乗バートン(2)
今日は雨だった。
私は家から走り、牧場に向かう。
バートン場の状況は最悪だった。ゴム製の長靴を履いていない私が歩いただけでも滑りそうなくらい地面がドロドロに濡れている。
「今日は練習できませんね……」
レクーもさすがに状況が悪いと判断した。
「そうだね……」
私達は厩舎に戻った。
――あ……。お爺ちゃんだ。ん? 木箱……。干し草をいっぱい持ってきてる。
厩舎にやって来たのは木箱を抱えたお爺ちゃんだった。
「よいしょっと……」
お爺ちゃんは木箱を床に置く。一回だけではなく、干し草を何度も運んできた。
「お爺ちゃん、干し草をこんなに持ってきてどうしたの?」
「今日は練習できんからな、レクーには餌をいっぱい食べてもらう」
「え……、この量を食べるの……」
レクーの前には、山のように積まれた干し草が鎮座している。
「バートンはいっぱい食わんとデカくならん。ビオタイトは一時これの三倍は食べとったぞ」
「さ、三倍……。れ、レクーはまだ小さいから無理しなくていいからね」
「…………」
レクーは無言ながら瞳は燃えていた。
何で燃えてるのかはわからない。でもレクーの瞳はいつにも増してやる気に満ちていた。
「レクー、食べる気なの……?」
「キララさん……。この量の三倍をお願いします!」
レクーは大声で言う。
「そ、そんなの無理だよ! レクーが食べきれるなんて思えない。いつもの量だって残さず食べるのが限界なのに……」
「僕は強くならなきゃダメなんです。食べて強くなれるなら、僕は餌を沢山食べます!」
――忠告しても聞く耳を持たない。なら、私はレクーを応援するしかない!
「レクー、わかったよ! お爺ちゃん! この三倍の量をお願い」
「ふっ……そうか。やる気になったんだな。待っとれ、今持ってくる」
お爺ちゃんは牧草置き場に向かった。
「レクー頑張ろう! 頑張って食べて大きくなろう!」
「はい! 頑張ります!」
レクーは餌を食べ続けた。食べて食べて、食べ続けたが……干し草は一向に減らない。量が全く減らない時間が続くも、レクーは食べるのを止めなかった。ただ、限界はある。
「すみません、限界です……」
レクーは干し草を全て食べきることが出来なかった。食べすぎて立っていられなくなっている。
「ううん。レクーは頑張ったよ、頑張ったんだよ」
私は頑張ったレクーの体を撫でる。
「うわ~、凄い干し草の量! ねえ、お姉ちゃん! この干し草食べてもいい?」
白と黒の毛が特徴的なミルクがやってきた。さっき餌を食べたばかりに加え、眠った後だと言うのにもう干し草が食べたくて仕方がないみたい。
「うん、いいよ。好きなだけ食べな」
「やった! いただきます!」
ミルクが干し草に顔を突っ込むと、まるで雪が解けて行くかのように綺麗さっぱり無くなった。
「す……、すごい速さで食べきった……」
「キララ、このモークルは確実に大きくなるぞ!」
一部始終を見ていたお爺ちゃんはミルクの食べっぷりを見て興奮していた。
「ふ~、ごちそうさまでした。あ! お姉ちゃん、夜はもっといっぱいちょうだい!」
ミルクは口周りに付いた干し草を長い舌で舐めとり、尻尾を振りながらこの場をあとにする。
「は、ははは……」
「ミルクさん……、凄いです……」
――レクー、ミルクはまた違う生物だと思うよ。
悔しい思いをしたレクーは食べ物トレーニングも開始した。
体は食事のおかげか、どんどん大きくなっていった。どんどん大きくなっていったのだ……。
たくさん食べているからって、さすがに大きくなりすぎなのではと思うくらい。
「お、お爺ちゃん! バートン達ってこんなに早く大きくなる生き物なの!」
私はレクーの変わりようが恐ろしくなり、お爺ちゃんのもとに駆けつける。
「動物たちが子供のままで厳しい環境で生きていくのは危険だ。他の獰猛な動物に加え魔物もいる。動物達は生き残っていくために成長する速度を上げて多くの子供を残す必要があった……のではないかと言われておるな」
お爺ちゃんは動物の進化の仮説を教えてくれた。
「それじゃあ、すぐに死んじゃうってこと……」
「いや、人と同じ大きさくらいの動物たちは人と同じくらいの寿命だ。ただ成長する速度が異常に速いというだけだ」
「ほっ……」
私は安心して厩舎に戻る。
「キララさん! 早く乗ってください! 走りたくて仕方ないんだ!」
レクーは厩舎の中で前足を大きく上げ、後ろ足だけで立っている。
「……性格まで大きくなる必要は無かったのに」
「あの頃のレクーは可愛かったですね」
空中を飛ぶベスパは目を細め、レクーを見つめる。
――初めてベスパと同じ意見だ。
私はレクーを厩舎からバートン場に移動させた。
「よいっしょ……。ふ~、乗るだけでも一苦労だな」
前はレクーの背丈が低く、楽に乗ることが出来たのに今ではレクーにしゃがんでもらわないと背中によじ登れなくなっていた。
「良し、行くぞ! キララ、レクー付いて来い!」
お爺ちゃんは姉さんの背中にまたがり性格が変わる。
いつもは穏やかな人が車に乗ったとたんに性格が変わる現象と似ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
――お爺ちゃん、いつもより激しい動きを入れている。少し前までは一回目でお爺ちゃんたちに付いていけなくなってしまっていた。でも、今は違う。
「行くよ! レクーお爺ちゃんたちに追いつく!」
「はい! 速度を上げます! 手綱をしっかり握って振り落とされないでくださいよ!」
レクーは気が高ぶり、少し荒っぽい口調になっていた。
「誰に言ってるの! 私に恐怖心なんて感情は無いよ!」
私もレクーにつられて大きな声を出す。
「キララ様……、恐怖心をやっと克服されたのですね!」
私達と並走していたベスパは、泣きながら私の目の前に飛んでくる。
「蜂とクマは対象外!!」
私は大声で叫んだ。
「キララ、集中しろ! 叫ぶと舌を噛み切るぞ!」
私はお爺ちゃんに怒鳴られた。
今までに何度怒鳴られただろうか。もう数えるのも悲しくなってやめてしまった。
「ごめんなさい!」
その後も走り続けた。
――今は何週目だろうか……。お爺ちゃんに全然追いつけない……。
お爺ちゃんたちはずっと前を走っているはずなのに、速度が一向に落ちていなかった。
――前の方が風の抵抗が大きいはずなのに、どうしてあんなに走ってられるの。
私はお爺ちゃん達を後方から観察する。
姉さんというすごいバートンを乗りこなすお爺ちゃん。この先、バートンをスキル無でこれだけ乗りこなせる人に出会える可能性は低いだろう。なら、ここで技術を盗んでやる。
――見ろ、見ろ、見ろ、見ろ。すべてを見て、お爺ちゃんの動きを盗むんだ。
私はお爺ちゃんのストーカーかと言うくらい隅から隅まで見た。
「ん……。お爺ちゃんの動き……。動きというか、全く動いてない」
激しく動いている姉さんの上に乗っているのにお爺ちゃんは全く動いていなかった。一方私はレクーの動きに合わせて体が動いてしまっている。
「これが原因か……」
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