓶をフロックさんとカイリさんに見せる。
「あ、ああ。もらおう」
「私もお願いしようかな」
私はフロックさんとカイリさんの空いたグラスに葡萄酒を注ぐ。
「この葡萄酒もキララが作ったのか?」
「いえ、これは買った葡萄酒です。確か、お父さんがルドラさんから買った品になります」
「なるほどな。あいつが売ってる葡萄酒か。そりゃあ、美味いのも納得だな」
「そうなんですか?」
「俺は酒にあまり詳しくないが、カイリに聞けば大概分かるぜ。よく女子に聞かれてそれっぽく言ってるだけかと思ったが、マジで当ててやがるんだよ。カイリの数少ない特技だな」
「数少ない特技ではないよ。私の数ある特技の一つだ」
カイリさんは鼻高々に答える。
「じゃあ、この葡萄酒はどこで作られた葡萄酒か分かりますか?」
「ええ、もちろん。この深ける香りと口に広がるさわやかな味わい、渋みも少なくまだ若々しい……。何とも純情なるレディーのよう……。広大なる平野によって育てられ、どこまでも新鮮、かつ熟成に近づく過程での摘み取りによって得られた果実を使用しているとすぐに分かります」
「えっと……」
――何だろう、やけに面倒くさい。どこの葡萄酒か早く教えてよ。
「こいつ、説明がやたら長くて面倒なんだ。聞き流しておけばいい」
「そうですか。分かりました」
私はカイリさんの長ったらしい説明を聞き流し、五分ほど経過した。
「うん。間違いない。この葡萄酒はルークス王国の王都より西に向った先にあるイータリア領産の葡萄酒だね」
「へぇー。どこか知りませんけど、そんな遠いところで作られた葡萄酒なんですね」
「この葡萄酒は王都でもよく飲まれている品だよ。肉料理によく合う葡萄酒なんだ。丁度、干し肉があるので、最高にあっている」
カイリさんは干し肉を嚙みながら、葡萄酒を一口飲み、笑みをこぼす。
「二人共、あまり飲み過ぎると悪酔いしてしまいますから、ほどほどにしておいてくださいね」
「ああ、そうする。すでにもう、大満足しているからな。こんな時に悪酔いするのはもったいなすぎる。あと、キララの料理、凄く美味かった。ありがとうな」
フロックさんはほろ酔いの状態で子供っぽい笑顔を浮かべながら感謝してきた。加えて無駄にごつい手で頭をガシガシ撫でてくる。
「あ、ありがとうございます……」
「はぁ~。これなら、キララと結婚するのもわるくねえな~って思っちまうぜ」
「ば、馬鹿なんじゃないですか。料理の上手い人くらいいっぱいいるじゃないですか。王都の女性の方がいっぱい料理知ってそうですし……」
「いやいや、そういう訳でもないよ。王都では料理人の方が多いから、貴族の家では大体男性の料理人が作った料理を家族で食べるんだ。地方では女性が料理する家庭が多いみたいだけど、王都の女性は自分達で料理なんて、まずしない。面倒だと言って金貨を払い、料理人に任せるのが普通なんだ。だから、料理の出来る女性は王都で結構人気があるんだよ」
上流貴族のカイリさんが言うのだからきっと正しい情報なのだろう。どうやら私は王都でモテる可能性が出てきたらしい。
「へ、へぇー。そうなんですかー。ふーん。ま、まぁ。私は普通の料理しか作れませんけどねー」
「これが普通なら、王都の料理人が泣くぞ。キララの作った料理には調味料がほぼ入ってないだろ。香りからして胡椒だけだ。塩や砂糖無しでここまでの味が出せるのは、はっきり言っておかしい。な、カイリ」
「ええ、本当におかしい。牛乳の甘みだけで私の舌を唸らせるまで料理を美味しく出来るなんて、素晴らしいの一言に尽きるよ。もしこの中にソウルやウトサなどの調味料が入ってしまったらどうなるのか……、想像するだけであと三杯はおかわり出来る」
フロックさんとカイリさんに太鼓判を押され、私は結構……いや、すごく嬉しかった。
「なんか、そこまで褒められるとすごく嬉しいです。私、料理をもっと上手く出来るように頑張って練習しますね」
「ぜひ、そうしてほしいね。すでに上手からこそ、更なる高みを目指してもらえると今後がとても楽しみだよ。はぁ~、フロック、レディーをちゃんと捕まえておかないと他の有力な男にすぐに取られますよ」
「はっ、何で俺がそんなことしなきゃいけないんだ。別に俺はキララとそういう関係になりたいなんて思ってねえよ。ちんちくりんのガキンチョに興味はない」
「私だって、戦闘にしか興味のない小っちゃい男の人なんて興味ありません!」
「あー? なんつった? 俺は小っちゃくねえし。普通より少し小さいだけだし。カイリがでかすぎるだけだしー」
フロックさんは酔っぱらっているせいか、口調が子供っぽくなっておりちょっと可愛かった。
夕食は部屋を明るくしているライトが作った魔法陣の魔力が無くなるまで続いた。ざっと二時間くらいかな。
「ライト、シャイン。二人は皿を洗ってくれる? 私はお父さんとお母さんを寝室まで、カイリさんとフロックさんをライトの部屋に運ぶから、その間に終わらせておいて」
「分かった。任せといて」
シャインは胸を叩き、テーブルの皿を台所に持っていく。
「僕の部屋に二人を泊めるの? 三人で寝たらベッドが狭くなるよ」
ライトは特に嫌という訳ではなさそうだが、寝床を心配しているようだ。
「大丈夫。二人は床で寝かせるから」
「それなら問題ないね」
ライトとシャインは食器を洗い、私はベスパ達に頼んで酔って寝てしまった四人を各部屋に連れて行く。
お父さんとお母さんは寝室のベッドに寝かせ、カイリさんとフロックさんはライトの部屋に運び床に寝させる。
私の部屋でもよかったのだが、万が一を考えてライトの部屋にした。
四人を移動させたあと、私は居間に戻る。
おまけ。
フロックは子供でカイリは大人である。何がとは言わないが……。
フロックは幼少のころから女性不信な所がある。師匠が女性だったのだが、修行があまりにも恐怖だったそうで、何度も死にかけた経験から、今でも初めて会う女性の人と話すのは苦手である。(子供は例外)
カイリは学生の頃、結構な遊び人で何人もの女性を落としてきた。それは反抗期だったのと父親の決めた婚約が気に食わなかったことへの反骨精神が働いた影響だった。ただ、遊べば遊ぶほど婚約者であるルークス王国第三王女の魅力に気づき、今ではすっかりデレデレである。
第三王女はカイリが冒険者である間は結婚しないと学生のころから決めており、早く引退してほしいと思う反面、大好きなカイリがどこまで活躍できるのかを一番楽しみにしている存在だ。ただ、カイリが大怪我をしたと知った時は王城で倒れ、大騒ぎとなったそうだ。その後、カイリ達がSランク冒険者に昇格したと聞いた途端、窓から飛び出す勢いで悦び、メイドに取り押さえられたと言う。